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織月せつな

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アシッドベア、遭遇

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 ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ。
 その音はわりとリズミカルで、萎んだり膨らんだりしながら向かって来る様子は、これが例えばフレンドリーなスライムだったりした場合、滑稽に思えたかもしれません。
 ところで、スライムって獣ですか? 魔獣と呼んで合ってますか?

「ひぅっ……!」

 クレイスライムの一体が、触手のようなものを伸ばしてきました。
 先程見た戦闘では、それを鞭のようにしならせて、ビシリバシリと打って来るのです。
 その一打、或いは連打に向けて盾を構える手に力が入ります。

「カナル、左右からも来るぞ!」

 ジネットさんの声が背中に投げ掛けられました。
 ハッと見れば、ボヨンボヨンと跳ねるようにして、左右の両方から私を押し潰そうと迫って来ます。
 長剣を抜いて斬りつけようかと思いましたが、盾を持っていては鞘に差したまま叩くということも出来ません。

 バシンッ、

「――!」

 左右の二体に気を取られているところで、正面から重い一打を受けました。重いのは盾の所為とも考えられますが、その衝撃で尻餅をついてしまいました。

「カナル!」

 ジネットさんの声と共に、私の上に伸し掛かろうとした一体がレイピアによる刺突攻撃で、中央に大きな穴をあけて消えていきます。
 そして打ちつけられそうになった触手を切り裂き、次の一体も、更にもう一体も瞬く間に攻撃を受けて消えていきました。コロンと灰色の勾玉を三つ残して。

「あ、ありがとうございました」

 結局、何も出来ませんでした。起き上がるのもやっとだなんて、本当に情けないです。

「……まあ、初めてだったしな。振り回す力もないのに、盾だけで戦えというのも無理な話だ」

 そうは言って下さいましたが、ほんの少し前まで向けられていたものより、声が冷たく聞こえます。
 優しくされて、甘えてしまったんですね、きっと。それが態度に出ていて、助けられるのが当たり前のように思っていると、不快にさせたに違いありません。

「あ、いた――オーディアールさんっ」

 気不味い雰囲気の中、ジネットさんを探していたらしい子たちの声がしました。焦った様子でこちらに走って来ます。

「カミーユとエディか。どうした? 何故貴様らが共にいる?」
「俺たち、五人で行動してたんです。勿論、オーディアールさんに言われた通り、二組に分かれてはいたんですけど……」
「ただ、マルクに手を焼いてしまって――否、それより、アシッドベアです。かなり大きくて!」
「あいつ、マルクが見付けて、一人で突っ込んで行って」
「何だと!? 案内しろ」
「はいっ」

 二人が先導し、ジネットさんを連れて急いで戻って行くのを、私も追いかけました。
 きっとマルクくんは、一人ではなく五人いたから向かって行ったのでしょう。私と同じで、助けて貰えることを前提として。

 ああ、重い。重過ぎます。でも、だからといってこの盾を置いていく訳にはいきません。
 ですが、もう三人の姿を見失ってしまいました。

「……」

 とぼとぼと、方向を多分こちらだと定めて歩いて行きます。
 僅かな隙間から落ちてくる雨水に驚かされながら、懸命に目を凝らして進んで行きますと、まだ遠く離れたところからジネットさんの声が届きました。切れ切れですが「駄目だ、退がれ!」や「貴様!」といったものです。

 足を、止めました。

 声だけですが、とても緊迫した雰囲気です。そんなところに私が行って何になるでしょう。

 ――いいえ、いいえ!
 駄目です。そんなんじゃ。
 私が使えなくても、誰かがこの盾を使えるかもしれません。ロロさんがこの盾で何を確認したかったのか分かりませんが、今はそんなことより危険な状況から脱することが大事なのです。

「んっ、しょ」

 盾を抱き締めて走りました。躓いただけで盾の重さで転ぶ可能性がありましたから、かなり気を遣います。

「ダリウス、スキル頼む!」

 誰かの声の後に、カッと光が閃き、霧が一掃されていきました。

「お前!」

 こちらに気付いて、驚きの声をあげたのはどなたでしょう。
 それより私は、目の前に突如現れた焦げ茶色の毛に覆われた、巨大な背中に目を奪われておりました。
 ロロさんより縦も横も大きいです。

 グルルルル……ッ……

「クソッ、こっちだ、貴様の相手をするのは私だぞ!」

 こちらを振り向きかけたアシッドベアに、ジネットさんが気を引こうと大声をあげますが、騒ぎと光とに寄って来たのでしょう、別のアシッドベアとクレイスライムが現れました。
 ジネットさんの身長と比べると、目の前にいるアシッドベアよりはるかに小さいですが、ジネットさんを見るとすぐに襲い掛かります。
 一方でクレイスライムは何故か分裂して数を増やし始めていました。すぐさまジネットさんを呼びに来た二人が戦闘に入りますが、他の三人はどうしたのでしょう。少なくとも霧を一掃させた子はいる筈ですが。

 ガルルルルルゥゥ……ッ

 他のことに気を取られている場合ではありませんでした。
 とうとう振り向いてしまったアシッドベアとご対面です。
 膝がガクガクと震えます。背筋どころか脳天の方まで、ザワザワと冷たいものが走ります。
 絶体絶命という文字が身に突き刺さるような感じがしました。
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