29 / 29
29 ヒマワリ
箒をもって開店前の掃除に出た灯真は、甘夏の木を仰いで目を細めた。初夏の青空の下、つやつやとした緑の葉の中に隠れるように、同じ色の小さな実が実っている。
冬の日、突然満開になった甘夏の花は、しばらくして小さな実をつけた。変な時期に咲いてしまったせいか成長は非常にゆっくりだが、それでも彼らなりに大きくはなってきているようだ。
いずれきっと、鮮やかに色づく日も来るだろう。考えながら、新しくしたタープの下で竹ぼうきを動かす。
「あの、すいません」
「は、はいっ! あっ、あ、いやまだ開店前なんですけどっ、その、えっと」
もたもたと振り向くと、灯真より少し年上の男性が立っていた。手にヒマワリの花束を抱えている。
「こちらこそ、お忙しい時間にすみません。実は、お店のSNS見て来たんですけど」
「あ、はい」
SNS、と聞いて灯真は身構えた。
試行錯誤しながら続けていた発信が突然バズったのは、もう二か月も前になる。最初は純粋に喜んでいたのだが、どうもおかしいと思ってエゴサーチしてみたら「幽霊写真を載せる店」ということで有名になってしまっていた。
正直、不本意ではある。指摘されるまで灯真は幽霊の映り込みには気づいていなかったし、田舎だからか目に見えて客が増えているわけでもない。「店員がすごいどもってる」という口コミを見て凹んだりもした。
「ここで、その……この女性の幽霊が写真に映ったりとか……ないですかね」
男性がポケットから出したスマホを提示され、灯真は小さく目を見開いた。見覚えのある写真だったからだ。
バーを背景に微笑む、ボブカットの女性。
キッチンのカウンターにある写真と同じものだ。
夏子さん。
思わず男性の顔をまじまじと見てしまう。柔和な雰囲気だが、どこか影がある。
「……いえ……」
少し考えて、灯真は首を振った。「ですよね」と肩を落とす男性を見て、慌てて言葉を続ける。
「あっ、で、でもあの……いない、ってことは、その……心残りがなくなって、成仏した、ってことかもしれないので、えと」
言ってしまってから、失言だったかもしれないと思う。お前のことなんか夏子は気にしていなかった、という意味にも取れてしまう。
「……そう、ですよね。すみません、ありがとうございます」
ヒマワリの花束を持ち直し、崖へと歩いていく男性を見送る。大怪我でもしたのか、少し歩くときに足を引きずっている。
真っ直ぐで華やかで、存在感がある。そして、決して届かない太陽を追う夏の花。
きっと彼にとって、夏子は――
「おい灯真、何ぼうっとしてんだ」
窓から聞こえてきた声に振り向く。店内の机を拭いていた唯人が、呆れ顔で腰に手を当てていた。
「なんでもないですよ」
首を振り、ゴミを片付けた灯真は、店内へと戻った。今日の日替わりメニューを書いた看板を出し、埃ひとつないショーケースに電気を入れる。最後に札をOPENに変えたら、後はお客様を待つだけだ。
「ねえ、唯人さん」
そわそわとした緊張感の中、灯真はコーヒー豆の用意をする唯人を見た。
切れ長の目、さらさらとした髪、すらっとした鼻――それから、昨晩も自分を愛撫した大きな手と、薄めの唇。
「好……」
灯真が言いかけた瞬間、入り口のドアベルが鳴った。恥ずかしさを隠すように大きな声を出す。
「いらっしゃいませ!」
店の周りに広がる海は、これから暑くなりそうな太陽の光をキラキラと反射していた。
【終】
冬の日、突然満開になった甘夏の花は、しばらくして小さな実をつけた。変な時期に咲いてしまったせいか成長は非常にゆっくりだが、それでも彼らなりに大きくはなってきているようだ。
いずれきっと、鮮やかに色づく日も来るだろう。考えながら、新しくしたタープの下で竹ぼうきを動かす。
「あの、すいません」
「は、はいっ! あっ、あ、いやまだ開店前なんですけどっ、その、えっと」
もたもたと振り向くと、灯真より少し年上の男性が立っていた。手にヒマワリの花束を抱えている。
「こちらこそ、お忙しい時間にすみません。実は、お店のSNS見て来たんですけど」
「あ、はい」
SNS、と聞いて灯真は身構えた。
試行錯誤しながら続けていた発信が突然バズったのは、もう二か月も前になる。最初は純粋に喜んでいたのだが、どうもおかしいと思ってエゴサーチしてみたら「幽霊写真を載せる店」ということで有名になってしまっていた。
正直、不本意ではある。指摘されるまで灯真は幽霊の映り込みには気づいていなかったし、田舎だからか目に見えて客が増えているわけでもない。「店員がすごいどもってる」という口コミを見て凹んだりもした。
「ここで、その……この女性の幽霊が写真に映ったりとか……ないですかね」
男性がポケットから出したスマホを提示され、灯真は小さく目を見開いた。見覚えのある写真だったからだ。
バーを背景に微笑む、ボブカットの女性。
キッチンのカウンターにある写真と同じものだ。
夏子さん。
思わず男性の顔をまじまじと見てしまう。柔和な雰囲気だが、どこか影がある。
「……いえ……」
少し考えて、灯真は首を振った。「ですよね」と肩を落とす男性を見て、慌てて言葉を続ける。
「あっ、で、でもあの……いない、ってことは、その……心残りがなくなって、成仏した、ってことかもしれないので、えと」
言ってしまってから、失言だったかもしれないと思う。お前のことなんか夏子は気にしていなかった、という意味にも取れてしまう。
「……そう、ですよね。すみません、ありがとうございます」
ヒマワリの花束を持ち直し、崖へと歩いていく男性を見送る。大怪我でもしたのか、少し歩くときに足を引きずっている。
真っ直ぐで華やかで、存在感がある。そして、決して届かない太陽を追う夏の花。
きっと彼にとって、夏子は――
「おい灯真、何ぼうっとしてんだ」
窓から聞こえてきた声に振り向く。店内の机を拭いていた唯人が、呆れ顔で腰に手を当てていた。
「なんでもないですよ」
首を振り、ゴミを片付けた灯真は、店内へと戻った。今日の日替わりメニューを書いた看板を出し、埃ひとつないショーケースに電気を入れる。最後に札をOPENに変えたら、後はお客様を待つだけだ。
「ねえ、唯人さん」
そわそわとした緊張感の中、灯真はコーヒー豆の用意をする唯人を見た。
切れ長の目、さらさらとした髪、すらっとした鼻――それから、昨晩も自分を愛撫した大きな手と、薄めの唇。
「好……」
灯真が言いかけた瞬間、入り口のドアベルが鳴った。恥ずかしさを隠すように大きな声を出す。
「いらっしゃいませ!」
店の周りに広がる海は、これから暑くなりそうな太陽の光をキラキラと反射していた。
【終】
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。