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13 マナギナ
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「家族……」
「そうだな。小さいころからずっと一緒だし、これからもずっと共にいてくれるだろうな、マナギナは。かけがえのない存在だよ」
「そ、っ、そうなんだ」
震える手でまた酒を飲み干すと、かあっと全身が熱くなる。
(やっぱりマナギナさんが、アルの……)
かけがえのない存在、というフレーズが頭の中でこだまする。つまりそういうことなのだ。マナギナがアルの唯一無二の——運命、なのだ。
じわりと視界が滲み、柊斗は慌てて強く目をつぶった。いつの間にか注がれていた酒をまた呷る。
(な、何ショック受けてんだ、俺がそうじゃないことなんて分かり切ってただろ)
人間には「運命」はない、とアルは言っていた。つまり最初から柊斗なんてお呼びじゃないのである。だが、改めて突きつけられるその事実は、柊斗の胸に深く突き刺さった。
「……っ、は……」
頭の中がぐるぐるする。もはや涙をこぼさないようにするだけで柊斗は精いっぱいだった。アルハヴトンに見られないように、俯いて目頭を押さえる。
注がれた一杯を機械的に飲み干すと、アルハヴトンの手が柊斗の肩から腰に滑り降りてきた。更に体を寄せられ、ふさふさとした尻尾が柊斗に巻き付いてくる。
「……なあ柊斗、私も聞いていいか?」
「うん……」
苦しい。そんなにくっつかないで欲しい。嬉しい。今だけでもいいからもっと。心がちぎれてしまいそうで、柊斗はそう頷くのがやっとだった。
「柊斗、今日ガイダンスに登壇していた女性は知り合いかなにかだろうか? ショートカットの、パンツスーツを着ていた人だが」
低く、唸るようなアルハヴトンの声。誰のことだ、とぐちゃぐちゃになってきた頭の中で少し考え、ああ、と気づく。就活ガイダンスで、去年の先輩の経験から学ぼうと称して元カノが体験談を話していたのである。
「あの人ね……元カノ。昔、付き合ってた人」
「ふうん」
「あ、大丈夫だよ、向こうはね、もう俺のことなんて黒歴史になってるから。学内で顔を合わせても無視されるし、連絡も取れないし」
何が大丈夫なのだろうか。自分でもよく分からなかったが、とにかくアルハヴトンに彼女とよりを戻すことはないと知っておいてほしかった。
「そうなのか……?」
「うん。あ、でもね、向こうは悪くないんだ。俺ね、ほんとダメ人間で、授業も試験も、部屋の掃除とか片付けまで全部彼女頼りだったんだよね。デートにもいつも遅刻してたし、自分から連絡したこともなかったし……全部彼女が我慢してくれてただけなのに、それを愛されてるって勘違いしてたんだ。だから、愛想尽かされて当然だったんだよね」
どうにもふわふわといらないことまで口走ってしまっているような気がした。酔っている、と思うが止まらない。アルハヴトンの運命が自分ではないということは当然だとどうにかして思いたかった。だって、自分のような「ちゃんとしていない」人間が誰かに選ばれることなんてないから。
「最後はね、『あなたとの将来は考えられない』って言われちゃって、だから今年はちゃんとしようと思ったんだけど、でもその割に就活のこと何にも考えられてなかったし、結局俺ダメなままで――」
「お、落ち着け柊斗」
アルハヴトンに肩を叩かれ、柊斗は言葉を飲みこんだ。どうしようもなく恥ずかしくなってきて、また口をつけようとしたぐい飲みをアルハヴトンに取り上げられる。覗き込んできた顔は心配そうな色をしていて、それがまたいたたまれない。
「すまん。そんなに酒に弱いとは思わなくて……ちょっと、飲ませすぎたな」
アルハヴトンの顔が近づいてきた、と思ったら、頬をざらりとした温かいものに舐められていた。いつの間にか涙がこぼれていたらしい。
「……?」
猫よりも人っぽい、だが人ほどつるつるしているわけではない、不思議な舌先。柊斗が頬に手を当てていると、伸びてきたアルハヴトンの腕に抱きしめられる。
「変わろうと努力してきたんだろ? 実際に頑張っているのは私だって知っている。ダメなんかじゃない」
「でも、俺、アルみたいに将来やりたいことだって決まってないし……」
「私は……別に自分で決めたわけじゃない。そうやって自分で将来のことを考えて決めようとしているだけで、私からすれば随分と大したものだ」
大きな手に頭を撫でられ、柊斗の体から力が抜けていく。今だけだから、と肩に顔を押し付けると、柔らかい布団のような、お日様のような匂いがする。
「それにな、今日だって私達のために怒ってくれただろう? 嬉しかったぞ、あれは」
「……だって……おかしいだろ、獣人は来るな、なんて」
「その気持が嬉しいんだよ」
「ん……」
泣かないでくれ、とまた頬を舐められるが、自分がなぜ泣いているか柊斗にもわからなかった。運命ではないということ、頑張ってみたけれども結局ダメなままだと気づいたこと、獣人への差別——それでもやっぱり、こうして優しくしてくれるアルハヴトンが好きで、心も体も彼を欲しているということ。全部が混沌としていた。
「……今日は、泊まっていくといい」
アルハヴトンの言葉とともに、ふわりと体が抱き上げられる。そのままアルハヴトンが立ち上がったせいで、突然柊斗の視界が高くなった。目の前にあるアルハヴトンの首に手を回し、その唇に軽くキスをする。
「うん。俺も、アルと……一緒にいたい……」
柊斗がそう漏らすと、ぐるるとアルハヴトンが喉の奥を鳴らすのが聞こえた。
「そうだな。小さいころからずっと一緒だし、これからもずっと共にいてくれるだろうな、マナギナは。かけがえのない存在だよ」
「そ、っ、そうなんだ」
震える手でまた酒を飲み干すと、かあっと全身が熱くなる。
(やっぱりマナギナさんが、アルの……)
かけがえのない存在、というフレーズが頭の中でこだまする。つまりそういうことなのだ。マナギナがアルの唯一無二の——運命、なのだ。
じわりと視界が滲み、柊斗は慌てて強く目をつぶった。いつの間にか注がれていた酒をまた呷る。
(な、何ショック受けてんだ、俺がそうじゃないことなんて分かり切ってただろ)
人間には「運命」はない、とアルは言っていた。つまり最初から柊斗なんてお呼びじゃないのである。だが、改めて突きつけられるその事実は、柊斗の胸に深く突き刺さった。
「……っ、は……」
頭の中がぐるぐるする。もはや涙をこぼさないようにするだけで柊斗は精いっぱいだった。アルハヴトンに見られないように、俯いて目頭を押さえる。
注がれた一杯を機械的に飲み干すと、アルハヴトンの手が柊斗の肩から腰に滑り降りてきた。更に体を寄せられ、ふさふさとした尻尾が柊斗に巻き付いてくる。
「……なあ柊斗、私も聞いていいか?」
「うん……」
苦しい。そんなにくっつかないで欲しい。嬉しい。今だけでもいいからもっと。心がちぎれてしまいそうで、柊斗はそう頷くのがやっとだった。
「柊斗、今日ガイダンスに登壇していた女性は知り合いかなにかだろうか? ショートカットの、パンツスーツを着ていた人だが」
低く、唸るようなアルハヴトンの声。誰のことだ、とぐちゃぐちゃになってきた頭の中で少し考え、ああ、と気づく。就活ガイダンスで、去年の先輩の経験から学ぼうと称して元カノが体験談を話していたのである。
「あの人ね……元カノ。昔、付き合ってた人」
「ふうん」
「あ、大丈夫だよ、向こうはね、もう俺のことなんて黒歴史になってるから。学内で顔を合わせても無視されるし、連絡も取れないし」
何が大丈夫なのだろうか。自分でもよく分からなかったが、とにかくアルハヴトンに彼女とよりを戻すことはないと知っておいてほしかった。
「そうなのか……?」
「うん。あ、でもね、向こうは悪くないんだ。俺ね、ほんとダメ人間で、授業も試験も、部屋の掃除とか片付けまで全部彼女頼りだったんだよね。デートにもいつも遅刻してたし、自分から連絡したこともなかったし……全部彼女が我慢してくれてただけなのに、それを愛されてるって勘違いしてたんだ。だから、愛想尽かされて当然だったんだよね」
どうにもふわふわといらないことまで口走ってしまっているような気がした。酔っている、と思うが止まらない。アルハヴトンの運命が自分ではないということは当然だとどうにかして思いたかった。だって、自分のような「ちゃんとしていない」人間が誰かに選ばれることなんてないから。
「最後はね、『あなたとの将来は考えられない』って言われちゃって、だから今年はちゃんとしようと思ったんだけど、でもその割に就活のこと何にも考えられてなかったし、結局俺ダメなままで――」
「お、落ち着け柊斗」
アルハヴトンに肩を叩かれ、柊斗は言葉を飲みこんだ。どうしようもなく恥ずかしくなってきて、また口をつけようとしたぐい飲みをアルハヴトンに取り上げられる。覗き込んできた顔は心配そうな色をしていて、それがまたいたたまれない。
「すまん。そんなに酒に弱いとは思わなくて……ちょっと、飲ませすぎたな」
アルハヴトンの顔が近づいてきた、と思ったら、頬をざらりとした温かいものに舐められていた。いつの間にか涙がこぼれていたらしい。
「……?」
猫よりも人っぽい、だが人ほどつるつるしているわけではない、不思議な舌先。柊斗が頬に手を当てていると、伸びてきたアルハヴトンの腕に抱きしめられる。
「変わろうと努力してきたんだろ? 実際に頑張っているのは私だって知っている。ダメなんかじゃない」
「でも、俺、アルみたいに将来やりたいことだって決まってないし……」
「私は……別に自分で決めたわけじゃない。そうやって自分で将来のことを考えて決めようとしているだけで、私からすれば随分と大したものだ」
大きな手に頭を撫でられ、柊斗の体から力が抜けていく。今だけだから、と肩に顔を押し付けると、柔らかい布団のような、お日様のような匂いがする。
「それにな、今日だって私達のために怒ってくれただろう? 嬉しかったぞ、あれは」
「……だって……おかしいだろ、獣人は来るな、なんて」
「その気持が嬉しいんだよ」
「ん……」
泣かないでくれ、とまた頬を舐められるが、自分がなぜ泣いているか柊斗にもわからなかった。運命ではないということ、頑張ってみたけれども結局ダメなままだと気づいたこと、獣人への差別——それでもやっぱり、こうして優しくしてくれるアルハヴトンが好きで、心も体も彼を欲しているということ。全部が混沌としていた。
「……今日は、泊まっていくといい」
アルハヴトンの言葉とともに、ふわりと体が抱き上げられる。そのままアルハヴトンが立ち上がったせいで、突然柊斗の視界が高くなった。目の前にあるアルハヴトンの首に手を回し、その唇に軽くキスをする。
「うん。俺も、アルと……一緒にいたい……」
柊斗がそう漏らすと、ぐるるとアルハヴトンが喉の奥を鳴らすのが聞こえた。
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