2 / 21
2 色づく
しおりを挟む
世界に色がついた、気がした。
いや元々カラーで世界を見ていたはずなのだが、五十六色がフルカラーになったというか解像度が上がったというか、とにかくその瞬間、柊斗の世界の見え方が変わったのだ。
彫りが深く、目鼻立ちがはっきりした顔立ちに、意志の強そうなはっきりした眉毛。その下の目つきは鋭いが、夜明け空を思わせる青色の瞳は意外とつぶらだった。肌の色は柊斗より少し濃いぐらいだろうか。獣人とは言うものの、特に毛深かったり獣っぽい顔立ちをしている訳ではないらしい。
(なんだ……?)
初対面の、しかも獣人に至近距離で顔を覗き込まれている。その状況と突然の自分の変化に全身が固まってしまい、視線を逸らすという発想も出てこなかった。柊斗がただその顔を見つめ返していると、ふわりと獣人の目が優しく細められた。頬に当てられた手がするりと肩へとなでおろされていく。
風に吹かれ、飛んできた桜の花弁がその肩口に音もなく積もる。そのピンク色すら、今まで見てきたものより鮮烈で、キラキラと輝いているように見えた。
「ああ……君、名前は」
「え、ええと……真島、真島柊斗です」
囁く唇の間から、大きく発達した犬歯が見えた。いったい何がどうしたというんだ。わななく声で答えると、獣人の向こうから「アル!」と叫ぶ声が聞こえた。グラルガグラ語だろう呪文めいた響きが続き、獣人がハッとした顔になる。柊斗とライオン獣人の間に割り込むように入ってきた狐耳の獣人と短く数回やり取りすると、小さく唸って柊斗から獣人の両手が離れた。
「す、すまない……人間はそうだとは知らず……驚かせてしまったな、柊斗よ」
「いえ、まあ、はあ……」
死ぬほど驚いているし今現在も服の上から分かりそうなほど動悸がしている。だがそれを口に出すのは不躾な気がした。震える指先でトートバッグを掴み、体の前で抱きかかえるようにして柊斗は深呼吸した。いつの間にか全身が汗でびっしょりと濡れている。
「あの、それで……何かご用でしょうか」
とりあえず怒っているわけではなさそうだ。落ち着け、と自分に言い聞かせながら口を開くと、「あっ」とライオン獣人は目を瞬かせた。
「そ、そうだな……あ、ええと、五号館はどこかな。教えてほしいんだが」
五号館。その言葉に柊斗は一気に現実に引き戻された気がした。今日の一限は五号館の二〇一号室だったはずだ。いつの間にか周囲の学生の数も激減している。
「五号館はこっちです! けど、ちょっと急いでもらっていいですか!」
「い、いや忙しいなら……」
「いいから!」
もはや説明する時間も惜しい。こっち、と手招きして走り出す。メインストリートを曲がって右、元は真っ白だったであろう、薄灰色のくたびれた豆腐のような建物に駆け込む。
「ここが五号館なんで! すいません俺これから授業あるんで失礼します!」
後ろを振り向き、ライオン獣人――と、ポニーテール姿――がついてきていることを確認してから、柊斗は二段飛びで階段を駆け上がった。ちょうどチャイムが鳴り始めた中を講義室に滑り込む。まだ教授の姿はない。
やれやれと思いながら、机と一体型になった椅子を開いて荷物を下ろす。
すると、今しがた閉めたはずのドアから獣人たちが入ってきた。
「えっ」
中腰の姿勢のまま止まった柊斗を見て、獣人は花が咲くような笑みを浮かべた。先ほどかなり無作法に別れを告げたばかりだというのに、それはまるで長年離れていた恋人にでも会ったかのようだった。
「あ、まだ何か……?」
「いや、私もちょうどこの教室に来ようとしていたところなんだ」
「そ、そうだったんですね」
それは随分と滑稽なことをしてしまった。走ったせいか羞恥のせいか火照ってきた頬を手の甲で押さえながら腰を下ろすと、満面の笑みを崩さぬまま獣人も柊斗の隣の椅子に座った。当然のような顔をして、ポニーテールの人もその向こうの席につく。
人間用の椅子はどうも獣人には大分小さいらしい。脚を広げているわけではないのに、獣人の逞しい太腿が柊斗を押してきた。服越しに硬く引き締まった筋肉の塊を感じて、思わずどぎまぎしてしまう。
「同じ授業とは奇遇だね。嬉しいよ、柊斗」
「あっはい」
混乱と緊張のあまり訳の分からない答えを返しながら、柊斗はそこでようやく自分だけしか名乗っていないことに気が付いた。
「あの、すいません、差し支えなければお名前……」
きょとんとした顔をした獣人は、目をぱちぱちとさせた後「ああそうか」と何か納得したように頷いた。
「遅れて申し訳ない。私の名前はアルハヴトン・リア……パラッタだ。こっちはマナギナという」
「アルハブトン・リア・パラッタさん……と、マナギナさん……ですね?」
復唱すると、隣のライオン獣人とその向こうのポニーテール姿が順番に頷く。ちょっと発音が違ったような気もするが、そこは大目に見てくれているようだ。
膝の上に置いていた手を獣人——アルハヴトンに包み込むように握られて、柊斗は飛び跳ねそうになった。きらきらとした青い目が臆することなく近づいてきて、思わず背をのけぞらせてしまう。
「ぜひ……アル、と呼んでくれ、柊斗」
「アルさん?」
「いいや、さん付けもなしだ」
「ア、アル……」
睦言でも囁くかのような甘い声色に困惑しながらそう言うと、「そうだ」とアルハヴトンは満足したように尻尾を振った。
「ここでは……柊斗の前では、ただのアルでいたいんだ」
「はあ」
どういう意味だろう。疑問に思ったものの聞き返す前に教授が現れ、結局その話はそこまでになった。
せっかく頑張って登校してきたというのに、アルハヴトンの脚から伝わる体温ばかりが気になり、柊斗は全く授業に集中できなかった。
いや元々カラーで世界を見ていたはずなのだが、五十六色がフルカラーになったというか解像度が上がったというか、とにかくその瞬間、柊斗の世界の見え方が変わったのだ。
彫りが深く、目鼻立ちがはっきりした顔立ちに、意志の強そうなはっきりした眉毛。その下の目つきは鋭いが、夜明け空を思わせる青色の瞳は意外とつぶらだった。肌の色は柊斗より少し濃いぐらいだろうか。獣人とは言うものの、特に毛深かったり獣っぽい顔立ちをしている訳ではないらしい。
(なんだ……?)
初対面の、しかも獣人に至近距離で顔を覗き込まれている。その状況と突然の自分の変化に全身が固まってしまい、視線を逸らすという発想も出てこなかった。柊斗がただその顔を見つめ返していると、ふわりと獣人の目が優しく細められた。頬に当てられた手がするりと肩へとなでおろされていく。
風に吹かれ、飛んできた桜の花弁がその肩口に音もなく積もる。そのピンク色すら、今まで見てきたものより鮮烈で、キラキラと輝いているように見えた。
「ああ……君、名前は」
「え、ええと……真島、真島柊斗です」
囁く唇の間から、大きく発達した犬歯が見えた。いったい何がどうしたというんだ。わななく声で答えると、獣人の向こうから「アル!」と叫ぶ声が聞こえた。グラルガグラ語だろう呪文めいた響きが続き、獣人がハッとした顔になる。柊斗とライオン獣人の間に割り込むように入ってきた狐耳の獣人と短く数回やり取りすると、小さく唸って柊斗から獣人の両手が離れた。
「す、すまない……人間はそうだとは知らず……驚かせてしまったな、柊斗よ」
「いえ、まあ、はあ……」
死ぬほど驚いているし今現在も服の上から分かりそうなほど動悸がしている。だがそれを口に出すのは不躾な気がした。震える指先でトートバッグを掴み、体の前で抱きかかえるようにして柊斗は深呼吸した。いつの間にか全身が汗でびっしょりと濡れている。
「あの、それで……何かご用でしょうか」
とりあえず怒っているわけではなさそうだ。落ち着け、と自分に言い聞かせながら口を開くと、「あっ」とライオン獣人は目を瞬かせた。
「そ、そうだな……あ、ええと、五号館はどこかな。教えてほしいんだが」
五号館。その言葉に柊斗は一気に現実に引き戻された気がした。今日の一限は五号館の二〇一号室だったはずだ。いつの間にか周囲の学生の数も激減している。
「五号館はこっちです! けど、ちょっと急いでもらっていいですか!」
「い、いや忙しいなら……」
「いいから!」
もはや説明する時間も惜しい。こっち、と手招きして走り出す。メインストリートを曲がって右、元は真っ白だったであろう、薄灰色のくたびれた豆腐のような建物に駆け込む。
「ここが五号館なんで! すいません俺これから授業あるんで失礼します!」
後ろを振り向き、ライオン獣人――と、ポニーテール姿――がついてきていることを確認してから、柊斗は二段飛びで階段を駆け上がった。ちょうどチャイムが鳴り始めた中を講義室に滑り込む。まだ教授の姿はない。
やれやれと思いながら、机と一体型になった椅子を開いて荷物を下ろす。
すると、今しがた閉めたはずのドアから獣人たちが入ってきた。
「えっ」
中腰の姿勢のまま止まった柊斗を見て、獣人は花が咲くような笑みを浮かべた。先ほどかなり無作法に別れを告げたばかりだというのに、それはまるで長年離れていた恋人にでも会ったかのようだった。
「あ、まだ何か……?」
「いや、私もちょうどこの教室に来ようとしていたところなんだ」
「そ、そうだったんですね」
それは随分と滑稽なことをしてしまった。走ったせいか羞恥のせいか火照ってきた頬を手の甲で押さえながら腰を下ろすと、満面の笑みを崩さぬまま獣人も柊斗の隣の椅子に座った。当然のような顔をして、ポニーテールの人もその向こうの席につく。
人間用の椅子はどうも獣人には大分小さいらしい。脚を広げているわけではないのに、獣人の逞しい太腿が柊斗を押してきた。服越しに硬く引き締まった筋肉の塊を感じて、思わずどぎまぎしてしまう。
「同じ授業とは奇遇だね。嬉しいよ、柊斗」
「あっはい」
混乱と緊張のあまり訳の分からない答えを返しながら、柊斗はそこでようやく自分だけしか名乗っていないことに気が付いた。
「あの、すいません、差し支えなければお名前……」
きょとんとした顔をした獣人は、目をぱちぱちとさせた後「ああそうか」と何か納得したように頷いた。
「遅れて申し訳ない。私の名前はアルハヴトン・リア……パラッタだ。こっちはマナギナという」
「アルハブトン・リア・パラッタさん……と、マナギナさん……ですね?」
復唱すると、隣のライオン獣人とその向こうのポニーテール姿が順番に頷く。ちょっと発音が違ったような気もするが、そこは大目に見てくれているようだ。
膝の上に置いていた手を獣人——アルハヴトンに包み込むように握られて、柊斗は飛び跳ねそうになった。きらきらとした青い目が臆することなく近づいてきて、思わず背をのけぞらせてしまう。
「ぜひ……アル、と呼んでくれ、柊斗」
「アルさん?」
「いいや、さん付けもなしだ」
「ア、アル……」
睦言でも囁くかのような甘い声色に困惑しながらそう言うと、「そうだ」とアルハヴトンは満足したように尻尾を振った。
「ここでは……柊斗の前では、ただのアルでいたいんだ」
「はあ」
どういう意味だろう。疑問に思ったものの聞き返す前に教授が現れ、結局その話はそこまでになった。
せっかく頑張って登校してきたというのに、アルハヴトンの脚から伝わる体温ばかりが気になり、柊斗は全く授業に集中できなかった。
130
あなたにおすすめの小説
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
異世界転生した俺のフェロモンが「全種族共通の特効薬」だった件 ~最強の獣人たちに囲まれて、毎日代わりばんこに可愛がられています~
たら昆布
BL
獣人の世界に異世界転生した人間が愛される話
一部終了
二部終了
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる