1 / 21
1 ライオンの訪れ
しおりを挟む
『続きまして、世界のニュースです。グラルガグラ王国の第二王子が、日本の大学への留学を決めたことがこの度明らかになりました』
(やばいやばいやばい)
タイマー代わりに垂れ流しにしているテレビから流れる声を聞き、真島柊斗は寝癖の残った髪に慌ててワックスをつけた。国際ニュースが始まる時間は8時30分。そろそろ家を出ないとまずいのに、休みの間に伸びた髪は好き勝手に自己主張している。
「ああー……もう、なんで四年目にもなって一限に行かないといけないかね」
なんでもかんでも「国際社会学Ⅰ」の単位を落としてしまったからなのだが、そう文句を言わずにはいられない。
わたわたと手についたワックスをタオルで拭きながら、左右を向いて最終確認をする。あえての外ハネセットのように見え……てほしい焦げ茶のショートヘア、自分でも子供っぽいと思うがどうにもならない黒目がちな瞳。ちょっと太めの眉は整えたい気もするがもう時間がない。
『さて教授、グラルガグラ王国といえば王子間の後継者争いが激化している点が注目を浴びていますが、今回の留学で彼らのパワーバランスに変化はあるのでしょうか』
『そうですね、今回の留学によって親人間派の第二王子、反人間派の第一王子という立場がより明確になったと言えるでしょう。それによって——』
リモコンを掴み、どや顔で話す壮年のコメンテーターの顔を消す。ノート類の入ったバッグをひっかけ、柊斗はワンルームのアパートを飛び出した。
新年度早々遅刻は避けたい。留年となれば尚更だ。
(今年は……ちゃんとするって、決めたんだから)
信号待ちの時間も惜しく、大学へとひた走る。千葉県にあるくせに「東京文科大学」と書かれた校門をくぐったところでスマホを出すと、時刻は八時五十五分を指していた。
「……っ、はあ、なんとか……」
あと五分あるならぎりぎり平気だろう。ひしめく学生たちの中で歩調を緩めると、桜が両端に植えられたメインストリートの真ん中に黒い山のような人影が立っているのが見えた。ウェーブのかかった黒髪の間から、丸っこい耳が飛び出している。
(うわ、獣人だ)
獣人——正確には、ホモ・フォルティス。獣へと変化することができる、柊斗たちホモ・サピエンスとは違う「ヒト」だ。
北緯三十三・五度、東経一四一度。千葉県九十九里浜沖に突如異世界へのゲートが開いたのは二〇年前のことである。ゲートの先はグラルガグラ王国という国に繋がっており、そこにはアニメで見るような、動物の耳や尻尾の生えた獣人たちが暮らしていた。大いに日本が混乱しトイレットペーパーや米の買い占めなどの「ビーストショック」が起きる中、時の総理大臣、佐渡島泰はグラルガグラ国王であるガレスティア・リアリージュと『日雅修好条約』を結び、両国の親善関係と技術的協力関係を約束した……というのは、柊斗が受験期に覚えさせられた知識である。グラルガグラは現代社会で頻出なのだ。
ただ、物心ついた時からの隣国であるグラルガグラ王国について、柊斗が知っているのはその教科書上の記述で全部だった。というのも、ゲートを通るには特別な訓練を積んだドラゴンに乗らなければならないのだが、そのキャパシティが非常に小さく、限られた数の人しか行き来ができないからだ。政府高官や研究者たちでその枠は埋まってしまい、一般人が観光に行けるのはまだ先の話と言われていた。
(すげ……でっか……ライオン獣人、かな?)
