ゆるゾン

二コ・タケナカ

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「そうか、」
腕組みを解いたパイセンはその手をふーみんの肩にかけた。
「悪かった。伊吹山。アタシの早とちりだったようだ」謝るのそっちですか?
「プッ!ククッ!」コイツ、楽しんでやがる。
「アタシにはそういうのはよく分からん。だが、落ち込んだ時の解消法はアドバイスできる!」
「パイセンも落ち込む事なんてあるんですね、」アタシはシラケた目でみた。
「アタシだって試合で負けた時は悔しくて泣きそうになるからな。世の中には強い奴がたくさんいるんだ」
(泣きはしないんだな、この人)
「こういう時はウマい物を沢山食うといいぞ。何もかも忘れるくらいにな!」
「パイセンらしいですね、」アタシはなおもシラケた視線を送った。抗議の意味を込めて。
「ヨシ!今日は暑いからガ○ガリ君おごってやるよ!待ってろ。コンビニにあるヤツ全部買い占めてきてやる」
「あ!アイスは今、はなっちが、」
止める間もなく、パイセンはダッシュで部室を飛び出してしまった。
「プッ!月光さん、危ない所でしたね、フフッ」
(コイツ・・・・・・猛獣を扱うのだけはうまいんだな!まだ本題が残ったままじゃないか!)

かいちょはティーセットの入ったバスケットを取り出した。
そしてアタシに耳打ちする。
「私に任せておいてください」
(任せた結果が、寒いギャグでしたけど?よく心折れずにそんな事言えるね)
彼女はお茶の準備を始めた。
(ふーみん、暑いからいらないって言ってたんだけど、)
アタシにできる事は何もない。燃える闘神に元気は全て吸われてしまったので、なにも出来ない。流れに任せるしかなかった。

「そんな所に立っていないで、どうぞ入ってきてください」
かいちょが招き入れたのはパイセンの後ろに居た1年生だ。すっかりその存在を忘れていたよ。
(キミ達もパイセンにつき合わされて大変だなぁ)
生徒会の用事で連れてこられたんだろうから、かいちょに何か伝えてすぐ帰るものだと思ったら、またこの悪魔がとんでもない事を言いだした。
「さあ、今お茶を淹れますから座ってください」
(はあ⁉何考えてるの?かいちょ!)
訳の分からないごたごたに巻き込まれてずっと廊下に立たされていた上に、パイセンからは放っておかれて、更に気まずさしかないこのテーブルに着けと?拷問か!お願いだから開放してあげて。ほら!一年も困ってるじゃん。
1年生二人はお互い顔を見合わせている。
「さあ、遠慮せず」
(こっちが遠慮したいよ!)
上級生にこう言われては仕方ないといった感じに二人は席に付いた。
(気まずいよ―――ッ!何なのこの状況!何なのこの人―――ッ!)
向かいに座った一年生の彼女とまた目が合った。
「あ、どうも」
「あ、はい」
お互いペコペコ会釈する。
「プッ!」楽しそうなのは、かいちょだけだぞ!こんな状況を楽しめるなんて、とんだマゾだなッ!

いつも通り、静かにお茶の準備が進んでいく。
(気まず過ぎる・・・・・・)
それは1年ズも一緒だろう。お互い、どうしていいのか分からず沈黙が続く。静かすぎてドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!と、心臓の音も聞こえてきそうだ。
一秒が一分に、一分が一時間に感じる程に時間の進み方がおかしい。
(かいちょは何を考えているんだろう?)
その表情はいつも通り、笑みをたたえた優しいものだった。
こちらにその視線が向いた。ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
いいや!惑わされちゃあ、いけない!コイツは人間のフリをした悪魔だ。今、私達は理科室という空間で!この密室で!精神攻撃を受けているまっただ中なんじゃあ、ないのか?
(スタ○ドだ!今あたしッ!攻撃を受けてるぅぅぅ)

普段の部活であればジョ○ョごっこでも披露して場を持たせるんだけれど、流石に初対面の1年生に披露できるほどアタシも肝が据わっている訳じゃない。それに今はふーみんの事もあるし。
大体ふーみんはどうしたというのだろう?急に泣き出したりして。やっぱりアノ日なの?
(部活を楽しみにしてたって言ってたな、)
たった数日、会わなかっただけじゃないか。大げさな。そう思いつつ、今朝ホームルームで言われた進学の事が頭をよぎった。
うちの学校は2学期制だ。10月から後期が始まる。進学校なので後期は本格的に試験勉強へ当てる為、学校行事などはほとんどない。9月にある文化祭が大きなイベントの最後と言っていい。3年生にとっては本当に最後の思い出作りの場となる。パイセンの生徒会としての仕事もそれが最後だろう。一緒にいられる時間も、もう半年程しか残っていないのだ。そして来年にはアタシ達が送り出される番となる。
(時が過ぎるのなんて、あっという間だなぁ)
そう思うとアタシも少ししんみりとしてしまった。

「さあ、お茶が入りましたよ。」
それぞれにカップが置かれた。いつもなら冷めるまで待つのだけれど、少しすすってみる。
ズズッ
舌がヒリヒリする。だけど、心は落ち着いた。
ふーみんも1年生達もそれぞれ静かにすすっている。
そこへ、
「ハァ!ハァ!アイス、買ってきたよ、風香ちゃん!一番おっきいヤツ」
部室に飛び込んできたはなっちがテーブルにドン!とアイスを置いた。それは1キロもあるファミリーサイズの物だった。
「プッ!大きいですね。花代さん」
「ハァ!ハァ!あとコレも」
そう言って取り出したのはオリーブオイルと黒コショウ。
「なぜ、コレを?」
「ハァ!ハァ!バニラアイスにコレかけて食べると高級な味になるんだって」
「プッ!フフフッ」
吹き出したのはかいちょではなかった。
「それ、花が食べたかっただけでしょ」
(笑った、)
「よかったぁ、風香ちゃん笑ってくれたぁ」
はなっちは疲れ切って床にへたり込んだ。
(アタシも崩れ落ちそうだよ。ハー、つかれた)

「おい!伊吹山!アイス買ってきたぞ!食え、溶けないうちに」
先輩も異様な速さで戻ってきた。
「もー、猪野先輩こんなに沢山のアイスどうするんですか?」
「みんなで食えばいいだろ?」
「食べてるうちに溶けますよ、もー」
「じゃあ、今度は部室に小さい冷蔵庫でも置いとく?」
「八百津先生、許してくれるでしょうか?」
「いや、冗談だから」
「フフフ、」
いつものにぎやかな部活へと戻って良かった。けど、今日は本当に、ほんとうに、疲れた。
(やれやれだぜ)
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