いつか私もこの世を去るから

T

文字の大きさ
上 下
9 / 14

岩山神社

しおりを挟む
その日は朝から、国子さんとお墓参りに行った。

鵜飼家のお墓は、家から歩いて10分くらいの、畑の一角にある。

一般的なお墓に比べたら、とても大きいし、墓石以外にもなんだかよくわからない、石碑が沢山立っている。

代々の墓だから、多分私のご先祖様に関係のある石碑なんだろうが、漢字も難しいし、なんて書いてあるのかよくわからない。

私と国子さんで、まず雑草を抜いて墓石を磨いていく。

この時期は抜いても抜いても、青々とした強い雑草が生えてくる。雑草の生命力にこちらが負けそうなくらいだ。

家の庭も、私と国子さんで草取りをしているが、全く追いつかず、近くの人が除草剤を撒いてくれたり、草刈機で刈ってくれたりしている。

お陰で、こちらに来た時は、小さい虫でも騒いでいた私が、その辺の虫なら全然平気になってしまった。

「この中には一体どれだけの人が入っているんだろう。」

私が国子さんに尋ねると、国子さんは墓石に水をかけながら言う。

「さあ?私もわかんねえが、30霊くらいは入っているんじゃないかい?」

30霊、、、。そんな多くのご先祖様が埋まっているのか。

「鵜飼家は、昔から短命の家系だからな。」
「短命?そうなの?確かに皆んな亡くなるの早いけど。」
考えてみると私の母も、祖母も祖父もみんな早く亡くなっている。

「特に昔はなぁ、子供が育たんかったからな。
3つまで生きれない子が沢山いたんだ。」
だから、お墓の所に風車が沢山差してあるのか。

「私のおばあちゃんは、お母さんが小学生の時に病気で亡くなったんだよね?
おじいちゃんは、お母さんが20歳くらいの時に亡くなってるみたいだけど、病気?」

私が聞くと、国子さんは墓石を見て黙ってしまった。

しばらくして、国子さんが重い口を開く。
「悟はな、、、昔から線が細くてな。
神経質な所があった。それでいて頑固な1面もあったりしてな、私も育てるのに苦労した。」
 
国子さんの息子がそんなタイプとはちょっと意外だった。

「悟は小さい時から、見える子だったんだよ。
自分でも彷徨ってる霊をキャッチして、その霊をなんとかしてあげたいと思うたちだった。」

私は驚いて国子さんに聞く
「じゃぁ、おじいちゃんも降ろせたの?」
国子さんは首を振って私に言う。

「カミサマが出来るのは、巫女だけだ。
今まで代々そうだった。
だが、悟はカミサマは出来ないが、あの世の人と繋がる事が出来たんだ。」

国子さんがもう1度墓石に水をかける。
「でも、悟はあの世の人の心情を物凄く受け取るタイプだったんだよ。
この世で彷徨う霊は、多かれ少なかれ色々な思いを抱えている。
恨み、悲しみ、後悔、嫉妬。
あの子はそんな負の感情を全て自分の事のように感じとっていたんだ。」

そんなの考えただけで、頭がおかしくなりそうだ。

自分の気持ちだけでも、コントロールするのに苦労するのに、更に他の人の感情が入ってきたら対処できないだろう。

「結婚して、紬が出来た頃は良かった。
けれど、紬の母親が亡くなってからはダメだったな。悟は本当に紬の母親の事を愛していたんだ。自分でもどうしようもない程にな。時に、愛情は人を狂わすもんだ。」

国子さんは、そう言って墓石の前に丁寧に榊を生ける。

「妻亡き後、悟は紬の為に必死に立ち直ろうとしたよ。母親がいなくなって、自分まで居なくなったら紬が可哀想だからな。」

話しを聞いて行くと、悟さんがとても苦労して自分の人生を生きてきた事がわかる。

「けれど、悟は結局立ち直れなかった。
あの世の霊とは、繋がる事が出来るのに、1番繋がりたい紬の母とは繋がれず、自暴自棄になっていったんだ。しっかりしなきゃと思う反面、弱気になるとすぐにあの世の者が、こっちへ来いと言ってくる。」

