取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない

二ッ木ヨウカ

文字の大きさ
2 / 20

2 階段とスキル

しおりを挟む
「とりあえずまずは会うだけ会ってみろ。気分転換にもなるだろうし、その上で考えてみたって遅くない。確か柚季は男の方が好きなんだったよな?」
「え、あ、そうです、けど」
「条件がないならこちらで適当に選んでやる。後ほど画家と仕立て屋を行かせるから待っていろよ」
「……は、はい。それでは失礼します」

 お茶会を終え、部屋を出た柚季は部屋の中に向かって頭を下げた。扇子をひらめかせる女王と柚季の間に入った立哨の近衛が、バルコニーと回廊を隔てる扉を閉める。

「結婚、かぁ……」

 閉じた扉の前、回廊に繋がる階段を背にした柚季は小さく呟いた。
 結婚するつもりはありません。そう一言伝えれば終わる話なのは分かっていた。

 ――でも、せっかくの女王の好意を無駄にしてしまうのも悪い気がするし。何人かと顔合わせして、「やっぱり合わなかった」って言えばいいし。女王の言う通り、たまには他の人と話すのも楽しいかもしれないし。

 少しくらい女王の提案に乗っておいた方が、きっと都合がいいはずだ。
 異邦人である柚季が今の生活を維持するためには、女王の機嫌を損ねるわけにはいかないから。

「だから、仕方ないよね」

 ざわざわと落ち着かない胸元を押さえると、動悸が柚季の手にも伝わってくる。だが、どうしてそうなるのかは柚季にも分からなかった。


 柚季がクラスメート38人と異世界に召喚されたのは、高校1年の春のことだった。
 その当時のバハールは、隣国に滅ぼされる寸前だった。
 元々バハール側から仕掛けた戦争だったが反撃にあい、首都を残してほぼ全土を奪われるほどに追い詰められていたのだ。
 打つ手がなくなり、当時の王と女王、つまりライラの両親も裏切った部下に謀殺され——まだ幼かったライラが最後に頼ったのが、国に伝わる古い言い伝えだった。

『異世界から召喚された人間には、女神の加護により特殊なスキルが与えられる』

 誰もが迷信だと思っていた昔話だったが、ライラが手順通り儀式を行ったところ、本当に柚季たちが召喚されたのだ。
「発明家」や「剣士」、「誘惑」に「保健委員」……スキルの力を使い、首都防衛すら危うかった状況から、柚季のクラスメート達はたった2年でバハールは領地の奪還に成功した。
 そして10年前、戦争は元の国境線での停戦という形で終わり、クラスメートは日本へと帰還した。

 柚季とスミレを、異世界に残して。


「はあ……」

 本当は、こちらの国に残るのは女王と恋仲になったスミレだけ、という話だった。
 けれど、帰還する直前に柚季は大怪我を負い――気がついた時には、柚季もこちらの世界に取り残されていた。
 仕方のないことだった。帰還できる日の星辰の並びは決まっていて、あの時を逃したら次の機会は数百年後だった。柚季の回復を待っていたら全員帰れなくなってしまう。

 柚季のことを可哀想に思ってくれたのだろう。スミレが「いざという時には柚季のスキルを使う」ことを条件にライラ女王と交渉してくれ、王宮にある水車小屋が柚季の家となった。

 そして、今に至るまで柚季はほぼそこに引きこもっている。

 ……今頃、皆は、家族はどうしているだろうか。

 思い出してもどうしようもない。分かっているのに、つい考えてしまう。あの日、目を覚ました瞬間のがらんとした部屋が脳裏に浮かび、手足の先がすうっと冷えていくようだった。

「……者様、隠者様!」

 左耳の近くで聞こえた近衛兵の声に、柚季ははっと我に返った。
 隠者というのは柚季のことだ。バハールには「引きこもり」という言葉はないせいか、気づいたらそう呼ばれるようになってしまった。

「大丈夫ですか、先ほどからぼうっとされているようですが、どこか具合でも」
「っ、あ、な、何でもないです!」

 覗き込もうとしてくる近衛を避け、柚季は反射的に後退った。
 その足が宙を踏んだ。

「あ、れ?」

 階段だ。
 気づいた時には、すでに柚季の体は落ち始めていた。軽くなった体と浮遊感に、反射的に目をつぶる。
 誰かに腕を摑まれ、強い力で引き寄せられた。

「隠者様!」

 洗濯機に入れられたように体が回り、どこかにぶつかって止まる。だがその衝撃は思ったほど大きくなかった。
 硬めの、でも床よりは柔らかいものが、柚季を庇ってくれたからだ。

