いつか私もこの世を去るから

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東京の親友

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 大会の後蒼と、同じ陸上部の沙耶さや美波みなみと一緒に遊んだ。

 村にある唯一のパン屋さんで、パンと何故か置いてあるラムネを買って、外のベンチで乾杯した。

「蒼、足大丈夫なの?」
 沙耶が聞くと蒼は少し足を動かして、
「うん!大丈夫!どうせ今日日曜日で病院休みだし、明日ちゃんと見てもらうよ、早く治さないと、糸にリレーの選手とられちゃいそうだし。」
 と私の方を向いて笑う。

「手加減はしないからね!」
 と言って、私はぶんぶん腕を振る。

「でも、本当凄かったよ、糸。
 あの距離でまさか2人も抜けると思わなかったよ~!」
 沙耶が言うと皆んな頷く。

「たまたま今日は調子良かっただけだよ。
 なんか身体が凄く身軽だったんだよね。」

「糸、飛ぶように走ってたよね?次の大会もこの調子でお願いします!」

 と皆んなが言って笑う。
 友達と遊んで笑い合うなんて本当に久しぶりだ。

 しかも、1番苦手だと思っていた子達と。
 きっかけ1つでこんなにも、自分も周りも変わって行く事がとても不思議だった。

「ねぇねぇ、糸は東京に彼氏とかいるの?」
 美波が私に聞いてくる。
 何処の中学生でも、このくらいの年齢は皆んな恋バナが好きらしい。

「いない、いない。片思いしてた先輩はいたんだけど、彼女できちゃったし。」

「えー!そうなんだぁ。それはショックだね。でも、都会は良いよね、まず選択肢が多いじゃん。」

「そうそう、こっちなんて同じ学年の男子は10人くらいしかいないし。しかも幼稚園からずーっと顔ぶれは変わんないし。その中から選ばなきゃならないからね。」

「今さら選ぶもないでしょ、大体ときめかないよ!」


 そう言って皆んなが頷いている。
 確かに、村だとそうそう新しい出会いは、なさそうだ。

 皆んなが、幼馴染の様な関係だから、関係性は濃そうだが。

「私もやっぱり、高校は県外の高校行きたいな~この辺は陸上強い高校ないし。」

 蒼が溜息つきながら、言う。

「蒼前から言ってるもんね!
 陸上の強豪行きたいって、親はまだ反対してるの?」
 沙耶が聞く。

「だめだって~!
 私が行きたい高校私立だし。学費も高いし、寮費までかかるから、とてもじゃないけど、お金出せないって言われた。」

「そうだよね~私立は高いよね。
 うちも、いいから、神坂高行けって言われたよ。」

「それって名前書けば受かるっていう高校?」
 私が聞くと、皆んなが「そう、超バカ高!」
 と言う。

「あんな高校出ても意味ないって。
 良い大学いけるわけじゃないし。この辺塾だってないし。」
 蒼がラムネを飲み干して言う。

「糸も可哀想だよ。わざわざ東京から、こんな何もない、ど田舎に来なきゃなんなくて。」
 と美波もしみじみ言う。

「私は、意外に好きなんだけどな、この村。
 自然は豊かだし。静かだし。おばあちゃんの料理、美味しいし。」
  
 私が言うと皆んなが笑いだす。
「何それ!そんなん何処がいいの?
 全然良くないよ!」
 美波が言う。

 でも、私はこの神坂村が今はそんなに嫌ではない。

 おしゃれなカフェも、雑貨屋もないが、今はそんなに行きたいとも思わない。

 私はこの村に何故か魅力を感じて、居心地がいいのだ。

 そこで蒼が思いついたように言う。
「じゃぁ、糸にも教えてあげようよ!
 私達のとっておきの場所!」
  
 そう言って私以外の3人が顔を合わせて、ニヤリとする。

 その、とっておきの場所は、パン屋さんから少し歩いて、急斜面を登った所にあった。

 棚田の上の所に、ウッドデッキが作ってあり、ちょっとした椅子と机がある場所だった。

 そこからは棚田の景色が綺麗に見下ろせた。
 田んぼは、緑色の絨毯の様に美しく広がり、
 それが幾重にも段々となっていた。

「糸~綺麗でしょ!これうちの棚田なんだよ!
 お父さんが見晴らしが良いからってウッドデッキ作ったの。」
 美波がそう言いながら、ジュースとお菓子を家から持ってきた。

