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26 同じ匂いは、温かい
幸せに。
なっていいのだろうか。自分が。なれるのだろうか。
ストーブが今にも破裂しそうな音を立て、灯真は服の胸元を握りこんだ。その下では同じように心臓が爆発しそうになっている。
「嫌、じゃ……ないんですか?」
期待するのは早いと思いつつ、声が上ずってしまうのを押さえられない。
「その……今回、分かったと思うんですけど、僕、幽霊が見えて……それだけじゃなくて、ポルターガイストっていうか、勝手に周りの物が動いたりもしちゃうんですけど……」
気持ち悪い、おかしい、不気味。親にも、職場でも、さんざん言われたことだ。
だが、唯人は軽く首を傾げただけだった。
「別に。誰もいないところに話しかけてるから驚きはしたけど、それぐらいかな」
それに、と一回言葉を切る。
「今回夏子と話せたのも、刺されそうになった時に助かったたのもその能力のおかげなんだろ。むしろありがたいよな」
「あ……」
アイスピックを飛ばしたこと、気づいてたんだ。
「で、でも……あれ……」
そのせいで唯人は暗闇の中で突き飛ばされ、頭を打つ羽目になったのだ。灯真が言葉を続けようとすると、「だから」と目の前の唯人がそれを遮った。
「ここで働くのが辛いとか、他にやりたいことがあるとか、俺のことが嫌いだとか、そういう理由があるなら、それでいい。でも、そうじゃなくて……俺に遠慮して辞めるって言ってんだったら、それは違う」
「っ……」
「灯真のこと、全部受け止めてやるから」
唯人の言葉に、灯真の全身が熱くなった。カタカタとコップが躍るように跳ね、中のホット甘夏がこぼれた。
唯人に——求められている。
相手が欲しかったはずなのに。自分なんかがそんな言葉を掛けられていいはずがないという思いが先行してしまう。
「な、んあ……げ、現実問題としてですよ、おっ……お金とか、どうするんですかっ」
けれどそう反論した灯真の声は、完全に甘く拗ねた調子になってしまっていた。唯人がにやりと口の端を上げて笑う。
「一緒に頑張ろうぜ。夏みたいに店出して知名度上げたり、今みたいに季節商品出して客呼んだりすればなんとかなるって」
「て、適当な……」
「いいだろ、灯真が迷惑かけてくる分、こっちだって苦労させてやる」
「し、幸せにしてくれるんじゃ」
言いかけて、灯真は言葉を切った。
これもきっと、唯人なりの愛情表現だと思ったから。
唯人の瞳を見上げると、自然に口元が綻ぶ。
この人と苦労できることが、幸せだ。
「……いいんですか、本当に」
「もちろん」
「本気に……しちゃいますよ」
「俺は最初から本気だ」
頷いた唯人が、再び灯真の手に触れた。軽く握り返したところを引き寄せられ、倒れ込むように唯人の肩にぶつかる。背中に回し縦で、強く抱きしめられた。
服の向こう側に、唯人の肌が、筋肉がある。その生々しさに灯真の頭は真っ白になった。
「ずっと……こうしたかった」
耳元で囁かれる吐息交じりの声は、灯真が今まで聞いたことのない艶を含んでいた。全身がざわざわと落ち着かないような、痒いような感覚に襲われる。
潰れるのではないかと思うほど強く抱きしめられ、息が詰まった。苦しいのに、嬉しい。夢見心地でいると、腕の力が緩み、灯真の頬に掌が当てられた。
「……いいか?」
「ん、うん……」
至近距離から唯人に覗き込まれ、ぼうっとしたまま目を閉じる。
唇に、柔らかいものが触れた。薄い皮膚を通じて、唯人の熱が灯真に伝わってくる。
互いの唇が離れた時には、灯真の中は唯人から渡された熱で満たされていた。
「ゆ、唯人さん……」
小さく名前を呼んだ灯真は、縋るように唯人の服の裾を握りこんだ。また幽体離脱してしまいそうで怖い。自分の体なのに、ふわふわと現実感がなくなり、全身が浮いているような気がした。
背中で、唯人の手がぴくりと動く。そっと目を開くと、映りこんだ自分の顔が見えるほどの近さで唯人が目を潤ませていた。
「やっと、俺の名前呼んでくれたな」
「っ、あ……その」
「嬉しい」
灯真が答える前に、再び唇を塞がれる。
今度はほのかな甘さと酸っぱさと、それからかすかな苦さが灯真の口の中に広がった。
「ん、むぅ」
口の中を舐め回され、舌を甘く噛まれる。唯人の舌先が触れた部分だけでなく、背中と下腹部までもがぞくりとなった。ずっと息を止めていた灯真がすすり泣きのような声を上げ、ようやく解放される。
きっと今、灯真の顔は真っ赤になっている。唯人の顔を直視できない。でも離れたくなくて、服の裾を握ったまま唯人の首元に鼻先を埋める。
暖かい布団のような唯人の匂いと、同じ柔軟剤の匂いが鼻孔に広がる。
ぽん、と頭に手を置かれた。耳たぶに吐息が当たる。
「もう一回呼んで」
「ゆいと、さん」
蚊が鳴いたほうがまだ大きいんじゃないか。
小さな声で呟いた瞬間、また強く抱きしめられる。
なっていいのだろうか。自分が。なれるのだろうか。
