53 / 53
【カイ目線番外編・後日談】その想いは、語られない
そして、やがて消えゆく
しおりを挟む
「ヴィクトールさん」
「ん……」
もう一度呼ぶと、ヴィクトールが小さく声を発した。髪を結んだうなじのあたりに顔を押し付けると、かすかな髪油と、焦げた小麦のような不思議な匂いがする。冷たい耳朶を甘咬みするが、それには反応しない。
「っ……ヴィクトールさん、起きないと……んっ……入れちゃいますよ……」
これくらいで起きるわけがない。知っていながら兆してきたものを押し付け、カイは息を荒げた。布越しにヴィクトールの尻に当たった刺激で、股間のものが更に固くなる。
「ああ、もうっ……知りませんからねっ……」
目の前で伴侶が無防備に寝ているのだ、我慢できるはずがない。前をくつろげたカイは、息を弾ませてヴィクトールに腰を擦り付けた。前に回した手でヴィクトールの方も揉みしだくと、むずがるような声を出したヴィクトールの指先が動く。普段より鈍いものの、カイの手に反応してヴィクトールの性器が冬眠明けの亀のように頭をもたげてくる。
温めた手を、ヴィクトールの服の中に差し入れる。撫でながら少しずつ下半身の服を脱がしていく。
(本当に起きないな……)
別に起きていたからといってヴィクトールがカイからの誘いを嫌がることはないのだが、何も知らずに寝ている、というのがかわいいのだ。普段は彼なりにリードしようと頑張っていてそれはそれで好きなのだが、自分より遥かに能力のある相手を自分の意のままに組み敷いているという優越感が堪らないのだ。本人はそれに気づいていないから、翌朝若干不思議そうにしつついつもどおりの顔をしているというのもまたいい。
屹立を押し付けながら、雪崩から逃れた背負い袋に手を伸ばす。中を探ると、案の定小さな香油の瓶が中に入っている。カイ入れた記憶がないのでヴィクトールがこっそり準備したのだろう。
(この人はぁ……)
明日素知らぬ顔で聞いたら、ヴィクトールは若干視線を逸らしながら「何だろうね……知らないな?」と嘯くだろう。何を恥ずかしがっているのかわからないが、ヴィクトールはこの期に及んでも自分の感情を表に出すのを嫌がる節がある。
もっと甘えてくれて構わないのに、と思うが、ずっとカイに対する感情を押し殺してきたせいでもはや癖になっているらしい。
香油を出した指先を、ヴィクトールの後孔に這わせる。昨晩もカイのものを咥えたそこはすでに柔らかく、すぐにカイの指を何本も飲み込んでいく。
(「性欲なんてありませんが」って顔してるくせにこれだからな)
体力が致命的なまでにないのと、彼なりの気遣いというかプライドのようなものがあるから分かりづらいだけで、ヴィクトールは実際のところ挿入される方が好きだし、そしてかなり性欲も強い方なのをカイは知っている。
背後から先端を充てがい、少し力を込める。さしたる抵抗もなく先端が飲み込まれた。
「ああっ……ヴィクトールさん……ほら、中……入っちゃって、っ……」
とろとろと柔らかいそこは、カイの剛直を優しく、温かく包みこんでくる。
根本まですべて挿入しても、まだヴィクトールは深い眠りの中にいた。いつものことなのだが、ここで目覚めたらどういう反応をするのだろうと思うとそれだけで背筋がぞくぞくする。抱きついて腰を振ると、屹立を出し入れするたびに嫌らしく粘ついた水音が響き、ヴィクトールの息も少しだけ上がってきた。
ヴィクトールの前に手を伸ばし、また力を失っていた屹立をしごく。無意識なのだろう、それに合わせて中がきゅんきゅんと締まる。
「はあっ……ほんとにっ、もう……やらしいですね、寝てても欲しがってくるなんて」
おとなしいヴィクトールを誰がここまで仕込んだのか、想像するだけでカイの頭は焼き切れそうになる。そんなの、考えたって仕方ないのに。
「もう、僕の……僕のなんですからね」
頭の中の師匠に勝利宣言をしながら、何も知らないヴィクトールをなで回す。じわりとした優越感に浸りながら愛撫を続けていると、小さくヴィクトールが声を上げた。
「いいよ、ヴィクトール」
手を早め、ヴィクトールを追い詰める。今はどんな夢を見ているのだろうか、それとも何も覚えていないのだろうか。どちらでもいいと思う。こうやって腕の中にいる様子は、カイが知っているのだから。
体を震わせて達する瞬間、ヴィクトールは薄く目を開けた。せめて外に出そう、とわずかに残っていたカイの理性はその瞬間に吹き飛んでいた。
