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【カイ目線番外編・後日談】その想いは、語られない
おやつの時間
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数十秒、あるいは数分、どれくらい経っただろうか。地響きと揺れが収まってあたりが静かになったころ、カイはそっとヴィクトールの胸元から顔を上げた。青灰色の目に微笑まれてほっと息を吐き出したところを、頭についていた雪を払われる。見回すと、ヴィクトールとカイをよけるように大量の雪が崩れ落ちてきていた。
「……うわぁ」
「ここは雪崩が起こりやすいんだよ」
ほら、その証拠にここだけ木が生えてないだろ、とヴィクトールが体を離す。よいしょ、と崩れ落ちてきた雪の上によじ登ったヴィクトールが差し出す手を取って、カイも雪崩で積もった雪の上に乗る。
「これは……巻き込まれたらひとたまりもありませんね」
「そうだね」
ヴィクトールが魔法で守ってくれなかったらどうなっていたことやら。ぞっとしながらカイが左右を見回すと、「大丈夫だよ」と震える背中に手が置かれる。
「……早く帰って、あったかいスープでも飲もうか」
言いながら立ち上がったヴィクトールは「あっ」と声を上げた。
「しまった……」
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、その……樽……忘れてた」
ヴィクトールが指差した先、さっきまで樽があったはずのところは白い雪に覆われていた。
「ごめんね、本当……もう少し魔法ができたら樽がなくても飛んで帰れたんだけど」
「い、いやいやいや、ヴィクトールさんいなかったら今頃雪の中でバラバラになってたのは俺の方なんで」
「でも、もともとここにカイくんを連れてきたのは僕なわけだし……」
「好きで着いて来たんですって俺は」
しばらく雪の中を探した結果、発見されたのはバラバラになった樽の残骸だった。その時には日も大分低くなってきており、帰宅を諦めた二人は雪中泊することにした。朝方雪をレンガのように積んだ要領で雪を半球状に積み上げたヴィクトールだったが、どうやらそこで体力と魔力の限界が来たらしい。明かりと暖房代わりの光球まで出したところでへたりと雪の壁に寄りかかり、先ほどからうじうじとしている。めんどくさかわいいとはこのことである。
「ほらヴィクトールさん、お茶どうぞ」
樽の残骸と一緒に発見された水筒からお茶を注ぎ、くたりとしたヴィクトールに渡す。おやつに、とロジウムに持たされた軽食はカイが大事に背負っていたので無事である。でも、と更に言ってこようとするヴィクトールの口に焼き菓子を突っ込んで大人しくさせ、カイはお茶で手を温めた。
「あ、ロジウムさんたちに連絡しときますね」
ヴィクトールが腰につけていた通信球を使い、店に連絡する。
『え? 雪崩に巻き込まれて樽が壊れたから今日は帰れないって? わかったけど……帰ってこれるの? 大丈夫?』
「まあ大丈夫ですよ、いざとなったらヴィクトールさん担げばいいですし」
「明日になったら道に出て、馬車に拾ってもらうから……」
「……だ、そうです」
ふうん、と頷くロジウムとの会話を終えると、ヴィクトールはローブを脱いでその上で丸まった。
「ちょっと、疲れた……」
「冷たくないですか?」
「大丈夫……断熱素材、だから……」
その声はもうふにゃふにゃとしている。カイが自分のコートを上に掛けると、ありがとうだかごめんだかを呟いた後にヴィクトールの瞼が落ちていった。
(やれやれ……世話の焼ける人だ)
ヴィクトールはすぐ寝る。それはもう赤子のようにすぐ力尽き、そしてどこででも倒れるように寝てしまう。そして一度寝てしまうとなかなか起きない。
真鍮色の髪の、ほつれて顔にかかっている部分を耳にかけてやる。鼻先と頬をつつくが、もう死んだようにヴィクトールは動かない。その顔を見ながら、カイも取り出した焼き菓子をかじった。ようやく冷めてきたお茶を飲み、レンガの隙間から外を覗く。いつの間にか吹き始めた風に乗り、白い雪が斜めに飛んでいるのが見えたが、その先は闇に包まれている。
カイは耳を澄ませたが、聞こえてくるのは時折風が鳴る音だけである。
この世界は闇に閉ざされてしまっていて、今生きているのはカイとヴィクトールだけなのではないだろうか。ふとそんな想像がカイの頭に浮かんだ。
そんなはずはない――理屈では分かっているが、外に広がる暗い闇夜は、本当に明日が来るのかカイに疑問を抱かせるに十分だった。
「……ヴィクトールさん」
心細くなって、横で寝る男の名前を呼ぶ。返事はない。妙な焦燥感に動悸を覚えながらコップを片付けたカイは、自分のコートをめくってヴィクトールの横に入った。ヴィクトールの言う通り熱を通さない素材でできているらしいローブの敷布は、下からの冷たさを通さず、魔法のおかげで温かい。丸まった背中に後から抱きつくと低めの体温が伝わってきて、少しだけ安心する。
「……うわぁ」
「ここは雪崩が起こりやすいんだよ」
ほら、その証拠にここだけ木が生えてないだろ、とヴィクトールが体を離す。よいしょ、と崩れ落ちてきた雪の上によじ登ったヴィクトールが差し出す手を取って、カイも雪崩で積もった雪の上に乗る。
「これは……巻き込まれたらひとたまりもありませんね」
「そうだね」
ヴィクトールが魔法で守ってくれなかったらどうなっていたことやら。ぞっとしながらカイが左右を見回すと、「大丈夫だよ」と震える背中に手が置かれる。
「……早く帰って、あったかいスープでも飲もうか」
言いながら立ち上がったヴィクトールは「あっ」と声を上げた。
「しまった……」
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、その……樽……忘れてた」
ヴィクトールが指差した先、さっきまで樽があったはずのところは白い雪に覆われていた。
「ごめんね、本当……もう少し魔法ができたら樽がなくても飛んで帰れたんだけど」
「い、いやいやいや、ヴィクトールさんいなかったら今頃雪の中でバラバラになってたのは俺の方なんで」
「でも、もともとここにカイくんを連れてきたのは僕なわけだし……」
「好きで着いて来たんですって俺は」
しばらく雪の中を探した結果、発見されたのはバラバラになった樽の残骸だった。その時には日も大分低くなってきており、帰宅を諦めた二人は雪中泊することにした。朝方雪をレンガのように積んだ要領で雪を半球状に積み上げたヴィクトールだったが、どうやらそこで体力と魔力の限界が来たらしい。明かりと暖房代わりの光球まで出したところでへたりと雪の壁に寄りかかり、先ほどからうじうじとしている。めんどくさかわいいとはこのことである。
「ほらヴィクトールさん、お茶どうぞ」
樽の残骸と一緒に発見された水筒からお茶を注ぎ、くたりとしたヴィクトールに渡す。おやつに、とロジウムに持たされた軽食はカイが大事に背負っていたので無事である。でも、と更に言ってこようとするヴィクトールの口に焼き菓子を突っ込んで大人しくさせ、カイはお茶で手を温めた。
「あ、ロジウムさんたちに連絡しときますね」
ヴィクトールが腰につけていた通信球を使い、店に連絡する。
『え? 雪崩に巻き込まれて樽が壊れたから今日は帰れないって? わかったけど……帰ってこれるの? 大丈夫?』
「まあ大丈夫ですよ、いざとなったらヴィクトールさん担げばいいですし」
「明日になったら道に出て、馬車に拾ってもらうから……」
「……だ、そうです」
ふうん、と頷くロジウムとの会話を終えると、ヴィクトールはローブを脱いでその上で丸まった。
「ちょっと、疲れた……」
「冷たくないですか?」
「大丈夫……断熱素材、だから……」
その声はもうふにゃふにゃとしている。カイが自分のコートを上に掛けると、ありがとうだかごめんだかを呟いた後にヴィクトールの瞼が落ちていった。
(やれやれ……世話の焼ける人だ)
ヴィクトールはすぐ寝る。それはもう赤子のようにすぐ力尽き、そしてどこででも倒れるように寝てしまう。そして一度寝てしまうとなかなか起きない。
真鍮色の髪の、ほつれて顔にかかっている部分を耳にかけてやる。鼻先と頬をつつくが、もう死んだようにヴィクトールは動かない。その顔を見ながら、カイも取り出した焼き菓子をかじった。ようやく冷めてきたお茶を飲み、レンガの隙間から外を覗く。いつの間にか吹き始めた風に乗り、白い雪が斜めに飛んでいるのが見えたが、その先は闇に包まれている。
カイは耳を澄ませたが、聞こえてくるのは時折風が鳴る音だけである。
この世界は闇に閉ざされてしまっていて、今生きているのはカイとヴィクトールだけなのではないだろうか。ふとそんな想像がカイの頭に浮かんだ。
そんなはずはない――理屈では分かっているが、外に広がる暗い闇夜は、本当に明日が来るのかカイに疑問を抱かせるに十分だった。
「……ヴィクトールさん」
心細くなって、横で寝る男の名前を呼ぶ。返事はない。妙な焦燥感に動悸を覚えながらコップを片付けたカイは、自分のコートをめくってヴィクトールの横に入った。ヴィクトールの言う通り熱を通さない素材でできているらしいローブの敷布は、下からの冷たさを通さず、魔法のおかげで温かい。丸まった背中に後から抱きつくと低めの体温が伝わってきて、少しだけ安心する。
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