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織月せつな

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ロロさん、倒れる

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「ご苦労だった。何か異常はあったか?」

 労いの言葉を掛けながらカステラさんたちを振り返るロロさん。背負った大きな鞘に剣をおさめますと、異常なしの答えを受けて頷きました。

「うむ。では引き続き持ち場を頼む」
「了解!」

 すぐに身を翻して行ってしまう三人に、私はお礼を言いそびれてしまったと後悔しながら、一応頭を下げておきました。

「カナル」
「はい」
「遺跡から魔物が湧き出て来る量が、これから日を追うごとに増えていくだろう。下級のものは攻撃を仕掛けて来ない限りは見逃す。なるべく上級のものとだけ戦うようにしろ」
「逃がして、いいのですか?」
「全てを相手にすることは不可能だ。下級ならば訓練生でもなんとかなることは、お前も分かっているだろう? 無駄に体力を削る必要はない。一番の狙いはブラッディアウルだ」
「じゃあ、魔物が少ない今が、そのブラッディアウルを狙うチャンスなのですね?」
「ああ。ただ、もうすぐ夜だからな。野営の準備を開始する」

 言って、ロロさんが連れて来てくれたのは、既にそこを拠点として長いような、焚き火の痕跡どころか片付ける気配すらなくなっている場所でした。薪が積んであるのが何よりの証拠です。
 魔物がここを踏み荒らしたりはしないのでしょうか。
 結界が張ってあるのかもしれないと思いましたが、森の濃密な恐ろしい気配が漂っていることに変化はありませんから、残念ながらそういうことではないようです。

「すまんが、お前には朝方まで起きていて貰う。ただ起きているだけではない。見張り役としてだ」
「は、はい……」

 二人くらいしか入れなさそうなテントは二つありましたが、こんなにあれこれ放置してあるのに、食事を作る道具がありません。個人かグループで鍋などを取り寄せられる方がいるのでしょうか。

「食事の準備をする必要はない。これから戻って来る奴らは受け付けられん。だが身体を清める為に水が必要だ。カナル、これに水を張ってくれ」

 テントの裏側にカーテンで仕切りをしたスペースを組み立てていたロロさんが、何処からともなく大きな水瓶を取り出しました。
 そしてポイポイと、二リットルくらい入っていそうな水袋を放っていきます。
 私のお腹くらいまである高さの水瓶に、必要な水袋は二十。注ぎ込むだけの簡単なお仕事の筈なのに、私には重労働に思えました。
 二リットルくらいなら片手で持ち上げることくらい簡単ですが、作業的に繰り返すのが大変です。でもこれくらいのことが出来ない役立たずにはなりたくありません。

「んしょ……?」

 持ち上げて、水瓶に中身を移しながら、水袋から流れる水を見つめました。
 ちゃんと満杯に入っていたようです。
 試しに両手で二袋一緒に持ち上げてみました。
 さっきよりズッシリした感じはありますが、苦ではありません。
 力持ちになったのでしょうか。大量のミソスープを作った時には、他の方々がお水を寸胴鍋に汲んで下さったので、気付きませんでした。

「これで……」

 最後の水袋を移し終えましたので、ロロさんに報告しようとしたのですが、姿が見えません。

「ロロさん、何処ですか? お水、張り終わりましたー」

 ……。

 返事がありません。

「ロロさん……?」

 それ程長く掛かっていない筈ですから、まだ近くにいる筈です。
 辺りを見回しながらテントからあまり離れないように、歩いてみますと。

「ロロさん!?」

 組み立てていた脱衣室の中で、ロロさんが座り込んでいました。何か様子がおかしいです。

「しっかりして下さい、ロロさん」

 揺すってみますが、反応がありません。

「すみません、失礼します!」

 緊急事態なので無礼を承知で兜に手をかけました。
 外し方が分かりませんが、首の辺りを手探りしているうちに、カチリと何かが外れたような音がしましたので、慎重に持ち上げてみます。

「!」

 兜が浮きました。これなら外せそうです。
 ゆっくりゆっくり、慎重に。心の中で呪文のように唱えながら、ようやく兜を取り外すことに成功しました。

 まず目に入ったのは、キラキラの金色の髪。
 想像していたのとは違う白い肌に細い首。
 鎧さんの重さで倒れることなく、座り込んだ状態になっているだけで、意識はないようです。

「えっ……?」

 目蓋が閉じられているのをいいことに、間近で顔を眺めた私は、信じられない思いが強くて、一瞬幻かと思ってしまいましたが、間違いありません。

 ロロさんとずっと呼び掛けていた、暗黒騎士さんの中の人は、シリル=ドラクロワさんでした。

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