「ちょっとした、オープンカフェみたいでしょ。
 私達よくここでお茶して、遊んでるんだ。」
 蒼が言う。

「すごーい!最高じゃん!こんな綺麗な景色見ながら、お茶できるなんて、どんなカフェより贅沢だよ!」
 私が感動して言うと、美波が得意気に言う。

「糸、この景色で満足してちゃだめだよ。
 秋が1番綺麗なんだから。1面田んぼが黄金色に輝くんだよ。」

 私は想像しただけで、見たくて仕方なくなってしまった。

「やっぱり、ここは良い所だよ。」
 私が言うと、蒼が笑いながら、
「私達ないものねだりかもね。」
 と言った。

 それから、日が暮れるまで私達は美波の家の棚田で喋っていた。

 夕日が棚田を赤く染めて、それもとても幻想的で綺麗な景色だった。


 皆んなと別れ、私と蒼は家が同じ方角なので一緒に帰る。

 村唯一の商店に、玄さんの花火のポスターが貼ってある。

「蒼!蒼も花火大会行くの?」
 私が聞くと蒼もポスターを見て私に言う。

「もちろんだよ。今年最後の花火大会だもん。
 絶対行くよ!流星花火が見られなくなっちゃうなんて本当にショック。夏のメインイベントなのに。」

 やっぱり、村の人は皆んなこの花火を楽しみにしているようだ。

「糸は知ってる?流星花火は、別名"恋花火"って言われてるんだよ。」
「恋花火?」

「そう。好きな人と一緒に見て、流星花火が下に消えるまでに『この人とずっと一緒にいられますように。』って願うと、叶うって言われてるんだよ。」

 恋花火、、、そうか、だから母は結婚前にわざわざ、父をここへ連れてきて一緒に花火を見たのか。

 若い母の可愛いらしい1面を見た気がして、なんだか微笑ましかった。

「私も一緒に見たい人がいるんだよね。花火。」
 蒼が歩き出しながら言う。

「そうなの?同じクラスの子?」
「違う!違う!同じクラスの男子なんて全然良い男いないじゃん。」
 蒼が顔の前で、指でバツを作りながら言う。

「じゃあ先輩?陸上部の?」
「そう、当たり。1個上のね、もう引退しちゃったけど。」
  
 3年生は夏前に引退しちゃっているのか。

「誘ってみたの?」
「なかなか勇気が出なくてさ。
 でも、誘いたいとは思ってる。
 先輩、高校は県外の高校へ行っちゃうの。
 だから、来年にはもうこの村をでちゃうんだよ。」

「蒼、だから県外の高校行きたいの?」
 私が尋ねると、蒼は珍しく、歯切れが悪そうに言ってくる。

「それだけじゃないけど、まぁ、、、それもあるかな?反対されてるからほぼ無理だけど。」

「じゃぁ、尚更今回誘わないとだめじゃん!」

「そうだけど、断られたと思うと誘えないんだよ。先輩人気あるし、他にも狙ってる人いると思うし。」

 私は、蒼の気持ちが良くわかった。
 私も同じ理由で、東京の中学の先輩に告白出来なかったからだ。

 3年近くも片思いしていたのに、結局思いは告げれず、先輩は私の親友と付き合ってしまった。

 私が勇気を出していたら、私が彼女になるチャンスもあったのだろうか?

 それすらもわからずに、私の初恋は終わってしまった。

「蒼、気持ちよくわかるけど、絶対思いを伝えた方が良いよ。
 駄目だとしても、伝えられたらきっと自分も納得出来るし、好きだって言われて嫌な気持ちになる人なんていないよ。」

 私は蒼に後悔してほしくなかった。
 私の様に。

「そうだよね、、、。うん。糸の言う通りだと思う、誘ってみる!頑張る!」

「うん!頑張れ!」
 私は、蒼を応援する。

 家に着くと、国子さんが「お帰り。」
 と畑から戻ってきた所だった。

 私は、今日あった事を国子さんに話して、陸上部に入部した事を伝えた。

 国子さんは、友達が出来た事と、部活に入った事を喜んでくれた。
 
「国子さん、ごめん。私パンとおやつ食べすぎちゃって、あんまりお腹空いてない。」

 と言うと、国子さんは
「あれあれ?そうか。なら今日は私も楽しちゃおうかね。焼きおにぎりだけはどうだい?」
 と言った。

 私は「賛成!」と言って、その夜は焼きおにぎりだけで軽めの夕飯を済ませた。

 焼きおにぎりは、味噌と味醂を溶いた物を塗って、醤油をかけて焼いてあった。やっぱりとても美味しかった。

 お腹いっぱいと言ったくせに、私は3つも食べてしまった。

 お風呂を出て携帯を見ると、着信があった。
 相手は誰かな?と思うと、東京の結奈だった。

 なんだろう。
 私が引っ越してから殆ど連絡は取っていなかった。

 勿論、結奈も先輩と付き合った事で私に気まづい思いがあって、連絡してこないんだろうと思っていた。

 私は一応結奈に電話をかけ直す。

 先輩と付き合ってる事を知った時は、私は裏切られたと怒っていたが、今は何故か何とも思っていない自分がいる。

『もしもし?糸?』

 懐かしい結奈の声だった。
 声を聞いただけで、東京にいた頃に戻った様な錯覚に落ちいる。

『久しぶり。元気だった?』
 私が言うと結奈が少し気まづそうに話し始める。
『糸、ごめんね、、、。私、糸にずっと話したいと思ってて。』
『先輩の事?』

 私がズバリと聞く。
『そう、、、。糸本当にごめん!私先輩と付き合った事言わなくて。でも信じてもらえないかもしれないけど、付き合ったのは、糸が引っ越してすぐなの。』

『結奈はずっと先輩が好きだったの?』
 私が聞くと結奈は少し黙った。
『うん、、、。1年くらい前から好きだった。
 でも、糸に言い出せなくて。』

『そっか、、、。そうだよね。私が隣でずっと好き好きうるさかったもんね。
 言いにくかったと思う。』

『でも、卑怯だった、、、。親友ならきちんと話して、正々堂々戦うべきだった。ごめんね。』

 結奈が泣きそうな声で話す。
 私は何故か胸の辺りがすーっと軽くなるのを感じた。

『謝らなくていいよ。
 だって、先輩と私付き合ってたわけじゃないし。いいんだよ。私に遠慮しないで。』

 私が結奈でも、多分自分の気持ちを言えなかっただろう。

 でもこうして、私に直接言ってくれただけで、私は嬉しかった。


『糸がいなくなってさ、みんな凄く寂しがってるよ。特に陸上部の子達は。
 糸が居なくなって、今度の大会の混合リレー、ピンチだって話してたよ。
 新しい中学でも陸上部入った?』

 8月に本当だったら、大会に出る予定だったんだ。
 もうすっかり忘れていた。
 母が病気になってから、私の日常は完全に変わってしまっていた。

『こっちでも、陸上続ける事になったよ。
 同じ部活で、友達も出来たよ。私はなんとかこっちでやっていけそうだよ。』

『そっか~。それを聞いて、安心したけど、ちょっと寂しい。っていうか、本当に寂しい!』
 結奈が子供みたいに言うから、私は笑ってしまう。

 東京の友達はずっと、友達だ。
 離れていても、ずっと大切な友達でいられるように、努力したいと思った。

『糸は、そっちで良い出会いないの?』
 結奈が聞いてくる。
 私は少し考える。

 頭の中に思い浮かんだのが、光だった。
 なんで光が頭に浮かぶのかよくわからなかった。

 口も悪いし、すぐ怒鳴るし、雑だし。
 全然優しくもない。

 私が好きだった先輩とは全然違う。
 私は好きだった先輩の顔を思い浮かべる。
 先輩とは塾が一緒で小学生の頃から、私の憧れだった。

 優しくて、かっこよくて、勉強も出来て、完璧だった。
 私は塾のイベントの夏合宿で、同じ班になり、それからずっと先輩と付き合える事を夢みていた。

 もちろんそんな先輩は、人気もあって私は自分の気持ちを伝えるなんて、大層な事は出来るはずもなく、ただ外からきゃーきゃー言っていただけだ。
 
 とにかく、光とは全然違うタイプの人だ。
 私にも、誰にでも優しい大人の先輩だった。
 光はやってる事も話す事も子供みたいだ。
 幼稚園児がそのまま大きくなっただけの様なタイプ、、、。

 けど、、、。

 光が一緒にいると私は勇気が出せる。
 強くなれる気がする。

 優しさなら誰でも簡単にくれる。
 けど、強さをくれるのは光しかいない。

『いつも腹が立つけど、気になる人ならいる。』

 光は私が今まで出会った事のない様な人間だ。
 あんな男子は、東京にはいなかった。
 私は花火を光と見たいと思った。

 きっと、得意気に言うだろう。
「どうだ?凄いだろ?」

 って。きっと、恋花火の話しをしても「くだらない。」としか言わないだろう。

 だから、誘いやすい。
 私は次会った時絶対に誘おうと思った。

 その後、私は結奈としばらく話してから電話を切った。

 喋り過ぎたのか、喉が渇いてきたので、キッチンへ行って麦茶を飲もうと思った。

 部屋から出て、廊下を歩いてキッチンへ行く。キッチンの隣りが居間で、その隣りが国子さんの部屋だ。

 私はこの家にも、だいぶ慣れてきて夜でも自分の部屋を出て、出歩ける様になってきた。

 それまでは、トイレに行くのも怖くて、
 我慢していたのだ。

 ふと気がつくと、国子さんの部屋から明かりが漏れている。
 私は不思議に思った。

 今の時間は、23時。
 国子さんはいつも、早くに寝てしまうのに。

 私は国子さんの部屋を覗く。
 そうすると、国子さんが写真立ての様なものを抱きしめて、肩を震わせていた。

 私はすぐに気がついた。
 国子さんは、母の写真を抱いて泣いているのだ。

 小さな声で
「紬、、、。」

 と聞こえた。
 私は見てはいけない物を見てしまった気がして、自分の部屋へ戻った。

 母は、国子さんが育てた様なものだ。
 孫というより、娘の様に思っていたはずだ。

 母が亡くなって、国子さんが悲しくないわけがない。

 いつも、冷静で感情の起伏の少ない国子さんだから、私は気づかなかった。

 表面はいくら気丈に振る舞っていたって、心のうちは違う事。

 いつもは平気でも、急にダムが決壊するように、寂しさや、悲しさが溢れだす瞬間がある。

 そして、また静かになり、日常へ戻っていく。
 家族を失った人間は、その繰り返しだ。

 人間には言葉に出せない色々な感情がある事を、私はその時に初めて知ったのだ。













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