私は思い出していた。
ここへ来たばかりの頃、死にたくなって、川へ行った時の事を。

あの時、私も川の暗闇から、「はやくおいで。」と言われた気がした。

あの時光に止めてもらわなければ、あのまま川に飛び込んでいただろう。

「そして、紬が東京に上京して直ぐに、悟は亡くなった。山の崖から落ちたんだ。
自殺なのか、事故なのか、最後までわからなかった。でも多分、、、。」

と言って最後まで言わなかった。
自分の息子も亡くなって、孫まで亡くしてしまった。

その苦しみは、想像を絶する。
けれど、国子さんはいつも小波《さざなみ》の様に穏やかで静かだ。

大きく荒れる事もなく、ただ緩やかに周りを包み込んでいる。

どうしたら、そんな強い人間になれるのだろうか。

私は、国子さんの小さい後ろ姿を見て思う。
国子さんにはきっと心の中で絶対に揺るぐ事のない、信念の様な物があるからこんなに強くいられるのではないかと。




風鈴が涼しげな音色を鳴らしている。
その涼しげな音色とは対照に、今日はこの夏1番の暑さを更新すると、朝のニュースで伝えていた。


目新しいニュースがないせいか、TVのニュースは連日暑さの運動会の様に、最高気温の高い地域を競っている。

簡単に言えば、平和だと言う事だ。
今日はついに、岩山神社へ行く日だ。

私は、登山の知識を頭に詰め込み、なるべく安全に帰って来られる様に準備をした。

私と光は朝6時に集合した。
そしてバスに揺られて、1時間程で岩山鉱山の登山口に着く。

私と光は、岩山鉱山を見て息をのむ。
思ったより、高い。
所々が採掘されて山肌が剥き出しになっている。

遠目から見ても、ゴツゴツした岩場があり、ロッククライミングをするような山だ。

「糸。やばいな、これ。」
珍しく、光が怯んでいる。
それ程実際見ると、大きな岩山だった。

「大丈夫だよ!準備は万全にしてきたし。
どうしても、無理そうなら途中で下山しよう。」

私が言うと、光が少し驚いた顔をして
「なんだよお前、随分肝が据わったな。ちょっと前だったら『無理~絶対無理~』とか言ってたのに。なんかつまんねえ!」
と、私の全然似ていない物真似をして言ってくる。

「光といると、嫌でも肝が据わってくるって。
本当野生児だよ。」

「おまえは、アンドロイドからちょっと人間に近づけたかもな。」
光がよくわからない返しをしてくる。

私は何故か東京にいるより、村にいる方がしっくりくる。
 
理由はわからないが、本来私はこの村にいるべき人間だったような不思議な気持ちになる時がある。

私がたんに、神坂村を気にいったからと言う理由もあるけれど。
それだけではない気がする。

"岩山鉱山登山口"
と書いてある。1番難しいのは、岩山神社が何処にあるかだ。

岩山神社は小さい神社なのか、地図にも載っていない。

昔の地図や本、ネットの検索を頼りになんとなく行くしかない。

「糸見ろよ、この鉱山入り口から西の方へ2キロ行った所に小さいトンネルがあるらしいんだ、そこから更に行くと、この鏡岩っていう、しめ縄がしてある大きな岩がある、そこから一気に上に登っていくと、神社があるみたいなんだ。」

