上 下
16 / 44
第一章

11

しおりを挟む
 うーん。ちょっと失敗だったかな?

 通り過ぎて行く人たちが、僕の少し開いている着物の襟を合わせた辺りを見て、くすくす笑っていく。中には、わざわざ戻って来て確認する人もいるくらい、注目を浴びていた。
 原因は、だらしなくはだけているからではない。そこから頭を出した状態で眠りこけている羽咲がいるからだ。
 白いもふもふが帯にしては高い位置から飛び出しているのだから、そりゃあ見ちゃうよね。
 頼光を出ると、皐生くんはこれから仕事なのだと言って分かれてしまった。まだ色々聞きたいことはあったのだけど、仕事ならば仕方ない。
 最初は抱っこしていたんだけど、腕が疲れてしまった
ので、懐に入れてしまえと思って実行したのだ。

「そうだ。確かこっちに……」

 と、頭の中に地図を浮かべて、覚えたての場所を探す。
 神社が見えて来た。鳥居の前で一礼して、参道の端っこを歩く。
 よく覚えてないけど、確かこんな感じのことをタレントさんがやっていたのを、テレビで観たような……。

 しかし、建物の配色が見事に朱と金と黒しかない。対して、お寺は渋めに(?)青銅と白くらいだったかな。緑があった気がするのは、この神社でもある通り、鎮守の森とまではいかなくても、それなりの量の木々が植わっていたからだろう。

 僕が目指しているのは、その鎮守の森だった。森に入る別の道があるのかもしれないけど、そこまで把握していないから正面から来た訳だ。
 狛犬でもなく狛狐でもない竜の石像が並んでいたんだけど、ここが青龍国だからかなぁ。
 一応「阿吽」に分かれているのか、片方は口を大きく開けて宝珠を抱え込んでいるけれど、もう片方は宝珠をがっちりと咥えた形になっている。
 デフォルメされた感じだから、両方とも迫力に欠けていて可愛らしかった。つい頭を撫でてしまったよ。

 カサッ……

 足を踏み入れると、神社特有の聖域感が増した気がした。
 奉られている神様なら、今通り過ぎたばかりの建物にいる筈だと考えると、とても不思議だ。

「わわ」

 羽咲がもぞもぞと着物の中に入っていく。耳がチラリと見えるくらいで止まったのは、多分もう奥に行けないからだ。

「寒い?」

 訊ねてみたけど返事はない。また眠りに落ちてしまったようだ。
 指先でそっと触れてみたけど、震えているような感じはしなかったから、大丈夫そうだ。
 足元はごつごつした石が、僕の爪先を引っ掛けようと待ちわびていて、その上、絨毯のように広がる苔が、滑らせてやるぞと気合いを入れている。
 つまり、とても足場が悪い。
 それでも僕が中へと進み行くのは、ここに「応竜の爪痕」があるそうだからだ。
 応竜だって。神様の名前だって文庫本に書いてあった。
 応竜とオウリュウちゃんって同じかな? 神様ってなってるから、違うものに自分の名前つけたりしないよね? もしかすると、この世界の人たちに、

「神様はとても強くて大きい」

 とか、

「神様は恐ろしい姿をされているんだ」

 とかっていうイメージ操作か何かかな、なんて思ってしまっている。
 だって、世界の創世主たる神様が、ちっちゃくて可愛い子だなんて、誰も信じないでしょ。だから、人々が信じそうな神様像を生み出す為に、爪痕とか足跡とか褥とか誕生の地とか作っちゃったんだろうなって。
 ほら、今もうおかしなものがあったでしょう? この世界を創ったのは神様なのに、神様の誕生の地がある筈ないもの。
 だけど、オウリュウ応竜ちゃんがせっかく作ったのだから、見学しに行かねばと思ってみたのだけど。

「……うぅ……」

 数分も歩かないうちに心が折れそうになる。
 滑りそうになって、転んだら羽咲を潰しちゃうから、倒れるなら後ろだよ。と決めたところで、そのように身体が反応出来る筈もなく、何度も踏み留まったり手をついて堪えたりと、ヒヤリとするのが続いたら、軟弱な僕の心はもう一息でパッキリと折れるばかりか砕けてしまうだろう。
 着物姿だということもまた、足さばきが悪いものだから、脱いでしまいたいくらいだった。

「ん? ここ、かな……?」

 場所が鎮守の森というだけあって雰囲気は十分だったのに、ここまで来たことを後悔するようなものしかなかった。
 突如現れた巨大な石碑。そこに人の十倍以上の大きさがありそうな、獣の爪痕が三本刻まれているだけだったのだ。

 何かな、この敗北感。
 考えたのはちっちゃなオウリュウちゃんだとしても。だったらまだ思い付いてやってみちゃったイタズラの範囲で考えてもいいけど、黒檀さんは止めようよ。大人として。がっかりしちゃう人、いるんじゃないかなーって。

「まぁいいか。帰ろ」

 くるりと方向転換して、お約束みたいにズルリと滑って尻餅をついてしまった僕が、着物が汚れてしまったことを嘆いていると。

 バウッ!

 犬のような鳴き声と共に、真っ黒なものが僕に襲い掛かろうと飛び上がり……。

「あっ」

 飛距離が足りなかったようで、まだ座り込んでいる僕の足元にバタリと落ちてきた。
しおりを挟む

処理中です...