カフェオーナーと崖っぷちバイト、元妻の幽霊添え

二ッ木ヨウカ

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29 ヒマワリ

 箒をもって開店前の掃除に出た灯真は、甘夏の木を仰いで目を細めた。初夏の青空の下、つやつやとした緑の葉の中に隠れるように、同じ色の小さな実が実っている。
 冬の日、突然満開になった甘夏の花は、しばらくして小さな実をつけた。変な時期に咲いてしまったせいか成長は非常にゆっくりだが、それでも彼らなりに大きくはなってきているようだ。
 いずれきっと、鮮やかに色づく日も来るだろう。考えながら、新しくしたタープの下で竹ぼうきを動かす。

「あの、すいません」
「は、はいっ! あっ、あ、いやまだ開店前なんですけどっ、その、えっと」

 もたもたと振り向くと、灯真より少し年上の男性が立っていた。手にヒマワリの花束を抱えている。

「こちらこそ、お忙しい時間にすみません。実は、お店のSNS見て来たんですけど」
「あ、はい」

 SNS、と聞いて灯真は身構えた。
 試行錯誤しながら続けていた発信が突然バズったのは、もう二か月も前になる。最初は純粋に喜んでいたのだが、どうもおかしいと思ってエゴサーチしてみたら「幽霊写真を載せる店」ということで有名になってしまっていた。
 正直、不本意ではある。指摘されるまで灯真は幽霊の映り込みには気づいていなかったし、田舎だからか目に見えて客が増えているわけでもない。「店員がすごいどもってる」という口コミを見て凹んだりもした。

「ここで、その……この女性の幽霊が写真に映ったりとか……ないですかね」

 男性がポケットから出したスマホを提示され、灯真は小さく目を見開いた。見覚えのある写真だったからだ。
 バーを背景に微笑む、ボブカットの女性。
 キッチンのカウンターにある写真と同じものだ。
 夏子さん。
 思わず男性の顔をまじまじと見てしまう。柔和な雰囲気だが、どこか影がある。

「……いえ……」

 少し考えて、灯真は首を振った。「ですよね」と肩を落とす男性を見て、慌てて言葉を続ける。

「あっ、で、でもあの……いない、ってことは、その……心残りがなくなって、成仏した、ってことかもしれないので、えと」

 言ってしまってから、失言だったかもしれないと思う。お前のことなんか夏子は気にしていなかった、という意味にも取れてしまう。

「……そう、ですよね。すみません、ありがとうございます」

 ヒマワリの花束を持ち直し、崖へと歩いていく男性を見送る。大怪我でもしたのか、少し歩くときに足を引きずっている。
 真っ直ぐで華やかで、存在感がある。そして、決して届かない太陽を追う夏の花。

 きっと彼にとって、夏子は――

「おい灯真、何ぼうっとしてんだ」

 窓から聞こえてきた声に振り向く。店内の机を拭いていた唯人が、呆れ顔で腰に手を当てていた。

「なんでもないですよ」

 首を振り、ゴミを片付けた灯真は、店内へと戻った。今日の日替わりメニューを書いた看板を出し、埃ひとつないショーケースに電気を入れる。最後に札をOPENに変えたら、後はお客様を待つだけだ。

「ねえ、唯人さん」

 そわそわとした緊張感の中、灯真はコーヒー豆の用意をする唯人を見た。
 切れ長の目、さらさらとした髪、すらっとした鼻――それから、昨晩も自分を愛撫した大きな手と、薄めの唇。

「好……」

 灯真が言いかけた瞬間、入り口のドアベルが鳴った。恥ずかしさを隠すように大きな声を出す。

「いらっしゃいませ!」

 店の周りに広がる海は、これから暑くなりそうな太陽の光をキラキラと反射していた。


【終】
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