拾って下さい。

織月せつな

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第一階層②

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 ジネットさんが先行して下りて行きます。口に蓄光ライトのような光を放つガラス棒を咥えておりますので、ジネットさんの周辺だけが明るいです。
 やがて下に到達したのでしょう。合図と視界確保の為の光が広がり、こちらにまで微かに届きました。

「さ、行って。ゆっくりでいい」
「は、はい」

 穴の底が見えないことは当然ながら恐ろしいものですが、見えてしまうのもまた違う恐ろしさがあります。
 ジネットさんの合図が思ったよりも早かったので、カステラさんが光の矢で確認した深さは、見た印象より、それほど深いものではないように思えましたが、それはただ、ジネットさんが迅速であったというだけのことでした。

「っ」

 なかなか縄の感触を足の裏で確認することが出来ず。ようやく捉えたかと思えば感覚を掴みかねて、ぷるぷると足が震えてしまいます。
 一歩一歩に時間が掛かってしまい、怖さと申し訳なさに情けなくも涙が滲んで来ました。

「ううっ……」

 縄梯子は壁に対して垂直に下りていますから、爪先で内側に寄せながら足場を確保しなければなりません。その間、不必要なまでに縄を握る力を込めてしまう為、擦れた部分がじくじくと痛みます。

「おい、嘘だろ?」
「カナル!」

 お二人の慌てた声は、私がのろのろしていることに痺れを切らせたのかと思いました。
 しかし。

 ぐにゅっ、

「!」

 背後から弾力のあるものが押し付けられたような感触に、何があるのかと振り向きますと。

「そのまま動くなよっ」

 カステラさんの声の後に、ザシュッと矢に貫かれてクレイスライムが消えていくのが見えました。
 しかし、一体ではありません。穴の外壁から幾体ものクレイスライムが現れて、私を取り込もうと体を寄せて来ます。
 逃げ場はありません。

「あ、あ、あ……」

 この相手ならば戦える筈でした。
 けれど今は両手が塞がっています。足だって、浮かせることは出来ますから、クレイスライムを踏みつけることくらいならば出来そうですが、それでは自分から相手に取り込まれて、養分となろうとしているようなものです。
 数が減っていくのは、カステラさんの攻撃によるものですが、減ったかと思うとまた出て来てしまいます。
 私はただ、必死に縄梯子に縋ることしか出来ないでいました。
 きっと、心の何処かで、もう一撃で倒せるようになったクレイスライムに対して、言葉が悪いですが「ザコ」といった考えを持ってしまっていたのでしょう。
 ゲームでも、ある程度レベルが上がって装備が整いますと、貰える経験値やお金が少ないモンスターが現れますと、違うのがいいのにと唇を尖らせたりしたものでした。
 これはその罰なのかもしれません。

「カナル、飛び降りろ!」

 ジネットさんが下から叫びます。
 飛び降りるのですか? ここから。この、高さから。

「そいつらの上に飛び移るようにして降りるんだ。ちょっと嫌な思いをするだろうが、そのままでいるより上手くいくだろう」

 ジネットさんの言葉で、何か思い付かれたようにカステラさんが言いますが、飛び降りるなんて、そんな……。

 ――――

「何やってんだよ、早く飛び降りろ」
「可愛が呼吸するだけで、こっちは息苦しくなるんだよ。あたしらを殺したいの?」
「殺人者」
「殺したくないなら、早く死ねよ」
「飛び降りたら一瞬だって。すぐ楽になるからさ」

 ――――

 あなたたちは、嘘つきでした。
 私を殺人者だと言いながら、私を突き飛ばした。本当の殺人者はあなたたちでした。
 一瞬ではなかったですし、楽になれませんでした。
 あなたたちは今、何を思いながら生きていますか?
 私は、こうして生きています。あなたたちに酷いことをさせていた理由が、私にもあることに気付くことも出来ました。
 忘れないで欲しいです。私にしたことを。
 けれど、苦しんで欲しくはありません。辛い思いをして欲しくないです。
 あなたたちのお陰で、私はこの世界で生きることが出来るのですから。

「~~~~っ」

 過去の残滓を振り切り、思いきってクレイスライムの集団に突入します。
 ぐにょりぐにょりと全身を圧迫され、一時息苦しくなりながらも、一体の中に留まることはなく、私自身が刺突武器となったように、クレイスライムの身を貫いていき、落下の勢いがなくなったところで、底に辿り着いておりました。
 最後に貫ききれなかったものに、ジネットさんがトドメをさして下さいます。

「怖い思いをさせてすまなかった」

 そう言って私を抱き締めてくれたジネットさんの兜に、コツンコツンとあたるものがありました。抱き締めてくれたのには、落ちてくる勾玉から私を守る為でもあったようです。

「ありがとうございます」

 勾玉の落下が終わり、暫くしますとカステラさんが到着し、私を褒めてくれました。
 穴の底から続く通路の先は、出口か明かりのついた部屋があるようで、勾玉をかき集めてからそちらに向かうことになりました。
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