そばにいる人、いたい人

にっきょ

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「いーつーき、あけましておめでとう!」

 松の内明けの一限目。すっかり冷え切った教室内でコートにくるまった樹が寒さに震えていると、明るい声と共に隣の椅子が軋みを立てた。

「あっ、須野原先輩!」

 樹が顔を上げると、須野原は相変わらずの柔和な笑顔を浮かべて小さく手を振ってきた。

「久しぶりだね、お正月どうしてた?」
「あ、えっと」

 年末の遊園地の件について触れられないことに、樹はなんだか肩透かしを食らった気がした。予想外の話に戸惑いつつ、二週間ほど前の話になるからそれも仕方ないのかな、と話を合わせる。

「お正月は……実家に帰ってたかな」
「実家いいねー、ゆっくりできたでしょ」
「あー……まあ……」

 実家とはくつろぎの場である、と疑っていない須野原の言葉に、あいまいに笑みを浮かべてしまう。そんなことはない、と説明するのは、なんだか樹が反抗期を引きずっているように思われそうで嫌だったのだ。

「先輩は帰省しなかったの?」
「あー、年末年始ってさ、馬鹿みたいに飛行機高くなるじゃん。だから帰らないことにしてるんだよね。コスパ悪いから」
「へえ、そうなんだ」

 修学旅行も新幹線だったし、家族旅行に行くような家庭でもない。樹はこれまで飛行機に乗ったことがなかった。飛行機というものは、電車のように運賃が決まっているわけではないのか、と大いに関心して頷く。

「まあ帰ってもねちねち成績のこととか言われてうるさいだけだしね。もう成人してるし、そういうのもうやめてほしいんだけど」

 やれやれ、と須野原は肩をすくめた。

「まあだから、休み中はバイトしたり……映画見たりして過ごしてたかな。あ、樹が前におすすめしてくれた『ハッピースノーライフ』も観たよ!」
「あ、そうなん……ですね?」

 そんな題名の映画をすすめた記憶はない。なんとなく頷いてしまった樹は、以前『ファニースノー・ウエディング』という映画を口にしたことに思い至った。

「いやー、樹がああいうグロいホラー系好きだとは意外だったよ。雪洞に死体運んでて仲間割れするシーンとか俺もう見てられなくて、音声しか聞けなかったわ」
「あ、いや、ええ……?」

 完全に別物だ。『ファニースノー・ウエディング』はイエティの女の子がスキーに来ていたカジノディーラーに一目惚れしてラスベガスまで押しかけていくコメディであり、死体などどこにも出てこない。だが、見てられなかったと言いつつ最後まで鑑賞してくれたらしい須野原にそれを指摘するのは、彼の行為を無意味なものにしてしまうようでなんだか躊躇われた。

「怖かったけど、あんなにドキドキしたのは久しぶりだったかも。ただ、未だに夜暗くするとオノ持った男を思い出して怖いから、次はもうちょっと初心者向けのにしてくれると嬉しいな」
「は、はあ……」

 樹自身、ホラーは苦手である。どうしよう、と思っていると、「そういえば樹、今日の夜空いてる?」と須野原が話題を変えてきた。

「よければ食事、一緒にどうかなって。ほら、年末一緒に遊園地行けなかったでしょ。埋め合わせ、って言ったらなんだけど、おごるから。樹にぜひ食べてほしいおすすめの店があるんだ」
「あ……は、はい!」

 大きく頷いた樹は、もやもやと少し曇っていた心が晴れていくのを感じた。

(よかった、忘れられてなかったんだ)

 須野原が年末のことを覚えてくれていたというだけで嬉しい。こんなことならチョコレートを開封したりせずに、今日持ってくればよかった。

「それじゃあ、六時くらいに東門集合でいいかな?」
「うん!」

 マシュマロのようにふわふわとした笑みを浮かべる須野原に、樹も笑い返した。ぽん、と須野原の手が樹の頭を軽く触り、甘く少し苦い匂いが鼻についた。

「大丈夫、今日はちゃんと行くから」
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