「隠者様、お怪我はありませんか!」

 ゆっくりと目を開ける。いつの間にか階段の下にいる柚季の下には、先ほど女王の扉の前に立っていた近衛兵の青年がいた。

「……?」

 理解が追いつかず、赤い制服の上に乗ったまま、柚季はまじまじと青年の顔を見つめてしまった。
 年の頃は二十代前半だろうか。髪と同じ葡萄色の瞳に、高く筋の通った鼻。
 彫刻のように彫りが深く、綺麗に整っている。近衛兵の顔などこれまでよく見たこともなかったが、どこかで見たような気も――

「……隠者様? どこか……」
「っ、す、すいません! おかげさまで無事です!」

 見惚れていた肩を不安げに撫でられ、柚季は慌てて近衛兵の上から降りた。体を起こした近衛兵は、柚季より優に20センチは背が高い。

「それはよかっ……っ」

 見上げていると、その眉が軽くしかめられた。庇ったときにどこか怪我をしたのだろう。
 どうしよう。柚季は左右を見回した。
 バレたらまずい事は分かるけれども、階段から落ちたのは完全に自分の不注意だった。このままにしておきたくはない。

「すいません、ちょっと……」

 扉の前にいるもう一人の近衛から死角になる階段裏に近衛を引っ張りこみ、柚季は彼の制服の胸元に手を当てた。

「動かないでください」

 目を閉じて意識を集中させると、柚季の手がわずかに熱を帯びた。同時に左足首がずきりと痛む。
 彼の怪我を、柚季が引き受けたのだ。
 異世界人が転移してくるときに女神に貰えるというスキル――柚季のそれは、「身代わり」だった。
 相手に触れ、願うことでその怪我や病気を引き受けるというものだが、柚季自身の体力の限界もあるので、使い勝手はさほど良くない。
 もっとも、柚季が今王宮の敷地内に住まわせてもらっているのは「いざという時には女王の『身代わり』になる」という契約によるものなので、この能力がないと困るのだが。

「……隠者様? これは……」
「秘密にしておいてくださいね」

 口元に人差し指を当て、柚季は不思議そうな顔をする近衛兵に小声で囁いた。
 女王の秘密の身代わりという立場上、本当は勝手に「スキル」を使うことは厳禁なのだ。

「それでは、お仕事中失礼しました」

 痛いけれども、立てないほどではない。じんじんと響くような痛みに、役に立ててよかった、と嬉しくなる。このままだと仕事にも差し支えていただろう。

「お待ちください!」

 足を引きずって歩き去ろうとすると、背後から呼び止められた。階段裏から出てきた近衛兵が、狼狽した顔で視線をさまよわせている。

「そのっ……せめて、お屋敷までお送りさせて下さい。自分の……自分が不用意に声をかけてしまったせいですし」
「いや、落ちたのは完全に僕の不注意ですよ。それに、この体は他人よりだいぶ頑丈にできてますから気にしないでください」

 階段前でぼうっとしていたのだから、落ちたって当然である。スキルの都合なのか、大抵の怪我なら放っておいても数日のうちには治るし、大したことではない。
 軽く首を振ったが、近衛兵は納得がいかないようだった。

「問題ありません、増援を呼びますので」

 階段下に戻った近衛は、白手袋をはめた指で上に合図を送った。数度指信号でやり取りしたのち、戻ってきた彼は深く頭を下げた。

「失礼します」

 なぜ謝られる? 疑問に思った瞬間近衛兵が柚季の横に膝をつき、ふわりと視線が高くなった。

「ひえっ!」

 間抜けな悲鳴が柚季の口をついた。不安定な状態に、思わず彼の首にしがみついてしまう。お姫様抱っこというやつだ、と思ったのはその後だ。

「落としたりしませんからご安心を」
「いやっ、あ、はいっ」

 そうかもしれないけど、そういうことじゃない。

「あ、歩けますのでこれくらい」

 そんなに気を使ってもらう必要はない。大体、こんなの近衛の仕事ではないだろう。
 柚季が軽く足を振って抵抗すると、さらに強く抱きしめられた。

「危ないですよ、隠者様」

 すぐ近くから聞こえてくる声と、服越しに感じる腕の力に、柚季の全身が緊張する。こんなに人と密着するなんて、たぶん子供のころ以来だ。
 どうしたらいいかなんて分からないが、それにうろたえている自分を悟られるのも嫌だった。心臓の音を落ち着かせようと深呼吸すると、今度は近衛のかすかな汗の匂いがしてきて、柚季はもう息すらできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

処理中です...