光が地図を見ながら説明する。
とりあえず、その鏡岩まで行けば、後は上に登るだけだから道に迷う事はなさそうだ。

「ただ、鏡岩から上に登る所がかなりの傾斜のある岩山で、鎖場になってるらしいが、結構きついみたいだ。」

「わかった。じゃあそこまでは、なるべく体力温存しといた方がいいかもね。」

光が頷く。
私達は意を決して岩山鉱山に足を踏み入れる。

これで鏡が手に入れば、後は祠に行けば良いだけだ。

2人でひたすら、トンネル目指して歩く。
勿論、私達以外に登山客などもいない。

何となく、鬱蒼とした山の中を進む。
鉱山跡の為か、トロッコのレールが残っていたり、所々に廃墟の様な建物がある。

「なんか良いよな~俺結構廃墟って好きなんだよ。」
光が呑気な事を言っている。

「私は苦手だなぁ~。なんか怖いよ。
人の念みたいのが残ってる気がして。」

「なんでだよ。それがいいんじゃん。
どんな場所にも歴史があって、1番栄えた時期から時間が経って、朽ちて行くまでの過程を想像するのが良いんだよ。ロマンを感じる。」

「そうかなぁ~。今にも何か出てきそうで、怖いとしか思わないけど。」

「1番出てきて怖いのは、クマだけどな。」
そう言って、光はクマ鈴を鳴らす。
まあそれは間違いない。

私達は休み休み、歩きながらやっと目指していたトンネルまできた。

ここまでの道はまだそこまできつい所はなかった。

トレーニングのおかげで、私は体力がついていたからかもしれない。
私と、光は小さなトンネルを潜って行く。車は通れない様な小さなトンネルだ。

トンネルの中は誰かのイタズラか、落書きがいっぱい書いてあった。

トンネル自体は、50メートルくらいの長さだが、兎に角雰囲気が悪いトンネルだった。

1歩足を踏み入れた瞬間、真夏だと言うのに私は背中がゾクゾクしてきて、暑いのに冷や汗をかいている。

急に、怖いという感情が私の全身を襲ってくる。

前を歩いている、光に声をかけようとするが、何故か声が出せない。
 
嫌な予感しかしない。トンネルの中で私は立ち止まってしまった。
まるで金縛りにあった様だ。

光が私の様子がおかしい事に気がついて、私の方を振り返る。

その瞬間、トンネルの反対側から何人もの、作業着をきた人が歩いてくるのが見えた。

私は見た瞬間に思った。
この人達はこの世の人達じゃない。

しかも、とてつもなく悪いエネルギーを放している。恨み、悲しみ、憎しみ、嫉妬、怒り、それがダイレクトに私に襲いかかってくる。

怖い、、、逃げたい、、、。
私は頭の中では思っているのに足が出ない。

こっちへ来る、早く逃げないと、、、。

その瞬間私は血の気が引いて、全身の力が抜けて意識が遠のいてしまった。

光が私に駆け寄ってくるのがわかるが、私はどんどん暗闇に落ちていった。


どのくらい意識を失っていたのか。
私が気づいた時には、光が私をトンネルの先まで運んでくれて、リュックを枕にして寝かせてくれていた。

光が目を覚ました私に気がつき、心配そうに声をかける。

「大丈夫か?気分悪いか?」
「私、どうしちゃったんだろう。いつの間にか寝ちゃってたの?」
「たいした時間じゃないけど、急にトンネルの中でうずくまって、倒れたんだよ。」

私はゆっくり起き上がる。
別に体調が悪いわけじゃないのに、どうしたんだろう。

あの、トンネルが何故か私は気持ちが悪くてだめだったのだ。

「光、、、。光も見えた?さっきトンネルの中で作業着着た人が沢山見えた。」
一応光にも聞いてみる。

「いや、見えない。何も。」
光には見えていなかったのか。じゃあ、私だけに見えたんだ。

「私、霊感強くなっちゃったのかな?」
「まあ、お前のとこばあちゃんも、巫女だし。
そうゆう血を受け継いでるんじゃねーか?」

光が私に水をくれながら言う。
そうなのかな?

今までそんな事なかったのに、ここへ来てから急に霊感が強くなるなんて事あるんだろうか。

私は、光から貰った水を飲んで少し気分がすっきりした。

「大丈夫か?今日は引き返すか?
あのトンネル通らずに帰れそうな道あったぞ。」

気を遣って光が言ってくる。
「大丈夫。寝たら元気になったし。
後は最難関だけだから。もう行っちゃおうよ。」
私が言うと、光はまだ少し心配そうにしながら
「お前が大丈夫って言うなら、行くけど、途中で具合悪くなったら早くいえよ?」
と言ってくれた。

「うん!ありがとう!じゃあ出発しよう!」

そして、私と光はまた歩き出す。
怖いはずなのに、私は何故か進みたい気持ちになっていた。

はやく鏡を見つけて、祠へ行きたい。
それしか思えなくなっていた。

祠の話しなんて信じてなかったのに、いまじゃ完全に信じている自分がいる。
信じているというか、取り憑かれているというか、、、。

私と光は歩き続け、今度は鏡岩まできた。
光が私を気にして、だいぶゆっくり歩いてくれた。

鏡岩は2メートルくらいの大きな岩で、しめ縄がしめられていた。

「凄い迫力だね。」
思わず私が呟く。鏡岩と言うだけあって、表面がツルツルしていた。

「この、鏡岩の辺りから岩山神社の境内らしいぞ。」

そう聞いて、私は思わず鏡岩の前で1礼する。

「糸!こっち来いよ!鎖場あったぞ!」
光が私を呼ぶ。

鏡岩の後ろの方から声がして行ってみると、そこは山の斜面が、岩肌で剥き出しになっていて、そこが鎖場になっている。

物凄く急で長い鎖場だ。小さな看板があって
『岩山神社上』と書いてあった。

なんでこんな所に、わざわざ神社を建てたのだろうか。つい文句を言いたくなる。


この頂上に神社があるらしいが、まったく頂上が見えない。

どれだけ鎖場も続いているかわからないから、不安でしかない。

「糸大丈夫か?」
光が私に聞く。

「大丈夫!ここまで来たからには行こう!」
と私はそう言って鎖を持つ。
その瞬間、またしとしとと、雨が降り始めた。
私は叫ぶ。

「ちょっと待って!さっきまでめちゃくちゃ天気良かったし、ニュースでも今日は降水確率0パーセントって言ってたよね?」

思わず、私が怒って光に言う。
この前の九竜神社の時もそうだった。
神社に着いたとたん、雨が降るのだ。
勘弁して欲しい。ただでさえ、滑りやすい岩山なのに、雨で余計滑るだろう。