「カイ、くん……? な、に……」
「ん、うっ……」
ふわふわとしているヴィクトールの奥に思いの丈をぶちまける。
「……?」
「ヴィクトールさん、愛してます……」
「……うん、ぼく、も……?」
寝ぼけ眼で呟くヴィクトールの頬にキスをする。頭を撫でていると、定まらない視線でカイのことを見上げて微笑んだ後、すうっと目が閉じていく。
はあ、と息をついたカイは、枯れ木のようなヴィクトールの体を抱きしめた。とくとくと少し早い心音が伝わってきて、それがなんとも言えず嬉しい。
(もうちょっとだけ……)
余韻と、少しだけ高くなったヴィクトールの体温を感じながらカイは目を閉じた。まだ聞こえてくる外の風の音に、もっと吹け、と思いながら。
翌朝、目を覚ましたカイが見たのは雪レンガの合間から射し込む光だった。いつの間にか消えている光球の代わりに雪内を照らす水色がかった明るさに目を細めながら、いつの間にか埋まってしまった入口を掘りおこす。
「ふおぉ……」
外は相変わらずの銀世界で、そして――昨日カイたちが最初に降り立ったときと、何一つ変わっていなかった。夜の間の風雪で、すっかり雪崩のあとが消え去ってしまっている。遠くの山の稜線を超えたばかりの太陽がそこを白く照らしていた。
自然の大きさ、あるいは人の小ささを痛感しながらカイが明るくなっていく空に見入っていると、背後で小さくくしゃみが聞こえた。
「……朝?」
「あっすいませんヴィクトールさん!」
急いで室内に引き返し、入口を埋め直す。水筒からまだ熱々のお茶を出し、床に敷いていたローブをまた羽織ったヴィクトールに渡す。お茶の入ったコップを抱えるように体を丸めたヴィクトールは、「ところでカイくん、昨晩さ」と何かを考えるように口を開いた。
「何ですか?」
「いや……雪の中でなんて寝るもんじゃないね。体中が痛くてかなわないや」
「同感ですね」
ふわあ、とあくびをするヴィクトールに、残りの焼き菓子を与える。
「お腹すきましたね」
「ん? 別に大丈夫だけど……」
首を傾げるヴィクトールは痩せ我慢というわけではなく、本当に平気なようだ。
「あ、カイくん僕のもいる?」
「駄目です、食べてください。今日は帰らなきゃいけないんですから」
自分の分を寄越そうとしてくるヴィクトールに焼き菓子を押し返し、お茶の入ったコップをカイは頬に当てた。
「ところで昨晩『馬車に拾ってもらう』って言ってましたが、どっちに馬車道あるんですか?」
「うん、それね、思ったんだけどさ、多分雪崩で道も埋もれてるからしばらく馬車通れないよね」
「……えっ、じゃあどうするんですか」
このまま助けが来るまで雪中生活だろうか、あるいはこのままカイとヴィクトールもこの雪の下に埋もれるのか。思わずカイが動きを止めると、ふふ、とヴィクトールは微笑んだ。
「まあ大丈夫だよ。僕だって魔法使いなんだから」
「はい……」
正直なところ、不安が拭えない。
(いやヴィクトールさんを信頼していないというわけではないんだけど、ないんだけどなんて言うか……)
時間をかけて菓子を食べ終えたヴィクトールと共に、再度掘り起こした入口から外に出る。雪上歩行をかけてもらい直し、雪の斜面を降りる。
「あ、あったあった」
雪崩に巻き込まれて折れた木の先端を見つけ、そこに手をかざすヴィクトール。その手の動きに合わせてずぼりと雪の中から姿を表した木が4等分に割れ、太めの木材に変化する。
「おお……?」
カイが目を丸くすると、ヴィクトールの指示に従い、割れた木はふわりと横向きに浮かんだ。ひらりとそこに跨ったヴィクトールが、得意気に振り向く。
「ほら、乗って!」
「は、はいっ!」
恐る恐るヴィクトールの後ろにカイも跨がった瞬間、二人が乗った木は急上昇した。ひゃあっ、と色気も何もない叫び声を上げてヴィクトールにしがみつく。
「ああっ、そこはっ……脇腹はやめて!?」
「無理、無理無理無理無理です! 落ちる! 落ちちゃう!」
「やっ……だからっ、そこは触らないで!?」
即席の箒とすら呼べない何かは、二人を乗せたままぐるんぐるんと好き勝手に暴れ回る。
右に回り、急下降し、そのたびにぎゃあぎゃあと叫んでいたカイとヴィクトールの声が少しの間だけ静かになり、やがて笑い声になり――
――そして、二人がまっすぐに飛び去ったあとには、木のない雪の斜面と、埋もれかけた雪洞だけが残されていたのだった。
【終】
「ん……」
もう一度呼ぶと、ヴィクトールが小さく声を発した。髪を結んだうなじのあたりに顔を押し付けると、かすかな髪油と、焦げた小麦のような不思議な匂いがする。冷たい耳朶を甘咬みするが、それには反応しない。
「っ……ヴィクトールさん、起きないと……んっ……入れちゃいますよ……」
これくらいで起きるわけがない。知っていながら兆してきたものを押し付け、カイは息を荒げた。布越しにヴィクトールの尻に当たった刺激で、股間のものが更に固くなる。
「ああ、もうっ……知りませんからねっ……」
目の前で伴侶が無防備に寝ているのだ、我慢できるはずがない。前をくつろげたカイは、息を弾ませてヴィクトールに腰を擦り付けた。前に回した手でヴィクトールの方も揉みしだくと、むずがるような声を出したヴィクトールの指先が動く。普段より鈍いものの、カイの手に反応してヴィクトールの性器が冬眠明けの亀のように頭をもたげてくる。
温めた手を、ヴィクトールの服の中に差し入れる。撫でながら少しずつ下半身の服を脱がしていく。
(本当に起きないな……)
別に起きていたからといってヴィクトールがカイからの誘いを嫌がることはないのだが、何も知らずに寝ている、というのがかわいいのだ。普段は彼なりにリードしようと頑張っていてそれはそれで好きなのだが、自分より遥かに能力のある相手を自分の意のままに組み敷いているという優越感が堪らないのだ。本人はそれに気づいていないから、翌朝若干不思議そうにしつついつもどおりの顔をしているというのもまたいい。
屹立を押し付けながら、雪崩から逃れた背負い袋に手を伸ばす。中を探ると、案の定小さな香油の瓶が中に入っている。カイ入れた記憶がないのでヴィクトールがこっそり準備したのだろう。
(この人はぁ……)
明日素知らぬ顔で聞いたら、ヴィクトールは若干視線を逸らしながら「何だろうね……知らないな?」と嘯くだろう。何を恥ずかしがっているのかわからないが、ヴィクトールはこの期に及んでも自分の感情を表に出すのを嫌がる節がある。
もっと甘えてくれて構わないのに、と思うが、ずっとカイに対する感情を押し殺してきたせいでもはや癖になっているらしい。
香油を出した指先を、ヴィクトールの後孔に這わせる。昨晩もカイのものを咥えたそこはすでに柔らかく、すぐにカイの指を何本も飲み込んでいく。
(「性欲なんてありませんが」って顔してるくせにこれだからな)
体力が致命的なまでにないのと、彼なりの気遣いというかプライドのようなものがあるから分かりづらいだけで、ヴィクトールは実際のところ挿入される方が好きだし、そしてかなり性欲も強い方なのをカイは知っている。
背後から先端を充てがい、少し力を込める。さしたる抵抗もなく先端が飲み込まれた。
「ああっ……ヴィクトールさん……ほら、中……入っちゃって、っ……」
とろとろと柔らかいそこは、カイの剛直を優しく、温かく包みこんでくる。
根本まですべて挿入しても、まだヴィクトールは深い眠りの中にいた。いつものことなのだが、ここで目覚めたらどういう反応をするのだろうと思うとそれだけで背筋がぞくぞくする。抱きついて腰を振ると、屹立を出し入れするたびに嫌らしく粘ついた水音が響き、ヴィクトールの息も少しだけ上がってきた。
ヴィクトールの前に手を伸ばし、また力を失っていた屹立をしごく。無意識なのだろう、それに合わせて中がきゅんきゅんと締まる。
「はあっ……ほんとにっ、もう……やらしいですね、寝てても欲しがってくるなんて」
おとなしいヴィクトールを誰がここまで仕込んだのか、想像するだけでカイの頭は焼き切れそうになる。そんなの、考えたって仕方ないのに。
「もう、僕の……僕のなんですからね」
頭の中の師匠に勝利宣言をしながら、何も知らないヴィクトールをなで回す。じわりとした優越感に浸りながら愛撫を続けていると、小さくヴィクトールが声を上げた。
「いいよ、ヴィクトール」
手を早め、ヴィクトールを追い詰める。今はどんな夢を見ているのだろうか、それとも何も覚えていないのだろうか。どちらでもいいと思う。こうやって腕の中にいる様子は、カイが知っているのだから。
体を震わせて達する瞬間、ヴィクトールは薄く目を開けた。せめて外に出そう、とわずかに残っていたカイの理性はその瞬間に吹き飛んでいた。
「カイ、くん……? な、に……」
「ん、うっ……」
ふわふわとしているヴィクトールの奥に思いの丈をぶちまける。
「……?」
「ヴィクトールさん、愛してます……」
「……うん、ぼく、も……?」