ゆえに、柊斗が生で獣人を見るのも今日がはじめてである。黒のジャケットと同色のパンツという出で立ちは普通だが、その大きさと威圧感は尋常ではない。優に二メートルを超えているだろう大きな身長とプロレスラーのように筋肉のついた背中、臀部から伸びる尻尾を眺めながら、他の学生同様彼を避けるように少し進路を変更する。
近づいていくと、黒いライオン獣人の陰に隠れるように、もう一人細身の獣人が立っているのが見えた。白く先端にブリーチの入った金髪をポニーテールにしており、不思議な響きの声でライオン獣人と話している。頭から生える狐耳に通訳だろうか、と思った瞬間、黒い巨躯が突然振り向いた。きょろりと辺りを見回した青い目が柊斗の顔で止まる。
「ひえっ」
獣人の名に恥じない、鋭い視線に柊斗は思わず後退った。勘違いかと左右を見回しているうちに、人波をかき分けるようにのしのしと大股で近づいてきたライオン獣人は目の前に迫っていた。
「君っ!」
「は、はいっ!」
グローブのような大きな手に腕を掴まれ、柊斗は裏返った声で叫んだ。どうしよう、何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。そそくさと隣を横切っていく学生に視線で助けを求めようとすると、頬に伸びてきたもう片方の手が柊斗の顔をぐいと引き戻す。柊斗の視界にライオン獣人の顔が大写しになる。
(やばいやばいやばい)
タイマー代わりに垂れ流しにしているテレビから流れる声を聞き、真島柊斗は寝癖の残った髪に慌ててワックスをつけた。国際ニュースが始まる時間は8時30分。そろそろ家を出ないとまずいのに、休みの間に伸びた髪は好き勝手に自己主張している。
「ああー……もう、なんで四年目にもなって一限に行かないといけないかね」
なんでもかんでも「国際社会学Ⅰ」の単位を落としてしまったからなのだが、そう文句を言わずにはいられない。
わたわたと手についたワックスをタオルで拭きながら、左右を向いて最終確認をする。あえての外ハネセットのように見え……てほしい焦げ茶のショートヘア、自分でも子供っぽいと思うがどうにもならない黒目がちな瞳。ちょっと太めの眉は整えたい気もするがもう時間がない。
『さて教授、グラルガグラ王国といえば王子間の後継者争いが激化している点が注目を浴びていますが、今回の留学で彼らのパワーバランスに変化はあるのでしょうか』
『そうですね、今回の留学によって親人間派の第二王子、反人間派の第一王子という立場がより明確になったと言えるでしょう。それによって——』
リモコンを掴み、どや顔で話す壮年のコメンテーターの顔を消す。ノート類の入ったバッグをひっかけ、柊斗はワンルームのアパートを飛び出した。
新年度早々遅刻は避けたい。留年となれば尚更だ。
(今年は……ちゃんとするって、決めたんだから)
信号待ちの時間も惜しく、大学へとひた走る。千葉県にあるくせに「東京文科大学」と書かれた校門をくぐったところでスマホを出すと、時刻は八時五十五分を指していた。
「……っ、はあ、なんとか……」
あと五分あるならぎりぎり平気だろう。ひしめく学生たちの中で歩調を緩めると、桜が両端に植えられたメインストリートの真ん中に黒い山のような人影が立っているのが見えた。ウェーブのかかった黒髪の間から、丸っこい耳が飛び出している。
(うわ、獣人だ)
獣人——正確には、ホモ・フォルティス。獣へと変化することができる、柊斗たちホモ・サピエンスとは違う「ヒト」だ。
北緯三十三・五度、東経一四一度。千葉県九十九里浜沖に突如異世界へのゲートが開いたのは二〇年前のことである。ゲートの先はグラルガグラ王国という国に繋がっており、そこにはアニメで見るような、動物の耳や尻尾の生えた獣人たちが暮らしていた。大いに日本が混乱しトイレットペーパーや米の買い占めなどの「ビーストショック」が起きる中、時の総理大臣、佐渡島泰はグラルガグラ国王であるガレスティア・リアリージュと『日雅修好条約』を結び、両国の親善関係と技術的協力関係を約束した……というのは、柊斗が受験期に覚えさせられた知識である。グラルガグラは現代社会で頻出なのだ。
ただ、物心ついた時からの隣国であるグラルガグラ王国について、柊斗が知っているのはその教科書上の記述で全部だった。というのも、ゲートを通るには特別な訓練を積んだドラゴンに乗らなければならないのだが、そのキャパシティが非常に小さく、限られた数の人しか行き来ができないからだ。政府高官や研究者たちでその枠は埋まってしまい、一般人が観光に行けるのはまだ先の話と言われていた。
(すげ……でっか……ライオン獣人、かな?)
ゆえに、柊斗が生で獣人を見るのも今日がはじめてである。黒のジャケットと同色のパンツという出で立ちは普通だが、その大きさと威圧感は尋常ではない。優に二メートルを超えているだろう大きな身長とプロレスラーのように筋肉のついた背中、臀部から伸びる尻尾を眺めながら、他の学生同様彼を避けるように少し進路を変更する。
近づいていくと、黒いライオン獣人の陰に隠れるように、もう一人細身の獣人が立っているのが見えた。白く先端にブリーチの入った金髪をポニーテールにしており、不思議な響きの声でライオン獣人と話している。頭から生える狐耳に通訳だろうか、と思った瞬間、黒い巨躯が突然振り向いた。きょろりと辺りを見回した青い目が柊斗の顔で止まる。
「ひえっ」
獣人の名に恥じない、鋭い視線に柊斗は思わず後退った。勘違いかと左右を見回しているうちに、人波をかき分けるようにのしのしと大股で近づいてきたライオン獣人は目の前に迫っていた。
「君っ!」
「は、はいっ!」
グローブのような大きな手に腕を掴まれ、柊斗は裏返った声で叫んだ。どうしよう、何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。そそくさと隣を横切っていく学生に視線で助けを求めようとすると、頬に伸びてきたもう片方の手が柊斗の顔をぐいと引き戻す。柊斗の視界にライオン獣人の顔が大写しになる。
100
あなたにおすすめの小説
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
異世界転生した俺のフェロモンが「全種族共通の特効薬」だった件 ~最強の獣人たちに囲まれて、毎日代わりばんこに可愛がられています~
たら昆布
BL
獣人の世界に異世界転生した人間が愛される話
一部終了
二部終了
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる