拾って下さい。

織月せつな

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街の手前の休憩時間

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「マルク。貴様は自分が何をしたか理解しているのか?」

 シルバーウルフの殲滅が終了したところで、ジネットさんがマルクくんを一人呼びつけて訊ねました。

 私は投げ捨てられてしまった盾を拾い、レオくんがくれた布で隅々まで磨いていきます。
 雨は止んでいましたから、他のみんなはその場で休憩を取ることにしたようです。魔獣がまた現れるのでは? と心配になりましたが、シルバーウルフの断末魔の叫びなどが響いた辺りにやって来るようなものはいないだろう、ということで暫くは安心出来そうです。
 それでも念の為、負傷者の傍にはマルクくんと一緒にいた子たちが、そして私とレオくんの傍に赤毛の子たち――グレンくんとギーくんがいます。
 私の頬にはグレンくんからもらった大きな絆創膏(のようなもの)が貼ってあります。私の顔を見た時の彼らの表情は、レオくんの時と同じものでした。
 療術師にちゃんと治して貰うまで、見ない方がいいとのご忠告がありましたから、痛々しく見えるものなのでしょう。好んで鏡を見る方ではありませんから、その忠告を無視することは致しません。

「良かったな、壊れてなくて」

 グレンくんが私の手元を見ながら、満足そうに頷いて言いました。

「はい。ロロさんにお借りしていたものですから、壊してしまったら申し訳ないです」
「返すのか?」
「はい」
「多分だけど、その盾、君以外扱える者はいない状態になってるよ」
「えっ?」

 そういえば、先程もレオくんはそのようなことを言っていた気がします。

「なになに? どういうこと?」

 ヒビの入った鞘をふりふりしていたギーくんが訊ねます。振ると中に入り込んだ細かい欠片が音を立てるので、その欠片を出そうとしていたのかもしれません。
 ちなみに、その鞘は私がシルバーウルフの頭を叩いたものなのです。やはり弁償をしなければならないのでしょうか。

「貴様の勝手な振る舞いで怪我人を出しているのだぞ? 自分が何をしても許される立場だと、いつまで思い違いをしているつもりだ!」

 聞き耳を立てなくても、ジネットさんの声が聞こえてしまいます。
 先程の戦いで盾を投げてしまってからすぐに、マルクくんは数匹に飛び掛かられ、足や腕、肩などを噛まれて押し倒された危険な状況にありましたが、ジネットさんの助けが間に合ったので、大きな怪我を負ってはいないようです。

「あれは自業自得だから、気にしなくていいよ。君、あいつのこと知らない? 結構有名だよ。ボワモルティエ卿の出来損ないのご子息様って」

 私がマルクくんを気にしていることに気づいたのでしょう。レオくんが話題をマルクくんのことに変えて話してくれました。

「ボワモ……?」
「ボワモルティエ。男爵だよ。他の国では違うのかもしれないけれど、爵位名じゃなくて家名で呼ばれているから」
「丸めて貴族でいいんじゃないか? 俺らは滅多に関わる機会はないんだし」
「あいつ、今年で十七歳になるらしいんだけどさ、貴族ってことで国家直属の騎士団に入るつもりだったらしいよ」
「けど、実力がなくて試験に失敗。何度やっても入団出来ないからって、親が匙を投げたらしい。んで、渋々こっちに来たって訳」

 どうやらマルクくんは年上か同い年らしいです。
 そのことに驚きましたが、まさか貴族様であらせられられ……あれ? あらせられた、とは思いもしませんでした。さすがキラキラ装備なだけあります。
 けれど、騎士団に入れなかったからということだけで、出来損ないというのはあんまりです。ただ合っていないだけのことだったかもしれないのですから。

「そんなことより盾だよ。何でこいつじゃなきゃ使えないってなるの?」

 ギーくんが話を戻しました。私も知りたいことでしたから、レオくんの言葉を待ちます。

「最初にカナルさんが盾を運んでいた時、スゴく重そうだった。うん。持っていくって言うよりは運ぶって言う方が正しいように思えたくらいに」
「まあ、確かに」
「その手の包帯って、滑り止めじゃなくて運んでて切ったか何かしたからなのか?」
「はい。マメが出来ていて、それが潰れてしまったりしたので、ジネットさんが巻いて下さったんです」
「運ぶのを代わろうかと思って、一応オーディアールさんに聞いてみたんだ。それを君に渡したのはオーディアールさんだったからね。けれど、君が持っていなければ意味がないのだと断られてしまって……」

 私の手がこのようなことになってしまったことを、申し訳なく思って下さっているようでした。
 そんなことは全然気にされるようなことではないのに、不思議です。だって、普通ならこれくらいのものは怪我とは言えず、包帯なんて巻いていたら大袈裟だと責められても仕方ないくらいのことなのです。ただ、私がハンカチすら持っていなかったからと、ジネットさんの厚意を受けた結果がこうであるというだけで。
 その優しさに涙が滲んだところで、不意に視界に黒い風が巻き起こりました。

「!」

 ジネットさん以外のみんながそれぞれ身構えて、風の到達点を注視していますと、すぐに大きな黒い姿が現れます。
 それは、緊急事態により遺跡の方へ行ってしまっていた、ロロさんでした。
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