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事の発端は

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「───……でさー、私はタケくんに言ってあげたワケよ。その服似合ってないよーって!!!」

「まーじで?!マジで言ったん?!」

アヒャヒャヒャ───…………








───何て品のない笑い声だ。

早く俺の席からどけ。この陽キャ女が。
 


今日こそは。

今日こそは、ビシッと言ってやる。
この五月蝿いメスどもを黙らせてやるのだ。




                          ・    ・    ・



「あ、あのー……そこ、、は……
…………僕ぅ、の、……席ぃ………………」



「……ん?
あ、田中。」



『………………。』


しばしの沈黙の後。




「……フッ。」

「ナミー。トイレ行こー」







……。








えっ、初めて田中の声聞いたんだけどーっ!
キョドり方まじきっしょくない?!

ちょっと、やめなさいよ。可哀想だってー!
……ふふっ……


バタバタバタ───…………




一軍女子2人は、騒がしい足音と共に教室から出ていった。





……まったく、せめて悪口は教室の外に出てからにしろよ。



4時間の授業を経て机の隅にコツコツと貯めてきた消しカスタワーは、彼女達によって無惨にも破壊されている。
まあ、おおかた話に夢中で気づいてもいないのだろう。



田中は仕方なく、後ろの掃除用具入れへと向かう。



こんな時、たむろっているクラスメイトの横を通ることすら出来ず、わざわざ廊下から教室の後ろへと回らなければいけない自分の非力さにムカつく。



長すぎる2往復を終え、やっと自分の席に戻ってきた。自分の椅子が少し暖かい。人に座られた後の椅子の体温ほど気持ち悪いものはない。田中は思わず顔をしかめる。






……5限は体育か。
保健室のベッド、空いてるといいな。
放課後の部活に向けて、体力は温存しておきたかった。


───これでも歴史ある部活の部長なのだから。








保健室のベッドを確保するよりも先に、5限に入るまであと15分余りで、田中のまぶたは既に重力に負け始めていた。



ふと、途端に粘つく眠気に襲われる。
気がつけば眼鏡のまま、机に突っ伏していた。




       ・ ・ ・




「あっ、ヒナターー!!
こっちこっちー!」






「……アコ!」

「……すごい。
違うクラスに来たの初めて…………」






「おいでおいでー。ほら、ここが私の席。」






「……え?!で、でもそこは…………」





「ん?何赤くなってんの?
ていうか、もじもじしてないで早く教えなさーい?
うちのクラスに好きな男がいるんでしょ~??」


「やっぱイケメンの林川?橋本も良いよね~!
あ、前田はダメだよ?私狙ってるんだからー」


「で、結局だれなのよ??」







「……田中、くん」




───え、俺?





「あー!田中ね!
タケルかぁ!まあ悪くないんじゃん?」





……まあ、そっちだろうな。






「あ、そっちじゃなくて、」





「……え。
もしかして、田中って」




「いま横で寝てる、田中…………?」





え。






「………………うん、」




『……。』







「……悪いことは言わないよヒナタ。
アイツだけはやめな。」






「え……?」







「授業はずっと寝てるし、話し合いにも協力しないし、体育祭は保健室で見てるだけだし……
とにかく、協調性のカケラもない……

厨二病引きずりモンスターなんだから!!!」




おい。



【……おい、ネーミングセンスバグってんだろぉ!】








ガタッ。
立ち上がった拍子に椅子が大きな音をたてる。 



『え。』





「……え。」




目の前には、いきなりの出来事にぽかんとする女子が2人。うち1人の女子は、クラスで見たことがない奴だった。





「……夢じゃ、ない……?」




まずい事になった。
今の俺は、恐らく急に叫び出した不審者以外の何者でもない。





「あ、ぁの……。その、ねぼけて、
……ぁ……。」




耐えられない。


田中は思わずトイレに駆け込んだ。
───学校で人目をはばからずに走ったのは、初めてだった。




       ・ ・ ・





……いい加減、トイレでずっと引きこもっている訳にもいかない。田中は、スマホの時計を確認する。
チャイムがなってから22分後。

うまくいけば、学校から抜け出せるだろうか。

そろそろとトイレから廊下に出た、その瞬間。




「すみません!!!!」




「?!?!?!」




先程の女子が、目の前に立っていた。



「本っ当にすみませ……」



どうやら、田中が返事をするまで謝る気らしい。

とにかく、廊下でこんな大声を何回も出される訳にはいかない。
 



「ちょ、ちょ、ちょっと、

……あの、とにかくここを、出ま……しょう」 






田中は、逃げるように校舎から出る。

後ろの女子も、申し訳なさそうな顔をしながら、さも当然かのようについて来る。





       ・ ・ ・

行き場を無くし、結局は日の当たらない体育倉庫裏に落ち着いた。



「あの!!」

「先程は困らせてしまってごめんなさい!!、」



田中が足を止めるなり、目の前の女子は話し始める。

かなり長い距離を走ってきたはずなのに、全く息があがっている様子は感じられない。


一方で田中は、汗と鼻水が顔を覆い、とても人には見せられない顔面になっていた。



「あの!えっと……
とりあえず、なんで授業中に……
トイレの前に……いたんですか……、」






田中の疑問は風の音にかき消された。

 
と、次の瞬間。







「好きです!!!!!!!!」






女子は顔を真っ赤にしながら、脈絡もなく、いきなり告白を始めた。
目には涙が浮かんでいる。
……彼女に恋愛経験がないのは明白だった。







さらさらのロングヘアーが風になびいている。
左右対称の大きな瞳には、田中のいかにも陰鬱そうな顔が映っていた。

よく見ると、かなりの美人である。







「あの、付き合ってくれませんかっ?!!」


「好きです!ずっと好きでした!
どーしても、伝えたくて、。


あの、、…………お願いします!!!!!!」










「…………はい」






つい答えてしまった。



この瞬間、田中には隠し通さなければいけない秘密が出来たのだった。










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