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第一章
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離れの部屋に泊まる宿に来ていた。
食事は済ませているから、部屋についている露天風呂に浸かって、のんびり中。
五つある離れのうち、三つが埋まっているが、ある程度距離があるからか静かなものだ。
まだ一日目、なんだよなぁ……。
満天の星空を仰ぎ見ながら思う。
こうして、少なくとも今視界に入るもの全て、ちょっと旅行に来ましたよ。みたいな感じで、国内にいるみたいに思えるのに、実は国どころか世界も違うなんて。
「実感がなくなるよなぁ……お湯気持ちいいし……」
否、それは関係ないけど。
いい加減ふやけてしまいそうだったから、名残惜しく感じながらも出ることにする。
今まで着ていた着物じゃなくて、用意されていた浴衣に着替える。……うん。この帯は自分でやるんだね。
着なれていないのは確かだけど、帯を腰に回してちょっと待ったのには理由がある。
神様からの餞別として貰った着物の帯が、脱ごうとして手を掛けた瞬間に、勝手に解けてしまったのだ。
その所為で帯に差し込んでいた護身刀がゴトリと落ちて、心臓がバクバクする程驚いた。
何が起きたのか頭が追い付かなかったし、解けたはいいけど、締めるのって出来るかなと試そうとしたところ、今度は勝手に締まったどころか、着物の襟や裾なんかもシュッと整ったりするから、びっくりした。いちいち心臓に悪い。
どうやら僕の意思によって反応する仕組みらしい。
これがこの世界では普通なの? それとも、神様からの餞別だからという特別仕様?
羽咲に訊けば早かったのだろうけど、満腹になったことと疲れの所為だろう。宿に着いてすぐに眠ってしまった。
一先ず疑問は置いておいて、こうして浴衣に着替えてみたところで、解決したという訳だ。
下着は宿の売店で買えた上に、この世界には便利過ぎる洗濯機があった。
布団のような大きなものを洗えるのは勿論、下着一枚でも稼働可能な、少量専用の小さな洗濯機である。
しかもこれ、お金を投入して使えるのだけど、洗うものを入れてお金を入れたら、後は自動で洗濯→脱水→乾燥とやってくれるという優れもの。
一回たったの十チッチ!
今なら普通の洗剤かフレグランス洗剤かの選択自由!
まさかこの世界にまで、フレグランス洗剤が普及しているとは。
「……有り得るね。あのノリなら」
好きなものを好きなだけ詰め込んでみたのじゃ! なんて胸張って言われそうな気がする。
「あれ?」
髪を乾かそうとしたらドライヤーがなかった。ドライヤーのアイコンみたいなものがついたケースはあるのに、お出掛け中?
まあ、地図を眺めようと思っていたから、すぐに寝る訳でもないし、いいかな。と諦めて脱衣所から出る。
「!」
また盛大に跳ねる心臓。
座椅子に腰掛けて何故か一杯やってるコクタンさんの姿があった。
「どうしてここに?」
「――」
こちらがバスタオルを頭に被っていたからか、僕を見ても何も言わない。ただ、見つめるだけ。
もしかして怪しまれてる? でも怪しいのはコクタンさんの方だよ? だってここは僕と羽咲が借りた部屋なんだから。
……うん? もしかして僕、部屋を間違えた? でもそうしたら貰った鍵でドアが開いたりしないよね? 全部同じな訳ないんだから。防犯的に。
「――困りましたね。さすがにここまでとは」
立ち上がったコクタンさんが、僕の頭からバスタオルを取り上げる。
目線がゆっくりと落ちていく。
何を困らせてしまったのだろうかと考えた。色々あった今日のことの中から、問題がありそうなところを挙げようとしたのだけど、見付からない。
「ただの人たらしかと思いましたが、話術も誠実さも関係なく、匂い立つ色香で虜にしていくのですね」
「酔ってます?」
「ええ。ナツミさんに酔わない者がいたら、男として終わってます」
間違いなく酔ってますね。
鎖骨に指を這わせて来る手を退かして、浴衣の襟元を直す。
僕も一杯貰おうと、水差しからグラスに水を注いだところで、今度はバスタオルを頭に被せられ、ごしごしと髪に残る水分を拭い始めた。
「いいですよ、自分で出来ますから」
「やらせて下さい。というかやりたいのです」
「……じゃあ、お願いします……?」
世話好きな人って何処にでもいるんだなー。でも何しに来たんだろう。と思いながら拭き終わるのを待って、ようやく水分補給完了。
ふと見ると、コクタンさんが自分のものと思われるバッグに、バスタオルをしまっている。
「それ、宿の備品ですよ? 持って帰っちゃ駄目です。しかも僕の髪を拭いたやつですよねぇ?」
「神へのお土産です。ナツミさんの匂いがついていれば喜びます。喜ばれなければ、わたしが使いますから大丈夫です」
発想がおかしいよ!
