36 / 44
第二章
8
しおりを挟む
「寅と巳のことなのですが」
残ったものを食べ終えて、仲居さんにお膳を下げて貰っても、羽咲たちは露天風呂から出て来る様子はなかった。
時折キャッキャとはしゃぐ声が聞こえて来るから、遊んでいるのかもしれない。
もふもふたちがお風呂でアワアワになったり、お湯で体毛がペチャンコになっていたりするのを思い描き、まるで女湯を妄想しているようだとすぐに反省。
そして、真面目な話を切り出した黒檀さんの頭に、猫耳のカチューシャがあるのは見なかったことにする。
名札のついてる黒檀さんのバッグには、色々詰まっているようだ。
「はい。もう連れて行かれますか?」
せめて一晩泊まってからでも。
そういう思いから、言ったのだけれど、黒檀さんは頭を振った。
「ナツミさんの十二支として傍に置いて欲しいのです」
「えっ?」
「渡り人一人に対し、十二支を一匹。というものではないのです。本来ならば十二支全てを渡り人は使役出来るようでなければなりません」
「じゃあどうして……」
「突然十二匹を与えられて、渡り人が対応出来ると思われますか?」
「いいえ」
「ですから少しずつ増やしていくこととなったのです。最初に説明せずにいたのは、混乱させてしまわない為の予防策でした」
確かに一匹と限定されれば、十二支全部が可愛くて、どの子を連れていこうかと悩むだけだけれど、全員連れて行っていいですよ、なんて言われたら困り果てておろおろしていただろう。
自分の家に連れ帰るならともかく。……否、それもちょっと困るか。狭いし。
「じゃあもしかして、フギンやユウケイの二人も、実は一人前じゃなかったってことですか?」
「そういうことになりますね」
「でも、陰の気を祓ったりしてるんですよね?」
「ええ。手当たり次第に祓い過ぎて、陽の気ばかりが満ちたおかしな国になってしまいましたがねぇ」
「……」
「ああ、ご心配には及びません。こちらの青龍国の陰の気を、一部どっこいしょーっと向こうに投げておきましたから」
にこにこと、何かとんでもないことを言われている気がしますが、気の所為にしてもいいですよね?
餅つきでもするように「どっこいしょーっ」なんて言う黒檀さんに、ちょっといつもとイメージが違うと思ってびっくりさせられたけど、猫耳カチューシャつけた時点でおかしいし、そもそも黒檀さんがおかしいのは「普通」のことだから、驚くことでもなかった。
だけど、何だろう。話せば話す程に、この人のことがよく分からなくなる。
常に、相手に合わせて演技しているかのような。僕以外の人の知ってる黒檀さんは、僕が知ってる黒檀さんとは別人のような……そんな気がして。
「ナツミさん?」
「!」
おっと。膝に手を置かれているのは何でだろう。これ、女性が相手に気がある素振りをするボディータッチってやつだよね? 同じ営業をやっていた人から聞いたことあるぞ。
「今、わたしのことを考えて下さってましたよね? じっと不安そうな眼差しで見つめられたら、それはつまり『今夜は離さないで』というお誘いということで宜しいですか? 宜しいですね!」
「宜しくないですっ」
パンッ、と黒檀さんの顔の前で手を叩く。
猫耳なだけに猫騙しだ。抱きつこうと飛び付いて来そうだったから、うっかりすると黒檀さんの顔を叩くことになりそうだったけれど、どうにか鼻先がぶつかったくらいで間に合った。
「十二支の件は承りました。他にご用件はありますでしょうか」
「相変わらず、期待させてから奈落の底に落とそうとする手酷さ。これが病み付きになってしまうのですから、ナツミさんは侮れません」
「僕は黒檀さんのそういうところが分からないですよ」
「よく言われます」
あはは。と笑う黒檀さんの声の裏で、羽咲たちがお風呂からあがったような賑やかさが近付いて来る。
ちっ。
「舌打ちしないで下さい」
「だって、わたしとナツミさんの二人きりの時間が……。では今度は二人でお風呂に移動しましょうか。裸の付き合いというものが必要です。全てをさらけ出し、隅々までこの目に焼き付かせて下さいっ」
「お断りします」
「まぁたアキのこと困らせてゆの? 嫌われても知らないわよ?」
ドライヤーで乾かしたりする時間も音もなかったのに、羽咲はふっくらとしたもふもふ毛玉となって、僕の肩に飛び付き、頬擦りしてくる。
バウバウッ
音守は僕と黒檀さんの距離の近さが気に入らないのか、額を黒檀さんの足にぐりぐりとさせて押し遣ろうとした。
そんな二人に対し、寅と巳は少し離れたところで控えるようにしている。
小さい子と大きくなった子の違いとか、性格の違いとかは十分に考えられるんだけど……僕には何故か、この二人(寅と巳も擬人化して数える)は黒檀さんを頼りにしながらも、恐れているような気がするんだよね。
ただの変態ではないと分かっているつもりだけれど、この人、本当は神の遣いとか手駒とかいうのじゃないんじゃないかな。
訊ねて確認してみたかったけれど、羽咲に猫耳カチューシャを取り上げられて、追い回すのに忙しそうだったから、やめておいた。
……訊いてもきっと、誤魔化されるだけだろうから、ね。
残ったものを食べ終えて、仲居さんにお膳を下げて貰っても、羽咲たちは露天風呂から出て来る様子はなかった。
