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もういっそ、諦めてしまえば
しおりを挟む勿論私の勝手な妄想でしたから、ロロさんという方がおじいさんであっても、ゴーレムなどの人外の存在であったとしても、異論はありません。ええ、ありませんとも!
そこは声を大にして断言させていただきます。
しかし、しかしですね。
挨拶の為に立ち上がった私の、およそ二倍はあるかと思われる大きさなのです。そして洗練された美しくも格好いい鎧ですが、私のイメージとしては「悪」です。暗黒騎士さんです。当然ながらゲームからの影響でありますが。
そんな黒い鎧さんが、私の前にずももももといった効果音を背負いながら立ちはだかります。兜はすっかり顔を隠したものですから、表情がまるで分かりません。武器を所持してはいないようですが、私などは指先だけで戦闘不能になれそうです。
うう。怖さが振り切れて笑ってしまいそうです。
「オグラ様、どうぞお座り下さい」
ロロさんが正面の席にドカリと座っても(椅子の耐久性はバッチリです)立ったままでいた私に、キアラさんが手を貸して座らせてくれました。
「ロロさん、こちらをご確認いただけますか?」
言ってキアラさんはテーブルの上で滑らせるようにして、私のステイタスシートを差し出しました。
ロロさんはそれを手にして、長いこと見つめていました。あまりにも長かったので、キアラさんがおろおろしてしまった程です。
「これは」とロロさんの声を初めて耳にしました。口元もしっかり覆われておりますので、籠って聞こえます。
「既に限界値を突破している、ということではないだろうか」
限界突破ですか? あ! そういえば私、ウユニ塩湖的な場所でハローした私と、一瞬ですが重なった気がします。同じキャラクターを重ねるという条件のゲームなら、それで正解な気がしてきました。
「限界値を突破、ですか?」
「故に、レベルが低過ぎて確定値が出せない状態と考えられる」
「なるほど……」
「或いは」
納得したように頷くキアラさんでしたが、それを正解だと思い込ませない為にか、別の考えを付け加えます。
「何かしらの条件下でしか魔力を発動させられないのか、魔力を解放する機会がなかった為に蓋を閉じられている状態にあるのか。――気は進まないが、明日分かるかもしれんな」
ゴクリ。私は喉を鳴らしておりました。
明日。やはり私は戦闘の訓練に行かねばならないのです。
ロロさんから放たれる威圧感の所為でしょうか。それとも、先程怪我をした方々を目の当たりにしたからでしょうか。
街並みの様子とかゲーム世界のようなあれこれに、少しばかり浮かれていたところもあった私は、ここに来て唐突に――奈落の底にでも突き落とされたように、不安と恐怖に蝕まれ始めました。
いえ、今までだって確かに不安だったし、怖かったりもしたのです。けれどそれらを濃縮させたものを浴びせられている気分なのです。
例えるならば、これまで僅かな温もりのある水に足を浸した程度であったものを、凍りつくような冷たさの水が滝のように降り注いだ上に、粘着性を加えて全身に纏わりついてくるような感じです。
ああ、このような説明で理解していただけるでしょうか。
「すまないが、こちらの甘さが愚劣な考えを生み出させる原因となったようだ。確かに本人の意志で参加させる訳ではないが、街を守る為にと国が指示したことで、こちらとしても本意ではなかった。故に無駄死にを避ける為に離脱させ、危険に晒さねばならなかった詫びとして給金を与えていたのが仇となるとは」
低く唸るような声でロロさんは言います。とても怒っていらっしゃるようです。
「今回の最終日は、先に訓練を受けていた者と同じように働いて貰うことになった。生憎、昨日誕生日を迎えたばかりという者はいないようだからな」
「ですが、オグラ様は『外』からいらしたようなのです。こちらの事情を知らなかったのですから、他の方々と同じ扱いをするのは――」
「ではカナル。お前は何処から来た。何をしにこの街に来たのだ? 他の街から来たならばレベルが1というのはそれこそ考えられん。レベルが生じるのはギルドに登録してからになるが、何故以前いた街で登録していなかった? この一年、お前は何をしていたのだ」
「――」
そんなこと、答えられません。本当のことを話して、受け入れて下さるでしょうか。頭のおかしい人だと一蹴されてしまったら、どうすればいいのでしょう。
――最悪、大声で泣き喚けば二度と戦闘ギルドとは関わらないようになるだろうから、頑張って叫べよ、マンドラゴラ。
ドラクロワさんの言葉が脳裡によみがえります。
「気が付いたら、知らないところにいました。どうやって来たのか分かりません。偶然私を見付けて下さった方に助けられて、お金も何もないことから、ここに案内して貰いました。……家族は、います。いる筈なんです。お父さんもお母さんも弟もいない扱いになってるのは、嫌です……」
話している間に涙が溢れ出てしまいました。
帰りたい――そう言って泣き叫んだら帰れるでしょうか? いっそのこと、明日の訓練で死んでしまってもいいような、そんな気がしました。
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