取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない

二ッ木ヨウカ

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7 夜と爆竹

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 秋を感じさせる涼やかな空気は、大広間の人の熱気で温められていた。
 ゆったりとした曲のリズムに合わせ、ペアになった人たちが揺れる。くるりと回る度にスカートや長いジャケットの裾が広がる様子は、まるで花が咲いたようだった。

「……はあ」

 大広間の端、これ見よがしに設えられた噴水の横で、フクロウの面をつけた柚季は服の裾を摘まんだ。ベルカントに褒められた時は嬉しかった濃紺のジャケットも、今では道化師の衣装にしか見えない。

 ――全然、うまく、いかない。

 勇気を出して話しかけても、全く話が続かない。どころか、ダンスの誘いにすら応じてもらえない。
「次こそは」という希望は、段々「また無理だろう」という諦めに取って代られつつあった。

 ――本当、なんでこんなことしてるんだろ。

 何回目になるか分からない問いを自分に投げかけるが、答えは出てこなかった。
 帰りたいなら帰ればいい。けれどもそこまで思い切れない。
 薄暗い会場の中心では、獅子の面をつけた女王と蝶々の面をつけたスミレが見えた。相手を自分に惚れさせ、骨抜きにする「魅了」スキルを持つスミレは、そのおかげか女王の横にいても全く見劣りしない。そして、柚季がバハールに馴染めないのは出身が原因でないということを容赦なく見せつけてくる。

 ――まあ、日本にいた時もクラスメートたちといた時も別に馴染めていたわけではなかった……ような、気もする……けれど。

「ねえ、暇?」

 俯きかけた柚季の視界に、突然猫の面が割り込んできた。
 驚いて半歩下がる。目線を上げると、緑色のジャケットを着た男が立っていた。豪華な刺繍が施された袖で、金のボタンがこれみよがしに光っている。

「さっきからずっとそこに立ってるけど。よかったら俺とお喋りしてくれません?」
「えっ、あ、はい……」

 相手から喋りかけられるなんて想定外だ。どぎまぎと話題を探していると、仮面から出た口元が微笑んだ。

「緊張してるのかな? これでも飲んで、深呼吸したら?」
「いや、あの、はい……すいません、あんまり……こういうところ慣れてなくて」

 せっかく向こうから来たチャンスだというのに、こんなところでダメにしている場合ではない。

 差し出されたグラスを煽る。度数が高めの桑の実酒に、喉が一気に熱くなった。

「どう?」
「あっはい、ありがとう……ござ……」

 答えて男にグラスを返した柚季の視界が、くらりと揺れた。
 気づいた時には、男の胸に抱きとめられている。

「あれ、大丈夫? 酔っちゃった?」
「ん……」

 酔った、とは違う気もする。だが、突然ぼうっとしてきた頭ではうまく考えられない。体だけが妙に熱くて、とにかくだるい。

「一回、外で酔い覚まししようか」
「は、い……」

 男の肩を借り、引きずられるように歩く。扉をくぐると、舞踏会の喧騒が遠くなった代わりに、むせかえるようなバラの濃い匂いが柚季のことを包み込んだ。
 何かがおかしい、と思う。だがその答えにまでたどり着けないままふらふらと足を進める。
 気づいた時には仮面が外れていて、庭の東屋で男に寄りかかるように座らされていた。男の手が柚季の首元に触れ、ボタンを外していく。

「……み、ないで……」

 軽く首を振るものの、柚季はそれ以上体を動かせなかった。何か言われているのは分かるが、声が頭の中で言葉に変換できない。肌に夜風が当たる。獣じみた男の息づかいが気持ち悪い。

「……や……」

 ズボンに手を掛けられ、柚季はまた小さく声を上げた。靄がかかったようになった頭の中で、これはまずいやつなのかも、とようやく考えが浮かぶ。だが体が鉛のように重く、言うことを聞かない。
 柚季の下半身を男の手がまさぐる。されるがまま椅子の上に押し倒された時、東屋の欄干の向こうに狼の面をつけた人影が立っているのが見えた。
 月明かりが形をとったような、プラチナブロンドの髪がたてがみのように仮面の横から溢れている。

 ――誰?

 けれども、もう言葉にする方が億劫だった。
 ただ眺めるしかできない柚季の前で、狼面の男が手を振り上げた。何だ、と思う間もなく鼓膜が痛くなるほどの破裂音が続き、辺りが昼のように明るくなる。

 狼の面が、燃えるように赤く浮かび上がった。

 焦げ臭いにおいが立ち込める。突然明るい閃光を浴びたのと立ち込める煙のせいで、暗くなると何も見えない。手を離された柚季は、そのまま地面に転がった。
 いくつもの足音の響きが近づいてきて、誰かが叫びあっているような声が聞こえる。何もかもが、遠く離れた世界の出来事のように朧気だ。

「柚季様!」

 けれど、その向こうから名前を呼ぶベルカントの声だけははっきりと聞こえた。
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