時折キャッキャとはしゃぐ声が聞こえて来るから、遊んでいるのかもしれない。
もふもふたちがお風呂でアワアワになったり、お湯で体毛がペチャンコになっていたりするのを思い描き、まるで女湯を妄想しているようだとすぐに反省。
そして、真面目な話を切り出した黒檀さんの頭に、猫耳のカチューシャがあるのは見なかったことにする。
名札のついてる黒檀さんのバッグには、色々詰まっているようだ。
「はい。もう連れて行かれますか?」
せめて一晩泊まってからでも。
そういう思いから、言ったのだけれど、黒檀さんは頭を振った。
「ナツミさんの十二支として傍に置いて欲しいのです」
「えっ?」
「渡り人一人に対し、十二支を一匹。というものではないのです。本来ならば十二支全てを渡り人は使役出来るようでなければなりません」
「じゃあどうして……」
「突然十二匹を与えられて、渡り人が対応出来ると思われますか?」
「いいえ」
「ですから少しずつ増やしていくこととなったのです。最初に説明せずにいたのは、混乱させてしまわない為の予防策でした」
確かに一匹と限定されれば、十二支全部が可愛くて、どの子を連れていこうかと悩むだけだけれど、全員連れて行っていいですよ、なんて言われたら困り果てておろおろしていただろう。
自分の家に連れ帰るならともかく。……否、それもちょっと困るか。狭いし。
「じゃあもしかして、フギンやユウケイの二人も、実は一人前じゃなかったってことですか?」
「そういうことになりますね」
「でも、陰の気を祓ったりしてるんですよね?」
「ええ。手当たり次第に祓い過ぎて、陽の気ばかりが満ちたおかしな国になってしまいましたがねぇ」
「……」
「ああ、ご心配には及びません。こちらの青龍国の陰の気を、一部どっこいしょーっと向こうに投げておきましたから」
にこにこと、何かとんでもないことを言われている気がしますが、気の所為にしてもいいですよね?
餅つきでもするように「どっこいしょーっ」なんて言う黒檀さんに、ちょっといつもとイメージが違うと思ってびっくりさせられたけど、猫耳カチューシャつけた時点でおかしいし、そもそも黒檀さんがおかしいのは「普通」のことだから、驚くことでもなかった。
だけど、何だろう。話せば話す程に、この人のことがよく分からなくなる。
常に、相手に合わせて演技しているかのような。僕以外の人の知ってる黒檀さんは、僕が知ってる黒檀さんとは別人のような……そんな気がして。
「ナツミさん?」
「!」
おっと。膝に手を置かれているのは何でだろう。これ、女性が相手に気がある素振りをするボディータッチってやつだよね? 同じ営業をやっていた人から聞いたことあるぞ。
「今、わたしのことを考えて下さってましたよね? じっと不安そうな眼差しで見つめられたら、それはつまり『今夜は離さないで』というお誘いということで宜しいですか? 宜しいですね!」
「宜しくないですっ」
パンッ、と黒檀さんの顔の前で手を叩く。
猫耳なだけに猫騙しだ。抱きつこうと飛び付いて来そうだったから、うっかりすると黒檀さんの顔を叩くことになりそうだったけれど、どうにか鼻先がぶつかったくらいで間に合った。
「十二支の件は承りました。他にご用件はありますでしょうか」
「相変わらず、期待させてから奈落の底に落とそうとする手酷さ。これが病み付きになってしまうのですから、ナツミさんは侮れません」
「僕は黒檀さんのそういうところが分からないですよ」
「よく言われます」
あはは。と笑う黒檀さんの声の裏で、羽咲たちがお風呂からあがったような賑やかさが近付いて来る。
ちっ。
「舌打ちしないで下さい」
「だって、わたしとナツミさんの二人きりの時間が……。では今度は二人でお風呂に移動しましょうか。裸の付き合いというものが必要です。全てをさらけ出し、隅々までこの目に焼き付かせて下さいっ」
「お断りします」
「まぁたアキのこと困らせてゆの? 嫌われても知らないわよ?」
ドライヤーで乾かしたりする時間も音もなかったのに、羽咲はふっくらとしたもふもふ毛玉となって、僕の肩に飛び付き、頬擦りしてくる。
バウバウッ
音守は僕と黒檀さんの距離の近さが気に入らないのか、額を黒檀さんの足にぐりぐりとさせて押し遣ろうとした。
そんな二人に対し、寅と巳は少し離れたところで控えるようにしている。
小さい子と大きくなった子の違いとか、性格の違いとかは十分に考えられるんだけど……僕には何故か、この二人(寅と巳も擬人化して数える)は黒檀さんを頼りにしながらも、恐れているような気がするんだよね。
ただの変態ではないと分かっているつもりだけれど、この人、本当は神の遣いとか手駒とかいうのじゃないんじゃないかな。
訊ねて確認してみたかったけれど、羽咲に猫耳カチューシャを取り上げられて、追い回すのに忙しそうだったから、やめておいた。
……訊いてもきっと、誤魔化されるだけだろうから、ね。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
921
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる