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祝、連れ帰る
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「なるほど? つまり滋ヶ崎がいなくなっちゃったのが寂しいと」
「さ、寂しくはないですけど……」
「そうなの? 大好きな人がいなくなったら寂しくない?」
「は……はあ? なん、なんですかそれは……」
「あれ、違った?」
「ち、ちがいます……」
着替えてテーブルの向こうに座る祝から目を外し、出された緑色のお茶に口をつける。
めそめそと泣くマルコシウスは祝の背に乗せられ、神社にある彼の家に連れられてきていた。
「え、ていうかもしかして何も聞いてない?」
頷くと、「あー」と尻尾を揺らめかせた祝は角の付け根を掻いた。
「ええっと……じゃあ、まず滋ヶ崎が何でも屋なのは知ってる……よね? うん、じゃあ、異世界からの依頼も受けてるのは……ああ、今知ったと。どっちかと言うとそっちのほうが本業なんだけどね。最近はマルコちゃんいたから受けてなかっただけで」
「はあ……」
「んで、異世界案件って割と重めなものが多いわけだよ。ほら、庭の草むしりすんのにわざわざ異世界から人呼ばないじゃん? 今回もしばらくかかるからマルコちゃん預かっててって頼まれたんだけど」
「そう、ですか……」
しばらくとはどれくらいだろう。気になったが、これ以上何も知らないと思われるのも嫌だった。預かっててって荷物じゃないんだから。
「そだ、夕飯なに食べる? 鶏肉ダメって聞いたし、とりあえず揚げたイモなら誰でも食べるかと思って準備したけど、あと厚揚げの炒め物とかでいい?」
「あ、はい……」
また頷くと、「おけおけ」と祝は立ち上がった。包丁と茶色くて四角いものをまな板に乗せて帰ってくる。
「そういえば料理練習してんだって? 滋ヶ崎からもやらせとけって言われたよー」
「あ……でも刃物とか火はまだ……あんまり」
「甘やかされてるぅー」
どうだろう。滋ヶ崎は「お前に刃物を持たせると刺されそうで怖い」と言っていたけれど。相当心配だったのか包丁の入っている棚に鍵までかけていた。思い出して、またこぼれて来そうになる涙を拭う。
「それじゃあ今のうちにマスターしとけばいいよ、僕なら刺されても平気だし」
はいはい、と手に包丁を握らされる。
「大きさとか……?」
「なんでもいいよ。食べづらくない感じに切れてれば」
「はあ」
よくわからないので適当に切る。切り終わると、「おけおけ」とまな板ごと祝が回収していく。
芋と茶色い塊を手早く調理した祝は、3人分のトレーを持って戻ってきた。
「ちょっと待っててねー、神様にご飯あげてくるから」
「はあ……」
一つだけトレーを持ち、尻尾で扉を開けて部屋を出ていく祝。そういえば雨の神を祀っているのだっけか。より良い生を求めるという最終的な目的は同じであっても、崇高な秩序や真理の探求ではなく、超常的存在の機嫌を損なわないことを手段とする祝の宗教とその行動原理はマルコシウスにとって不可解なものだった。
(だって……そんなの、主人の顔色を窺って、気に入られようとする奴隷と一緒じゃないか)
媚びへつらわないと生きていけないなんて、そんなの現実の世界だけで充分なのに。せめて心のありようだけでも自由でいたいとは思わないのだろうか。
(ああ、いや、でも……彼は私よりずっと奔放な生き方をしている……ような……?)
ざわり、と胸の奥で何かが蠢いた。自分のずっと信じてきたことが脅かされている気がした。
「おまたせー、冷めないうちに食べよっか」
ぬるり、と障子を尻尾で開け、祝が戻ってきた。ダークグレーの髪を耳にかけ、マルコシウスの前に座る。
「あ、はい……」
食前の祈りをしてから、マルコシウスはフォークを手に取った。
「どう? おいしい?」
「……神学校での食事を思い出します」
よく言えば「素材の味が生きている」悪く言えば「味がない」料理だった。炒めただけで調味していない野菜と茶色い何か、それから芋。汁ものに至っては色がついているだけのお湯のような味がする。毎日こんなものを食べさせられているのに怒らないとは、雨の神というやつはずいぶんと寛容な存在に違いない、とマルコシウスはさっそく認識を改めた。
「え、それ絶対褒めてないよね?」
祝は心外だと言わんばかりの顔をした。
「あのね、滋ヶ崎の料理はあれ塩分も糖分も多すぎなの! 分かる? これくらい薄味の方が身体にはいいの! 長命種ならまだしもマルちゃんは短命種なんだから、そういうのちゃんと気を使わないとすぐ死んじゃうよ?」
「はあ……」
そう言われても、と思う。滋ヶ崎の料理の方がおいしかったのは事実だし、滋ヶ崎の家に来るたびに祝はいろいろ貪り食っていたような気がするのだが。
食事を終えると、「えっとー」と言いながら祝は袂から分厚い紙の束を取り出した。
「この後に祈りの時間があって就寝、だっけ? 寝るの僕の隣でいいよね。『暗いのがダメ』って書いてあるけど、常夜灯でもだめな感じ?」
「いや……え、それ、何ですか」
パラパラと紙をめくる祝の手元に目を凝らすと、辛うじて「就寝時注意」という語句が見えた。
「え、これー? マルコちゃんの取り扱いマニュアルだよ、滋ヶ崎がくれたの」
「は? え? は?? な、何ですかそれ! 何書いてあるんですか!」
何を勝手なことをしているのだ。立ち上がって奪い取ろうとすると「マルコシウス、ステイ!」と額に指をあてられ、思わずまた座り込んでしまう。
「わー、ホントだ、犬みたいで面白ーい! 偉い偉いマルちゃん」
「……っ」
完全に犬と同じ扱いで頭を撫でられる。悔しい……が、若干嬉しいのも否定できない。
「……それも、書いてあるんですか。そこに」
「うん、『全部』書いてあるよ」
「ぜんぶ……」
何となく含みのある言い方に、ぺたりとそのままテーブルに突っ伏す。どうせ滋ヶ崎のことだから尻穴の襞の数でも書いているのだろう。太ももにあるほくろの位置とか。ふざけんな。
「でもマルちゃんあれだねえ、今までもいろいろ預けられたことあるけど、こんなに丁寧なマニュアル貰ったの僕はじめてだよ。ほんと愛されてるよねえ」
「そうですかね……」
「そうだよぉ」
本当に愛しているのなら、何も言わずに他人に預けたりはしないのではないだろうか。そう思ったものの言い出せず、マルコシウスは祝に頭を撫でられるままテーブルの木目を眺めていた。
「さ、寂しくはないですけど……」
「そうなの? 大好きな人がいなくなったら寂しくない?」
「は……はあ? なん、なんですかそれは……」
「あれ、違った?」
「ち、ちがいます……」
着替えてテーブルの向こうに座る祝から目を外し、出された緑色のお茶に口をつける。
めそめそと泣くマルコシウスは祝の背に乗せられ、神社にある彼の家に連れられてきていた。
「え、ていうかもしかして何も聞いてない?」
頷くと、「あー」と尻尾を揺らめかせた祝は角の付け根を掻いた。
「ええっと……じゃあ、まず滋ヶ崎が何でも屋なのは知ってる……よね? うん、じゃあ、異世界からの依頼も受けてるのは……ああ、今知ったと。どっちかと言うとそっちのほうが本業なんだけどね。最近はマルコちゃんいたから受けてなかっただけで」
「はあ……」
「んで、異世界案件って割と重めなものが多いわけだよ。ほら、庭の草むしりすんのにわざわざ異世界から人呼ばないじゃん? 今回もしばらくかかるからマルコちゃん預かっててって頼まれたんだけど」
「そう、ですか……」
しばらくとはどれくらいだろう。気になったが、これ以上何も知らないと思われるのも嫌だった。預かっててって荷物じゃないんだから。
「そだ、夕飯なに食べる? 鶏肉ダメって聞いたし、とりあえず揚げたイモなら誰でも食べるかと思って準備したけど、あと厚揚げの炒め物とかでいい?」
「あ、はい……」
また頷くと、「おけおけ」と祝は立ち上がった。包丁と茶色くて四角いものをまな板に乗せて帰ってくる。
「そういえば料理練習してんだって? 滋ヶ崎からもやらせとけって言われたよー」
「あ……でも刃物とか火はまだ……あんまり」
「甘やかされてるぅー」
どうだろう。滋ヶ崎は「お前に刃物を持たせると刺されそうで怖い」と言っていたけれど。相当心配だったのか包丁の入っている棚に鍵までかけていた。思い出して、またこぼれて来そうになる涙を拭う。
「それじゃあ今のうちにマスターしとけばいいよ、僕なら刺されても平気だし」
はいはい、と手に包丁を握らされる。
「大きさとか……?」
「なんでもいいよ。食べづらくない感じに切れてれば」
「はあ」
よくわからないので適当に切る。切り終わると、「おけおけ」とまな板ごと祝が回収していく。
芋と茶色い塊を手早く調理した祝は、3人分のトレーを持って戻ってきた。
「ちょっと待っててねー、神様にご飯あげてくるから」
「はあ……」
一つだけトレーを持ち、尻尾で扉を開けて部屋を出ていく祝。そういえば雨の神を祀っているのだっけか。より良い生を求めるという最終的な目的は同じであっても、崇高な秩序や真理の探求ではなく、超常的存在の機嫌を損なわないことを手段とする祝の宗教とその行動原理はマルコシウスにとって不可解なものだった。
(だって……そんなの、主人の顔色を窺って、気に入られようとする奴隷と一緒じゃないか)
媚びへつらわないと生きていけないなんて、そんなの現実の世界だけで充分なのに。せめて心のありようだけでも自由でいたいとは思わないのだろうか。
(ああ、いや、でも……彼は私よりずっと奔放な生き方をしている……ような……?)
ざわり、と胸の奥で何かが蠢いた。自分のずっと信じてきたことが脅かされている気がした。
「おまたせー、冷めないうちに食べよっか」
ぬるり、と障子を尻尾で開け、祝が戻ってきた。ダークグレーの髪を耳にかけ、マルコシウスの前に座る。
「あ、はい……」
食前の祈りをしてから、マルコシウスはフォークを手に取った。
「どう? おいしい?」
「……神学校での食事を思い出します」
よく言えば「素材の味が生きている」悪く言えば「味がない」料理だった。炒めただけで調味していない野菜と茶色い何か、それから芋。汁ものに至っては色がついているだけのお湯のような味がする。毎日こんなものを食べさせられているのに怒らないとは、雨の神というやつはずいぶんと寛容な存在に違いない、とマルコシウスはさっそく認識を改めた。
「え、それ絶対褒めてないよね?」
祝は心外だと言わんばかりの顔をした。
「あのね、滋ヶ崎の料理はあれ塩分も糖分も多すぎなの! 分かる? これくらい薄味の方が身体にはいいの! 長命種ならまだしもマルちゃんは短命種なんだから、そういうのちゃんと気を使わないとすぐ死んじゃうよ?」
「はあ……」
そう言われても、と思う。滋ヶ崎の料理の方がおいしかったのは事実だし、滋ヶ崎の家に来るたびに祝はいろいろ貪り食っていたような気がするのだが。
食事を終えると、「えっとー」と言いながら祝は袂から分厚い紙の束を取り出した。
「この後に祈りの時間があって就寝、だっけ? 寝るの僕の隣でいいよね。『暗いのがダメ』って書いてあるけど、常夜灯でもだめな感じ?」
「いや……え、それ、何ですか」
パラパラと紙をめくる祝の手元に目を凝らすと、辛うじて「就寝時注意」という語句が見えた。
「え、これー? マルコちゃんの取り扱いマニュアルだよ、滋ヶ崎がくれたの」
「は? え? は?? な、何ですかそれ! 何書いてあるんですか!」
何を勝手なことをしているのだ。立ち上がって奪い取ろうとすると「マルコシウス、ステイ!」と額に指をあてられ、思わずまた座り込んでしまう。
「わー、ホントだ、犬みたいで面白ーい! 偉い偉いマルちゃん」
「……っ」
完全に犬と同じ扱いで頭を撫でられる。悔しい……が、若干嬉しいのも否定できない。
「……それも、書いてあるんですか。そこに」
「うん、『全部』書いてあるよ」
「ぜんぶ……」
何となく含みのある言い方に、ぺたりとそのままテーブルに突っ伏す。どうせ滋ヶ崎のことだから尻穴の襞の数でも書いているのだろう。太ももにあるほくろの位置とか。ふざけんな。
「でもマルちゃんあれだねえ、今までもいろいろ預けられたことあるけど、こんなに丁寧なマニュアル貰ったの僕はじめてだよ。ほんと愛されてるよねえ」
「そうですかね……」
「そうだよぉ」
本当に愛しているのなら、何も言わずに他人に預けたりはしないのではないだろうか。そう思ったものの言い出せず、マルコシウスは祝に頭を撫でられるままテーブルの木目を眺めていた。
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