ストーブが今にも破裂しそうな音を立て、灯真は服の胸元を握りこんだ。その下では同じように心臓が爆発しそうになっている。
「嫌、じゃ……ないんですか?」
期待するのは早いと思いつつ、声が上ずってしまうのを押さえられない。
「その……今回、分かったと思うんですけど、僕、幽霊が見えて……それだけじゃなくて、ポルターガイストっていうか、勝手に周りの物が動いたりもしちゃうんですけど……」
気持ち悪い、おかしい、不気味。親にも、職場でも、さんざん言われたことだ。
だが、唯人は軽く首を傾げただけだった。
「別に。誰もいないところに話しかけてるから驚きはしたけど、それぐらいかな」
それに、と一回言葉を切る。
「今回夏子と話せたのも、刺されそうになった時に助かったたのもその能力のおかげなんだろ。むしろありがたいよな」
「あ……」
アイスピックを飛ばしたこと、気づいてたんだ。
「で、でも……あれ……」
そのせいで唯人は暗闇の中で突き飛ばされ、頭を打つ羽目になったのだ。灯真が言葉を続けようとすると、「だから」と目の前の唯人がそれを遮った。
「ここで働くのが辛いとか、他にやりたいことがあるとか、俺のことが嫌いだとか、そういう理由があるなら、それでいい。でも、そうじゃなくて……俺に遠慮して辞めるって言ってんだったら、それは違う」
「っ……」
「灯真のこと、全部受け止めてやるから」
唯人の言葉に、灯真の全身が熱くなった。カタカタとコップが躍るように跳ね、中のホット甘夏がこぼれた。
唯人に——求められている。
相手が欲しかったはずなのに。自分なんかがそんな言葉を掛けられていいはずがないという思いが先行してしまう。
「な、んあ……げ、現実問題としてですよ、おっ……お金とか、どうするんですかっ」
けれどそう反論した灯真の声は、完全に甘く拗ねた調子になってしまっていた。唯人がにやりと口の端を上げて笑う。
「一緒に頑張ろうぜ。夏みたいに店出して知名度上げたり、今みたいに季節商品出して客呼んだりすればなんとかなるって」
「て、適当な……」
「いいだろ、灯真が迷惑かけてくる分、こっちだって苦労させてやる」
「し、幸せにしてくれるんじゃ」
言いかけて、灯真は言葉を切った。
これもきっと、唯人なりの愛情表現だと思ったから。
唯人の瞳を見上げると、自然に口元が綻ぶ。
この人と苦労できることが、幸せだ。
「……いいんですか、本当に」
「もちろん」
「本気に……しちゃいますよ」
「俺は最初から本気だ」
頷いた唯人が、再び灯真の手に触れた。軽く握り返したところを引き寄せられ、倒れ込むように唯人の肩にぶつかる。背中に回し縦で、強く抱きしめられた。
服の向こう側に、唯人の肌が、筋肉がある。その生々しさに灯真の頭は真っ白になった。
「ずっと……こうしたかった」
耳元で囁かれる吐息交じりの声は、灯真が今まで聞いたことのない艶を含んでいた。全身がざわざわと落ち着かないような、痒いような感覚に襲われる。
潰れるのではないかと思うほど強く抱きしめられ、息が詰まった。苦しいのに、嬉しい。夢見心地でいると、腕の力が緩み、灯真の頬に掌が当てられた。
「……いいか?」
「ん、うん……」
至近距離から唯人に覗き込まれ、ぼうっとしたまま目を閉じる。
唇に、柔らかいものが触れた。薄い皮膚を通じて、唯人の熱が灯真に伝わってくる。
互いの唇が離れた時には、灯真の中は唯人から渡された熱で満たされていた。
「ゆ、唯人さん……」
小さく名前を呼んだ灯真は、縋るように唯人の服の裾を握りこんだ。また幽体離脱してしまいそうで怖い。自分の体なのに、ふわふわと現実感がなくなり、全身が浮いているような気がした。
背中で、唯人の手がぴくりと動く。そっと目を開くと、映りこんだ自分の顔が見えるほどの近さで唯人が目を潤ませていた。
「やっと、俺の名前呼んでくれたな」
「っ、あ……その」
「嬉しい」
灯真が答える前に、再び唇を塞がれる。
今度はほのかな甘さと酸っぱさと、それからかすかな苦さが灯真の口の中に広がった。
「ん、むぅ」
口の中を舐め回され、舌を甘く噛まれる。唯人の舌先が触れた部分だけでなく、背中と下腹部までもがぞくりとなった。ずっと息を止めていた灯真がすすり泣きのような声を上げ、ようやく解放される。
きっと今、灯真の顔は真っ赤になっている。唯人の顔を直視できない。でも離れたくなくて、服の裾を握ったまま唯人の首元に鼻先を埋める。
暖かい布団のような唯人の匂いと、同じ柔軟剤の匂いが鼻孔に広がる。
ぽん、と頭に手を置かれた。耳たぶに吐息が当たる。
「もう一回呼んで」
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蚊が鳴いたほうがまだ大きいんじゃないか。
小さな声で呟いた瞬間、また強く抱きしめられる。
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