取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない

二ッ木ヨウカ

文字の大きさ
6 / 20

6 焼いたケーキと祈りの言葉

しおりを挟む
「ありがとうございます」

 今日作ったケーキはどうだろうか。スポンジを口に運ぶベルカントをついじっと見てしまう。その視線が柚季の方を向いた。

「さっき『作った』って仰ってましたけど、柚季様は料理もされるのですか?」
「まあ、多少」

 柚季は曖昧に頷いた。宮中にいるから配膳をしてもらうこともできるが、柚季はそれをあえてせず、隣の畑で作った野菜や運河の魚を食べている。
 家事や炊事は召使いの仕事なので、ベルカントからしてみればかなり奇異な行動に見えるのだろう。

「うるさいんですよ、女王。ちょっと食事を残したりしただけで『体調が悪いのか』『味が好みじゃないのか』って押しかけてくるし、逆に『このメニューがおいしかった』なんて言おうもんならずっとそればっかりになるし」

 食事中、給仕がずっと横にいるのも監視されているようで慣れなかった。なので今は、週に数回食事やお茶を共にすることで勘弁してもらっている。
 うんざりした顔をする柚季と逆に、ベルカントは面白そうに目を細めた。

「自分の祖母もそんな感じでしたよ。家族のように思われているんじゃないですか?」
「違う……と、思いますけどね」

 女王として、スペアの命が元気にしているかどうか気になるだけだろう。
 生きてさえいれば身代わりにはなれるんだから、放っておいてほしいものだ。
 そうですかね、とまたベルカントはケーキにフォークを刺した。

「見たことのないお菓子が多いので不思議だったんです。柚季様が作られていたんですね」

 うっとりと柚季の作ったケーキを口に運ぶベルカントを見て、柚季はお茶に口をつけた。苦い。少し炒りすぎたのかもしれない。

「それにしても、柚季様が和服以外をお召しになるなんて珍しいですね」
「ああ……普段はここの雰囲気を壊さないようにしてますからね」

 苦笑して返す。柚季が普段和服なのは、別に日本人としてのアイデンティティが理由なのではない。単純に女王が「そっちの方が柚季にも庭の風景にも似合っている」と言ったからである。
 つくづくペットだな、とは自分でも思う。
 だが彼女の好意でぬくぬくとニート生活をさせてもらっているのだし、それぐらいはしなくてはいけないだろう。

「ほら、今度仮面舞踏会があるじゃないですか。それに参加しようってこともあって……何着か、普通の服を作ってもらったんです」

 バハールでは、秋の初めに「死者が蘇る3日間」があるとされている。その期間は死者に現世を楽しんでもらうため、誰が死者で誰が生者か分からないよう、仮面をつけて踊り明かす習わしがあるのだ。
 お盆やハロウィンの仲間だろうと柚季は解釈している。多分、人間の考えることはどの世界でも大差ないのだ。

「珍しいですね。柚季様が行事に参加されるなんて」
「まあ……そうですね」

 そんなことまで把握されているのか。内心驚きながら柚季はケーキを口に運んだ。警備計画などがあるからだろうか。
 いちじくのプチプチとした食感を噛みしめてから、もう一度口を開く。

「……結婚したいなら、まず出会いの数を増やさなきゃ、と思ったんです」

 柚季に合った奴を見繕ってやるという言葉通り、あれから女王は柚季に何件もの縁談を持ってきてくれた。夏の間に20人以上お見合いをしたが――その全てに、柚季は断られていた。

 それも、向こうから。

 高望みはしていない、と思う。第二配偶者、第三配偶者でも構わないと言っているし、年収、職業も不問だ。どこに引っ越したって構わないし、家業があるならできるだけ手伝いだってする。逆に向こうが望むなら宮殿内に住むことも可能だ。

 もちろん、明らかに性格が合わないだろう人もいた。だが、この人のことをもっと知りたい、向こうもそう思ってくれているのではないか。そう感じたことも、中にはあったのに。
 だが、結果は結果だ。

「なので……仮面舞踏会なら、仮面がある分緊張もしにくいだろうし……多くの人と話ができるかなって……」

 話しながら、息が苦しくなってきて机の下で手を握りしめる。
 そもそも、女王の仲介するお見合いを断る、というのが柚季としては理解しがたかった。
 柚季が思っていたよりこの世界の身分制度がフラットである可能性も若干あるが、おそらくそうではない。
 単純に、女王の後ろ盾をもってしても覆せないほど柚季に魅力がないのだ。

「お前は誰かに気にかけられるほどの存在ではない」

 薄々自覚はしていたけれども、そう突き付けられるのが辛かった。女王の力で何とかしてもらおうという浅ましさを見抜かれ、嗤われている気さえする。
 他人の力を使って相手を探そうなんて、卑怯なことだなんて分かっている。こうやってお菓子を出してベルカントをお茶に誘っているのと同じだ。
 自分にはやっぱり向いてないみたいです。そう言って辞めてしまえばいい。
 理性はそう言っている。

 ――大体、本当に結婚したいなんて、できるなんて思っていない。女王に話を合わせているだけだ。
 ただ辞め時が分からなくなって、ずるずると継続しているだけにすぎない。
 そのはずだ。

「柚季様……?」

 俯いたまま黙り込んでしまった柚季の意識が、ベルカントの言葉で浮上する。目を上げると、心配そうに首を傾げ、柚季を覗き込んでくるベルカントの顔があった。

「あ、す、すいません! なんでもないです!」

 柚季は慌てて笑顔を作ったが、ベルカントはじっと柚季を見つめたままだ。

「柚季様には、絶対……良いお相手が見つかります。大丈夫ですよ」

 やっと口を開いたベルカントの言葉は、励ましというよりも懇願に近い響きだった。
 まるで、ベルカント自身に言い聞かせているかのような。

「ありがとう。そうだといいけどね」
「駄目です。そうでないと……柚季様は絶対に、幸せにならないといけないお方なんですから」

 また大袈裟だな、と思うが、そう言うベルカントの顔は、言葉とは裏腹にどこか痛むかのように顰められていた。

「あの……ベルさん?」

 声をかけると、そのままベルカントは笑った。パウンドケーキを頬張る。

「だって、こんなにおいしいお菓子を作れるんですから」
「そう……ですかね」

 元々料理はしていたが、柚季はお菓子など滅多に作らない。
 そんなもの、食べなくても生きていけるから。

 ベルカントに出したいから最近練習しているだけだ、とは、言えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

処理中です...