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ケステル家のお屋敷に到着しました。
馬車たちが玄関前のロータリーをグルグル回りながら位置決めしている間に、屋敷の中からは黒い正装を身にまとった人物が現れました。この屋敷の家事を取り仕切る執事長、バトラーと呼ばれる者です。彼の後に続きメイド達も駆け足で出てきます。普段ならバトラーだけで出迎えるのですが、馬車に王家の紋章を認め、急いで手の空いている者達を呼び集めたのでした。
使用人たちが整列して待ち構えるなか、ジャスパーが先に進み出ます。
「お帰りなさいませ。ジャスパー様」
「ああ、ただいま。今日は突然だが僕の友人達を連れて来た。帰省の途中で寄ったまでだ、あまりかしこまらなくてもいい。全員の昼食を用意してくれ」
「承知いたしました。」
本来なら貴族を屋敷へ招く場合、一月前には招待状を送るのがマナー。それは招かれる方も、招く方もそれなりに準備が必要なためです。その事はジャスパーも分かっていて、わざわざ帰省の途中と伝えたのでした。しかし使用人達にとってみれば、急に王族がやってきたので一大事です。バトラーが指示を出し、メイド達は足早に散っていきます。
「さ、みんな居間へ行こう。案内を頼む」
「はい。」
バトラーにいざなわれ、皆ぞろぞろと付いて行きます。
「メイベール。キミはこっちだ」
兄に呼び止められた妹はキョトンとしました。目の前の表情はさっきまで冗談を言っていたものとは違い真顔なのです。
「……何でしょう?お兄様、」
「まずはお父様にご報告を。あぁ、補修を受けるなんて、どう説明すれば……僕も一緒に付いていてあげるから」
「少々お待ちを、」
兄妹の会話にも気を配っているバトラーが皆を待たせ、駆け足で引き返してきました。
「今、旦那様は屋敷におりません」
「どこへ?」
声を潜めます。
「王都に。急な要件だったらしく暫くかかるからと、奥様もご一緒に」
「そうか、分かった」
バトラーはまた駆け足で戻っていきました。
ふぅ、とジャスパーは息を吐きました。その顔はまた優しい兄の顔に戻っています。
「キミは会わない方がよかったのかもしれない。とりあえず気鬱な冬休みにならずに済みそうだ。お父様には僕から上手く伝えておこう」
「あ、それならついでにコレを」
メイベールはマリーさんのお店で買ったお土産をポケットから取り出しました。
「なんだい?コレは」
「お父様のお土産にと、わたくしが初めて稼いたチップで買ったペンですわ」
「ハハ!キミはなかなかの策士だねぇ。ずっと仲たがいをしている様だったから心配していたんだ。ここぞというところで、贈り物で相手をほだそうとは。これならお父様も喜ぶだろう」
「わたくしまだ、、、」
朝日はお嬢様が口にしかけた言葉を飲み込みました。『わたくしまだ婚約の件は根に持っていますのよ』そんな事を言えば、兄にまた気苦労をかけかねません。それに朝日にとって婚約はテオと一緒に居ることの出来る口実です。それを邪魔されたくはありませんでした。
(お嬢様め、ただのペンを選んだのは喧嘩してたお父さんに気の利いたものを渡したくなかったってことか)
「どうしたんだい?」
「いえ、何でもありませんわ。オホホ、さあ、お兄様も参りましょう」
遅い昼食を摂り、食後の紅茶はそのままアフタヌーンティーが振舞われました。
様々なお菓子と共に淹れてくれたのはブレンドティです。体を温めるジンジャーにシナモン、クローブなどの香辛料、それと香り付けのオレンジピールも加えられています。
「その紅茶は少し癖がある。飲みにくくはないかい?」
ジャスパーが皆の世話をやいてくれます。けれど、実際に動いているのはバトラーです。素早くジャスパーの意図を汲み取り、先回りします。その動きには無駄がなく、落ち着いていて静かです。目の前にはもうはちみつの瓶が置かれているのでした。
(おにぃもアタシが何も言わなくても用意してくれるんだよねー。なんで分かるんだろ?)