寝ぼけ眼で呟くヴィクトールの頬にキスをする。頭を撫でていると、定まらない視線でカイのことを見上げて微笑んだ後、すうっと目が閉じていく。
はあ、と息をついたカイは、枯れ木のようなヴィクトールの体を抱きしめた。とくとくと少し早い心音が伝わってきて、それがなんとも言えず嬉しい。
(もうちょっとだけ……)
余韻と、少しだけ高くなったヴィクトールの体温を感じながらカイは目を閉じた。まだ聞こえてくる外の風の音に、もっと吹け、と思いながら。
翌朝、目を覚ましたカイが見たのは雪レンガの合間から射し込む光だった。いつの間にか消えている光球の代わりに雪内を照らす水色がかった明るさに目を細めながら、いつの間にか埋まってしまった入口を掘りおこす。
「ふおぉ……」
外は相変わらずの銀世界で、そして――昨日カイたちが最初に降り立ったときと、何一つ変わっていなかった。夜の間の風雪で、すっかり雪崩のあとが消え去ってしまっている。遠くの山の稜線を超えたばかりの太陽がそこを白く照らしていた。
自然の大きさ、あるいは人の小ささを痛感しながらカイが明るくなっていく空に見入っていると、背後で小さくくしゃみが聞こえた。
「……朝?」
「あっすいませんヴィクトールさん!」
急いで室内に引き返し、入口を埋め直す。水筒からまだ熱々のお茶を出し、床に敷いていたローブをまた羽織ったヴィクトールに渡す。お茶の入ったコップを抱えるように体を丸めたヴィクトールは、「ところでカイくん、昨晩さ」と何かを考えるように口を開いた。
「何ですか?」
「いや……雪の中でなんて寝るもんじゃないね。体中が痛くてかなわないや」
「同感ですね」
ふわあ、とあくびをするヴィクトールに、残りの焼き菓子を与える。
「お腹すきましたね」
「ん? 別に大丈夫だけど……」
首を傾げるヴィクトールは痩せ我慢というわけではなく、本当に平気なようだ。
「あ、カイくん僕のもいる?」
「駄目です、食べてください。今日は帰らなきゃいけないんですから」
自分の分を寄越そうとしてくるヴィクトールに焼き菓子を押し返し、お茶の入ったコップをカイは頬に当てた。
「ところで昨晩『馬車に拾ってもらう』って言ってましたが、どっちに馬車道あるんですか?」
「うん、それね、思ったんだけどさ、多分雪崩で道も埋もれてるからしばらく馬車通れないよね」
「……えっ、じゃあどうするんですか」
このまま助けが来るまで雪中生活だろうか、あるいはこのままカイとヴィクトールもこの雪の下に埋もれるのか。思わずカイが動きを止めると、ふふ、とヴィクトールは微笑んだ。
「まあ大丈夫だよ。僕だって魔法使いなんだから」
「はい……」
正直なところ、不安が拭えない。
(いやヴィクトールさんを信頼していないというわけではないんだけど、ないんだけどなんて言うか……)
時間をかけて菓子を食べ終えたヴィクトールと共に、再度掘り起こした入口から外に出る。雪上歩行をかけてもらい直し、雪の斜面を降りる。
「あ、あったあった」
雪崩に巻き込まれて折れた木の先端を見つけ、そこに手をかざすヴィクトール。その手の動きに合わせてずぼりと雪の中から姿を表した木が4等分に割れ、太めの木材に変化する。
「おお……?」
カイが目を丸くすると、ヴィクトールの指示に従い、割れた木はふわりと横向きに浮かんだ。ひらりとそこに跨ったヴィクトールが、得意気に振り向く。
「ほら、乗って!」
「は、はいっ!」
恐る恐るヴィクトールの後ろにカイも跨がった瞬間、二人が乗った木は急上昇した。ひゃあっ、と色気も何もない叫び声を上げてヴィクトールにしがみつく。
「ああっ、そこはっ……脇腹はやめて!?」
「無理、無理無理無理無理です! 落ちる! 落ちちゃう!」
「やっ……だからっ、そこは触らないで!?」
即席の箒とすら呼べない何かは、二人を乗せたままぐるんぐるんと好き勝手に暴れ回る。
右に回り、急下降し、そのたびにぎゃあぎゃあと叫んでいたカイとヴィクトールの声が少しの間だけ静かになり、やがて笑い声になり――
――そして、二人がまっすぐに飛び去ったあとには、木のない雪の斜面と、埋もれかけた雪洞だけが残されていたのだった。
【終】
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
この作品の感想を投稿する
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる