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魔法の練習
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「なんつーか、便利だよなあ、魔法って」
炊きあがったピラフを皿に盛りながら、独り言のようにダイモンが呟くのが聞こえた。
「や……やってみるか、魔法」
それは、以前のコーディエなら絶対に口にしない言葉だった。他人に必要以上に関わりたくなかったし、何かを教えるなんてまっぴらごめんだった。だが、このまま「つまらない時を過ごした」という印象のままでダイモンと別れるのは嫌だったのだ。
「え?」
「す、少しだけだ。昼食後に……」
最近はダイモンがいてくれるおかげで仕事が捗っている。半日くらい潰したところでどうということもなかった。
「えっ? いいのか? つか、できるのか? 俺に? 魔法が? 俺、神官じゃねえし、魔術師の家系でもねえぞ?」
「人は誰しも魔法を使う能力があるものだ」
目を丸くし、手を止めているダイモンからコーディエは皿を取り上げた。たっぷりとトマトソースをかける。
「ただ魔力の多寡は人によって異なるし、魔力が多くても適切な訓練を受けないと使いこなすことは難しい」
なるほど、というダイモンはいまいち理解していない様子である。そういえばへロースでは魔法の使用は一部の特権階級に限定されているのだっけか、とコーディエはまたどこかの本の記述を思い出した。
「そうだな……君の場合、剣と同じだと思ってもらえればいいかな。物を振り回すのは誰でもできるけれども、ある程度力があり、剣の扱いが分かっていなければ剣士として身を立てることはできないだろう?」
ははあ、と今度こそダイモンは深く頷いた。
「つまり俺はあれか、魔法使いとして身を立てる素質があるということだな」
「人の話をよく聞け」
もう一つの皿にもたっぷりとトマトソースをかけ、コーディエは小さく笑った。机に並べると、掻きこむようにダイモンがピラフを食べ始める。
「おい、食事は『楽しまなきゃ損』なんじゃないのか?」
「知ってるかコーディー、時間って奴は有限なんだぜ。もたもたしてたら損だぞ」
「都合のいい奴だな」
昼ご飯を吸い込むように平らげたダイモンにせっつかれ、コーディエも急いでピラフを口に運ぶ。片付けもそこそこに、二人は燭台を持って庭に出た。
「寒ぃ……部屋ん中じゃだめなのかよ」
「本が壊れたりしたら大変だからな」
青緑色のマントに包まるダイモンは、やはり雪山の中には不似合いである。コーディエは薪割り台の上に燭台を置き、火を点けて戻った。
「えーっと……これくらいかな」
ダイモンを引っ張って距離を調節し、燭台に向けて立たせる。右腕を持ち上げて、蝋燭を指差した状態にさせた。斜め後ろに立ったコーディエは、抱きつくようにダイモンのへそあたりに手を当てた。不安そうに見下ろしてくる、褐色の目を見つめて指示する。
「いいかダイモン、深呼吸して、ここらへんに力が集まってくるのをイメージするんだ」
「ん……こうか?」
軽く足を開いて立ち直し、構えるようにしたダイモンが細く息を吸う。体の中の魔力が一所に集まってくるのをコーディエは感じた。
「いい感じだな」
「まあ、これは剣をやるときと変わらねえからな……それで?」
「まあ待て」
溜まってきたダイモンの魔力に、コーディエは自分の魔力の端を結びつけた。そのままゆっくりと指先を動かし、力を誘導していく。腹から胸、鎖骨のあたりから右肩へ、それから腕に入って、緩やかに下降して指先へ。
お互い無言のまま握ったダイモンの手は、わずかに震えていた。
「いくぞ」
小さな掛け声とともに、誘導を解く。
「んっ」
ダイモンが小さく呻くとともに、指先から魔力が飛び出した。一瞬遅れて射線上にあった蝋燭がパアンと音を立てて粉々に吹き飛び、雪の中に飛び散る。
ガタガタと揺れた燭台が落ち着いたのを確認してから、コーディエはダイモンから体を離した。
「どうだ、今のが一番初歩的な『魔法』だ。魔力をただぶつけている段階だな。とはいえ魔法の原理ってのは全部同じで、属性魔法なんかも……おい、ダイモン?」
呆然と薪割り台の上を眺めているダイモンをつつくと、音を立てそうな勢いで男がコーディエの方を振り向いた。
「うおっ」
「すっげえ! 右手が射精したみてえだ!」
「品のない喩えをするんじゃない」
コーディエは眉をひそめたものの、ダイモンは聞いている様子もなく自分の両手を見下ろした。少年のようにきらきらと目が輝いている。
「はあ……まさか、俺にも魔法が使える日か来るなんてなあ」
「これを『使える』と呼べるかどうかは微妙なところだが」
先ほどの喩えで言うなら、これは「子供が木の棒でごっこ遊びをしている」程度のものだ。だがダイモンにとっては、それでも大変なことのようである。
「もう一回! もう一回やらせてくれコーディー!」
「構わんが……もう一回だけだぞ、あまりやると魔力切れを起こす」
薪割り台に近寄ったコーディエは、燭台に小さい薪を突き立てた。炎だけを消すつもりだったのだが、蝋燭ごと弾け飛ぶとは予想外だった。
(……これで、少しは変わった……かな)
この先どこかで、ダイモンは今日のことを楽しく思い出してくれるだろうか。コーディエが燭台を見ていると、「早く!」と急かすダイモンの声が聞こえた。
「せっかちだな」
振り向いたコーディエは、あえてゆっくりと雪の上を歩いた。
炊きあがったピラフを皿に盛りながら、独り言のようにダイモンが呟くのが聞こえた。
「や……やってみるか、魔法」
それは、以前のコーディエなら絶対に口にしない言葉だった。他人に必要以上に関わりたくなかったし、何かを教えるなんてまっぴらごめんだった。だが、このまま「つまらない時を過ごした」という印象のままでダイモンと別れるのは嫌だったのだ。
「え?」
「す、少しだけだ。昼食後に……」
最近はダイモンがいてくれるおかげで仕事が捗っている。半日くらい潰したところでどうということもなかった。
「えっ? いいのか? つか、できるのか? 俺に? 魔法が? 俺、神官じゃねえし、魔術師の家系でもねえぞ?」
「人は誰しも魔法を使う能力があるものだ」
目を丸くし、手を止めているダイモンからコーディエは皿を取り上げた。たっぷりとトマトソースをかける。
「ただ魔力の多寡は人によって異なるし、魔力が多くても適切な訓練を受けないと使いこなすことは難しい」
なるほど、というダイモンはいまいち理解していない様子である。そういえばへロースでは魔法の使用は一部の特権階級に限定されているのだっけか、とコーディエはまたどこかの本の記述を思い出した。
「そうだな……君の場合、剣と同じだと思ってもらえればいいかな。物を振り回すのは誰でもできるけれども、ある程度力があり、剣の扱いが分かっていなければ剣士として身を立てることはできないだろう?」
ははあ、と今度こそダイモンは深く頷いた。
「つまり俺はあれか、魔法使いとして身を立てる素質があるということだな」
「人の話をよく聞け」
もう一つの皿にもたっぷりとトマトソースをかけ、コーディエは小さく笑った。机に並べると、掻きこむようにダイモンがピラフを食べ始める。
「おい、食事は『楽しまなきゃ損』なんじゃないのか?」
「知ってるかコーディー、時間って奴は有限なんだぜ。もたもたしてたら損だぞ」
「都合のいい奴だな」
昼ご飯を吸い込むように平らげたダイモンにせっつかれ、コーディエも急いでピラフを口に運ぶ。片付けもそこそこに、二人は燭台を持って庭に出た。
「寒ぃ……部屋ん中じゃだめなのかよ」
「本が壊れたりしたら大変だからな」
青緑色のマントに包まるダイモンは、やはり雪山の中には不似合いである。コーディエは薪割り台の上に燭台を置き、火を点けて戻った。
「えーっと……これくらいかな」
ダイモンを引っ張って距離を調節し、燭台に向けて立たせる。右腕を持ち上げて、蝋燭を指差した状態にさせた。斜め後ろに立ったコーディエは、抱きつくようにダイモンのへそあたりに手を当てた。不安そうに見下ろしてくる、褐色の目を見つめて指示する。
「いいかダイモン、深呼吸して、ここらへんに力が集まってくるのをイメージするんだ」
「ん……こうか?」
軽く足を開いて立ち直し、構えるようにしたダイモンが細く息を吸う。体の中の魔力が一所に集まってくるのをコーディエは感じた。
「いい感じだな」
「まあ、これは剣をやるときと変わらねえからな……それで?」
「まあ待て」
溜まってきたダイモンの魔力に、コーディエは自分の魔力の端を結びつけた。そのままゆっくりと指先を動かし、力を誘導していく。腹から胸、鎖骨のあたりから右肩へ、それから腕に入って、緩やかに下降して指先へ。
お互い無言のまま握ったダイモンの手は、わずかに震えていた。
「いくぞ」
小さな掛け声とともに、誘導を解く。
「んっ」
ダイモンが小さく呻くとともに、指先から魔力が飛び出した。一瞬遅れて射線上にあった蝋燭がパアンと音を立てて粉々に吹き飛び、雪の中に飛び散る。
ガタガタと揺れた燭台が落ち着いたのを確認してから、コーディエはダイモンから体を離した。
「どうだ、今のが一番初歩的な『魔法』だ。魔力をただぶつけている段階だな。とはいえ魔法の原理ってのは全部同じで、属性魔法なんかも……おい、ダイモン?」
呆然と薪割り台の上を眺めているダイモンをつつくと、音を立てそうな勢いで男がコーディエの方を振り向いた。
「うおっ」
「すっげえ! 右手が射精したみてえだ!」
「品のない喩えをするんじゃない」
コーディエは眉をひそめたものの、ダイモンは聞いている様子もなく自分の両手を見下ろした。少年のようにきらきらと目が輝いている。
「はあ……まさか、俺にも魔法が使える日か来るなんてなあ」
「これを『使える』と呼べるかどうかは微妙なところだが」
先ほどの喩えで言うなら、これは「子供が木の棒でごっこ遊びをしている」程度のものだ。だがダイモンにとっては、それでも大変なことのようである。
「もう一回! もう一回やらせてくれコーディー!」
「構わんが……もう一回だけだぞ、あまりやると魔力切れを起こす」
薪割り台に近寄ったコーディエは、燭台に小さい薪を突き立てた。炎だけを消すつもりだったのだが、蝋燭ごと弾け飛ぶとは予想外だった。
(……これで、少しは変わった……かな)
この先どこかで、ダイモンは今日のことを楽しく思い出してくれるだろうか。コーディエが燭台を見ていると、「早く!」と急かすダイモンの声が聞こえた。
「せっかちだな」
振り向いたコーディエは、あえてゆっくりと雪の上を歩いた。
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