「禊の雨だよ。」
光が空を見上げて言う。
「禊の雨?」
「そう。神社を参拝する時に、急に天候が変わって雨が降ったりするのは神様が歓迎してるらしい。」

私は驚いて聞き返す。
「え?そうなの?じゃあ良い事なんだ。」
「そう。雨で汚れを落としてから参拝しろって事らしいぜ。」
「なるほど、だから禊の雨か。」

私はそれを聞いてがぜん頑張る気になってきた。

絶対に行けると、妙な自信が湧いてきた。
気を取り直して、私は鎖を強く持って登り始める。

ゆっくり、慎重に。
顔に雨が当たる。水に濡れた岩が滑りやすいがなんとか、膝に力を込めて登って行く。

もの凄い傾斜だ。
私は、怖さと緊張でどうにかなりそうだった。手を離したらそのまま真っ逆さまだ。
私は強く鎖を握る。

登って行くうちに、鎖を持つ手が痛いし、足もパンパンになって行く。

何度も疲れて、足が滑りそうになるのを、必死に踏ん張る。

息も切れて、休みたいが、休める場所がないのだ。
とにかく登り始めたら頂上まで行くしかない。
後ろを見たら終わりだ。
私はとにかく、上へ上へ行く事しか考えず登り続ける。

途中で、何度も辞めたくなった。
もう無理だ、降りたいと、思った瞬間が何度もあった。

額に汗が滲む、まだ登るの?
それしか思えない。

けれどそんな時決まって光が私を励ました。
「糸!もう少しだぞ!」
「諦めるな!」

その声を聞いて、私は『あとちょっと、あとちょっとだ。』と自分をなんとか奮い立たせた。

やっとその時、上に鳥居らしき物が見えてきた。
私は終わりが見えて安心する。

最後は本当に崖を登って行くようだった。

疲れた足にムチを打って、最後の力を振り絞り、やっと神社の鳥居へと倒れこんだ。

横になると全身の身体の痛みが解放されて行く様だった。

とにかく気持ちが良かった。

流石の光も登り切って、はぁはぁと息を切らしている。

光は倒れている私に手を差し伸べる。
私も光の手を取ると、光が起き上がらせてくれた。

その瞬間、さっきまであった、雲がさーっと引いていき、太陽の光が差し込んだ。

私はこの世の風景とは思えない景色に声が出ない。

「神様が喜んでいるのかな。」
光が話す。
私にはそうとしか、思えなかった。
頂上から下を見下ろすと、どんどん、霧の様なもやが晴れていき、何処までも続く山々が見えてくる。

「綺麗、、、。」私が呟く。

光が私の方へ向き言う。
「糸、遂にきたな。
俺たち本当にすげーよ!」

「頑張った!私!途中何度も諦めそうになったけど、光がいたから頑張れたよ!」

「何言ってんだよ。全部糸の頑張りだろ。
お前、誇っていいぞ。ほんとにすげーよ。」

光が誉めてくれた。
頑張るって何て気持ちが良いものなんだろう。
登って良かった。心からそう思う。

私達はそれから神社の方へ行った。
岩山神社は本当に小さな小さな神社だった。
鳥居と、小さなお社が1つ。小さな賽銭箱も置いてあった。

私達はとりあえず、参拝をして、鏡を探す。
鏡は直ぐに見つかった。

お社の端に、龍の顔がついている、小皿がある。

そこに綺麗に磨かれた。丸い綺麗な鏡が置いてあった。

勾玉と鏡、これで道具は全て見つかった。
私は鏡を自分の手の平に乗せて言う。
「後は祠へ行くだけだね。」
光も頷いて神社を見ながら頷いた。

今まで感じた事のないパワーを感じる。
何でもできる様な。そんな気分になってくる。

どうして、怖がりの私がこんな事出来たのだろう。
登ってきた鎖場を見て思う。
私は目に見えない物によって、突き動かされている。そうとしか思えなかった。


















しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

おとぎまわり

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

まおら

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

一般ノームに生まれ変わった俺はダンジョンの案内人から成り上がる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:17

ちょっとハエ叩きで人類救ってくる

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

彼女はだれ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

チーズ太郎の帰還:争いから和解への物語

O.K
ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...