取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない

二ッ木ヨウカ

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3 広い庭と、二人乗り

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 近衛兵が連れてきた黒馬に載せられた柚季は、バルコニーから見下ろしていた大庭園を抜けていた。上からではわからなかったが、咲きかけのバラの華やかな香りがしている。
 だが今の柚季には、その香りを楽しむ余裕はどこにもなかった。
 ぴったりと近衛兵の胸に横抱きにされ、ただただ体を強張らせていたからだ。

 女王ライラがスミレのために作った――という触れ込みで、宮殿の庭には日本の田舎風になっている一角がある。
 柚季の住む水車小屋はそこにあるのだが、馬鹿みたいに庭が広いせいで宮殿から徒歩で30分もかかる。馬だともう少し短いだろうが、それでも家に着く前に柚季の心臓の方がどうにかなってしまいそうだった。

 ――今日は……もう、全部に流されっぱなしだ。

 女王とスミレの話を適当に聞きながらお茶を飲み、家に帰り、洗ったばかりのシーツの上でちょっと昼寝でもしてから夕飯の支度をする。そういう代わり映えのない日常を柚季は今日も過ごすつもりだったのだ。

 なのに、女王が突然結婚なんて言うから、調子が狂ってしまった。
 だからいい年して階段から落ちるし、久しぶりにスキルなんて使ってしまうし、近衛兵となぜか馬に二人乗りすることになるのだ。

 想定外のことが連続している時点で軽くパニックになっているのに、馬が歩くたびに近衛の顔や肩に軽く触れてしまうのが気になってしょうがないし、視線の高さにも慣れない。今自分がどう振舞うべきか柚季は全くわからなかった。引きこもっているとこういう時に困る。
 いっそのこと馬から突き落としてくれた方が気が楽だ。

「ああ……もう」

 なんでこうなってしまったのだろう。嘆息すると、柚季を支える近衛兵の腕がぴくりと反応した。

「隠者殿、痛みますか?」

 近衛の声は柔らかく、耳に心地よく響く。それがすぐ近くから聞こえるから、余計に対処に困る。

「えっ、あ、だ、大丈夫です!」

 慌てて笑顔を作り、柚季は自分を抱く近衛兵を見上げた。だが互いの顔が至近距離にあるという事実に耐えられず、またすぐ視線を自分の膝に向けてしまう。
 身長は頭一つ分違ったのに、座高はそんなに変わらないなんてどうかしている。

「やはり、医者を呼んだ方が……」
「いやいやいや本当にそこまで気遣ってもらう必要ないので!」
「……そうですか」

 近衛の声は、納得いかない、とはっきりと意思表示をしていた。だが柚季が女王の食客であるせいか、面と向かって反論はしてこない。
 何をしたようにも見えないのに、二人を乗せた黒馬は運河の手前を右に曲がった。左手で柚季を支えているのだから、右手の手綱と足さばきだけで近衛は馬を操っているのだろう。
 さすがだ、と思う。柚季なんて未だに馬にもろくに乗れないのに。

 バハール全土から集められた、300人の精鋭。眉目秀麗、文武両道、賢良方正、全てを兼ね備えた女王直属のエリート。女王本人と宮殿の護衛を行い、宮殿内で唯一帯刀が許されている存在――それが近衛兵だ。
 女王の部屋の前に立つくらいなのだから、彼は中でもそれなりの位だろう。この程度、朝飯前に違いない。

「あの……隠者殿、もしかして、なんですが」

 視線すら動かせないほど体を硬直させている柚季を不審に思ったのだろう。周囲が日本風になった頃、おずおずと近衛が口を開いた。

「馬、苦手だったりしますか?」
「え? あ、いや、そんなことは別に……」

 柚季は内心どきりとした。指摘された通り、今異常なまでに緊張しているのは、近衛と至近距離になってしまっているだけでなく、馬に対する恐怖感もあったからだ。
 柚季がこの世界に残るきっかけになった、馬車の暴走事故――それ以来、どうしても馬に対して身構えてしまう。

「ならよいのですが。以前隠者殿は……」
「あ、あの!」

 話がその事故の方へと転がっていきそうな気配を察し、柚季は声を張り上げた。できればそのあたりの話はしたくない。
 突然の大声に、馬も近衛も一瞬驚いて体を震わせる。
 言葉を遮ってしまってから会話の内容を探したせいで、変な間が少し空いた。

「ひ、一つお願いがあるんですけど……その、『隠者』って呼ぶの、やめていただけませんか?」

 とってつけたようにそう言うと、横目で見上げた近衛兵の眉が下がった。

「あっ、もちろん立場上難しかったりしたら……いいんですけど……」

 ただ、その呼ばれ方が好きではないのも事実だった。
 異世界から来た、いい年なのに結婚もせずふらふらと庭で暮らす女王お気に入りの謎ニート。女王とスミレくらいしか柚季の「スキル」は知らないから、傍目から見たら柚季はそういう存在である。
 藁葺きの水車小屋はバハール人から見れば貧乏人の掘っ建て小屋だし、召使の一人も置かずに過ごしているのも「人嫌いの世捨て人」のイメージに拍車をかけてしまっているらしい。
 理由は分かるが、別に修養や自省に勤しんでいるわけでもないし、隠者、と言われるたびに「穀潰し!」と呼ばれている気がして嫌なのだ。

「できれば、柚季と呼んでもらえれば」
「承知しました、柚季様とお呼びしますね」

 正直、様とつけられるのもむず痒いが、女王の食客である以上それは仕方ないだろう。

「それで……お願いします」
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