慌ててどうにか取り返したけど、取り合いになった時、コクタンさんが楽しそうだったのが、ちょっと納得いかない。
食事は済ませているから、部屋についている露天風呂に浸かって、のんびり中。
五つある離れのうち、三つが埋まっているが、ある程度距離があるからか静かなものだ。
まだ一日目、なんだよなぁ……。
満天の星空を仰ぎ見ながら思う。
こうして、少なくとも今視界に入るもの全て、ちょっと旅行に来ましたよ。みたいな感じで、国内にいるみたいに思えるのに、実は国どころか世界も違うなんて。
「実感がなくなるよなぁ……お湯気持ちいいし……」
否、それは関係ないけど。
いい加減ふやけてしまいそうだったから、名残惜しく感じながらも出ることにする。
今まで着ていた着物じゃなくて、用意されていた浴衣に着替える。……うん。この帯は自分でやるんだね。
着なれていないのは確かだけど、帯を腰に回してちょっと待ったのには理由がある。
神様からの餞別として貰った着物の帯が、脱ごうとして手を掛けた瞬間に、勝手に解けてしまったのだ。
その所為で帯に差し込んでいた護身刀がゴトリと落ちて、心臓がバクバクする程驚いた。
何が起きたのか頭が追い付かなかったし、解けたはいいけど、締めるのって出来るかなと試そうとしたところ、今度は勝手に締まったどころか、着物の襟や裾なんかもシュッと整ったりするから、びっくりした。いちいち心臓に悪い。
どうやら僕の意思によって反応する仕組みらしい。
これがこの世界では普通なの? それとも、神様からの餞別だからという特別仕様?
羽咲に訊けば早かったのだろうけど、満腹になったことと疲れの所為だろう。宿に着いてすぐに眠ってしまった。
一先ず疑問は置いておいて、こうして浴衣に着替えてみたところで、解決したという訳だ。
下着は宿の売店で買えた上に、この世界には便利過ぎる洗濯機があった。
布団のような大きなものを洗えるのは勿論、下着一枚でも稼働可能な、少量専用の小さな洗濯機である。
しかもこれ、お金を投入して使えるのだけど、洗うものを入れてお金を入れたら、後は自動で洗濯→脱水→乾燥とやってくれるという優れもの。
一回たったの十チッチ!
今なら普通の洗剤かフレグランス洗剤かの選択自由!
まさかこの世界にまで、フレグランス洗剤が普及しているとは。
「……有り得るね。あのノリなら」
好きなものを好きなだけ詰め込んでみたのじゃ! なんて胸張って言われそうな気がする。
「あれ?」
髪を乾かそうとしたらドライヤーがなかった。ドライヤーのアイコンみたいなものがついたケースはあるのに、お出掛け中?
まあ、地図を眺めようと思っていたから、すぐに寝る訳でもないし、いいかな。と諦めて脱衣所から出る。
「!」
また盛大に跳ねる心臓。
座椅子に腰掛けて何故か一杯やってるコクタンさんの姿があった。
「どうしてここに?」
「――」
こちらがバスタオルを頭に被っていたからか、僕を見ても何も言わない。ただ、見つめるだけ。
もしかして怪しまれてる? でも怪しいのはコクタンさんの方だよ? だってここは僕と羽咲が借りた部屋なんだから。
……うん? もしかして僕、部屋を間違えた? でもそうしたら貰った鍵でドアが開いたりしないよね? 全部同じな訳ないんだから。防犯的に。
「――困りましたね。さすがにここまでとは」
立ち上がったコクタンさんが、僕の頭からバスタオルを取り上げる。
目線がゆっくりと落ちていく。
何を困らせてしまったのだろうかと考えた。色々あった今日のことの中から、問題がありそうなところを挙げようとしたのだけど、見付からない。
「ただの人たらしかと思いましたが、話術も誠実さも関係なく、匂い立つ色香で虜にしていくのですね」
「酔ってます?」
「ええ。ナツミさんに酔わない者がいたら、男として終わってます」
間違いなく酔ってますね。
鎖骨に指を這わせて来る手を退かして、浴衣の襟元を直す。
僕も一杯貰おうと、水差しからグラスに水を注いだところで、今度はバスタオルを頭に被せられ、ごしごしと髪に残る水分を拭い始めた。
「いいですよ、自分で出来ますから」
「やらせて下さい。というかやりたいのです」
「……じゃあ、お願いします……?」
世話好きな人って何処にでもいるんだなー。でも何しに来たんだろう。と思いながら拭き終わるのを待って、ようやく水分補給完了。
ふと見ると、コクタンさんが自分のものと思われるバッグに、バスタオルをしまっている。
「それ、宿の備品ですよ? 持って帰っちゃ駄目です。しかも僕の髪を拭いたやつですよねぇ?」
「神へのお土産です。ナツミさんの匂いがついていれば喜びます。喜ばれなければ、わたしが使いますから大丈夫です」
発想がおかしいよ!
慌ててどうにか取り返したけど、取り合いになった時、コクタンさんが楽しそうだったのが、ちょっと納得いかない。
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