拾って下さい。

織月せつな

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訓練日前夜

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 その夜。私は初めての方専用の扉から入った宿舎の部屋におりました。
 窓口の右手奥にある階段を上がり、二階の廊下をずずずいーっと進んだ先にある部屋です。陽当たりが悪いどころかキノコが生えていそうな暗さとじめっと感があります。
 部屋は縦長な感じで、窓の近くにベッド、壁側に低いチェストがあるだけです。テーブルや椅子といったものはありません。
 バストイレは共用ですが、ちゃんと男女に分かれていました。場所も離れておりますので、ついうっかり、といったこともなさそうです。
 カビや汚れなどは見られませんでしたが、やはり薄暗かったので(明かりがランプなんてロマンチック! なんて言っていられる状況ではありませんでした)泣きそうになりました。残念ながら女性が今回は私だけであるようなので、全く嬉しくない独占状態であることもショックなのでした。
 二階全体が宿舎となっているのは、現在は強制的に戦闘ギルドの訓練を受けさせられることで、他のギルドに所属出来ない状態でありながら、戦闘ギルドにも正式に所属した訳でもない臨時登録者で埋まっているそうですが、他にも利用される機会があるからこそ存在しているのだといいます。
 それは、所属したギルドのメンバーとどうしても折り合いがつかなかったり、例えば自分で選んだ仕事なのに別の仕事に就きたいと転職するように、ギルド間を行ったり来たりと自分探しをする方が、一時的にこちらに引っ越すことになるそうです。ギルドの変更は何度でも可能ですが、手続きの為に二日が必要だそうです。
 けれど、何度でも可能とはいえ、本当に何度もあちこちに行ったり来たりするのは、信用度が下がる為、避けた方がいいと言われました。

 明日の訓練が終わったら、どうしましょう。
 酪農ギルドにお邪魔させていただきましょうか。
 私は魔力があるのかないのか謎仕様ですし、あったとしても使い方が分かりません。なので術師ギルドは選択肢に入りません。
 後は労働ギルドですが、ここからの選択肢はいっぱいありそうですから、アルバイトもしたことがない私にも出来ることがあるかもしれません。故にここは一択とするのが無難なのでしょう。
 でも、羊さんとのモフモフライフも体験してみたいです。労働ギルドにも似たようなお仕事があることを期待します。

「……」

 そうでした。明日の為に装備のチェックをしましょう。

 冒険の初期装備といえば木の棒、木の剣、棍棒、弓、木の杖、楯、革の鎧または革の胸当て、羽根つき帽子、木の靴、革の靴、といったものが思い浮かびます。もっと上等なものを装備しているゲームは、主人公がそれなりの身分だったりするからです。

 先ずは防具ですが、鞣革なめしがわの中でも吸湿性が高く、伸縮性もあるという緩衝用の下着があります。
 こちらを下着(紛らわしいですが、こちらは女の子には必須のものです)の上に着用します。ぴったりフィットです。遠くから見るとハイネックのシャツを着ているように見えるかもしれません。鏡がないのが残念です。あるところは知っていますが、今日はもう行きたくないので断念します。
 その上に防弾チョッキのようなものを着て上は完了です。両方とも濃緑色なので、制服のスカートでも違和感がありません。
 緩衝用の下着ということなので、例えばロロさんもあの鎧の下にこれを着ている可能性があります。着用せずに鎧を着ると死ぬらしいです。……多分、大袈裟な表現でしょうが。
 ブーツは膝下までの長いものであるのはいいのですが、編上げなので面倒臭いです。履き心地はそれほど悪くありませんし、頑丈そうでいいのですが、重いのが難点なのでした。
 そしてスカートの下にも、スパッツのような鞣革の下着を着用します。ここはブーツとお揃いの黒です。逆に濃緑色でなくて良かったと思います。
 ベルトのように腰に巻くものがあるのは、武器を提げる為のものですが、応急処置の血止めに使われたりもするそうです。
 これが防具の全てです。
 本当は盾も支給される筈だったのですが、数が足りなかったのでした。
 そして武器は――怖いので今は触らないでおきます。
 渡された時に確認はしました。新品ではありませんが、よく研がれている長剣で、鞘から全部を引き抜くのにかなり手子摺てこずるものでしたので、抜く機会がないとありがたいです。

 さて、もう寝ましょうか。
 そう思いながら、もそもそとお布団の中に潜り込みますと。

 ザアァァァァァ……

 唐突に雨が降り始めたようでした。

 雨天中止になるなんて、そんな生易しいことが望める状況ではないので、とても不安です。
 また急に泣き出したくなって、感情に任せるままに泣いているうちに、そのまま眠りに就いたようでした。
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