ずっと二人暮らしの兄妹には何も言わなくても分かる部分があるのです。朝日はバトラーの正装を着た明星の姿を想像してしまいニヤケました。
紅茶を味わっていたエミリーが気付き言います。
「あら、お兄様たちは紅茶じゃありませんの?」
「僕達は大人だからね」
そう言ってジャスパーがカップを掲げて見せます。男性陣が飲んでいるのはモルドワイン。オレンジジュースに各種香辛料を加えて煮出し、温めたワインと割ったものです。寒い冬に好まれるれる大人の飲み物です。
「キミ達にまだお酒は早いだろう」
「そんな事ありませんわ。わたくしも、もう飲める年齢ですのよ?」
「ダメだ。」
ルイスが止めます。
「まだ馬車で移動しなければいけないのに、気分を悪くしたらどうする?」
「おや?ルイス、キミはまだ旅路を急ぐつもりかい?」
冬の日の入りは早いのです。外は曇っている事もあって暗くなり始めています。
「今日は泊っていってもらおうと思っていたのだけれどね。キミが急ぐというのなら一人で行くといい」
ジャスパーはニヤケる口でワインを含みました。
「妹を酔っぱらいのいる屋敷に置いて行けるわけないだろう」
ルイスもワインをあおります。
「決まりだな。テオもいいだろう?この寒空の下、友人を帰すわけにもいかないからね」
「ああ、」
彼はワインが気に入ったのか、話そっちのけで二杯目を口にしているところでした。
朝日は聞きました。
「よろしいのですか?以前、、、」
ジャスパーが口に人差し指を当てます。
「今、お父様もお母様も留守にしている。今夜は僕達だけでささやかなパーティーを開こうじゃないか。明日からは離れ離れになるのだし、これくらい構わないだろう?」
ジャスパーがバトラーの方に目配せしました。
「部屋を用意してくれ。あと、お付の使用人達には宿の手配を」
「かしこまりました。」
馬車たちが玄関前のロータリーをグルグル回りながら位置決めしている間に、屋敷の中からは黒い正装を身にまとった人物が現れました。この屋敷の家事を取り仕切る執事長、バトラーと呼ばれる者です。彼の後に続きメイド達も駆け足で出てきます。普段ならバトラーだけで出迎えるのですが、馬車に王家の紋章を認め、急いで手の空いている者達を呼び集めたのでした。
使用人たちが整列して待ち構えるなか、ジャスパーが先に進み出ます。
「お帰りなさいませ。ジャスパー様」
「ああ、ただいま。今日は突然だが僕の友人達を連れて来た。帰省の途中で寄ったまでだ、あまりかしこまらなくてもいい。全員の昼食を用意してくれ」
「承知いたしました。」
本来なら貴族を屋敷へ招く場合、一月前には招待状を送るのがマナー。それは招かれる方も、招く方もそれなりに準備が必要なためです。その事はジャスパーも分かっていて、わざわざ帰省の途中と伝えたのでした。しかし使用人達にとってみれば、急に王族がやってきたので一大事です。バトラーが指示を出し、メイド達は足早に散っていきます。
「さ、みんな居間へ行こう。案内を頼む」
「はい。」
バトラーにいざなわれ、皆ぞろぞろと付いて行きます。
「メイベール。キミはこっちだ」
兄に呼び止められた妹はキョトンとしました。目の前の表情はさっきまで冗談を言っていたものとは違い真顔なのです。
「……何でしょう?お兄様、」
「まずはお父様にご報告を。あぁ、補修を受けるなんて、どう説明すれば……僕も一緒に付いていてあげるから」
「少々お待ちを、」
兄妹の会話にも気を配っているバトラーが皆を待たせ、駆け足で引き返してきました。
「今、旦那様は屋敷におりません」
「どこへ?」
声を潜めます。
「王都に。急な要件だったらしく暫くかかるからと、奥様もご一緒に」
「そうか、分かった」
バトラーはまた駆け足で戻っていきました。
ふぅ、とジャスパーは息を吐きました。その顔はまた優しい兄の顔に戻っています。
「キミは会わない方がよかったのかもしれない。とりあえず気鬱な冬休みにならずに済みそうだ。お父様には僕から上手く伝えておこう」
「あ、それならついでにコレを」
メイベールはマリーさんのお店で買ったお土産をポケットから取り出しました。
「なんだい?コレは」
「お父様のお土産にと、わたくしが初めて稼いたチップで買ったペンですわ」
「ハハ!キミはなかなかの策士だねぇ。ずっと仲たがいをしている様だったから心配していたんだ。ここぞというところで、贈り物で相手をほだそうとは。これならお父様も喜ぶだろう」
「わたくしまだ、、、」
朝日はお嬢様が口にしかけた言葉を飲み込みました。『わたくしまだ婚約の件は根に持っていますのよ』そんな事を言えば、兄にまた気苦労をかけかねません。それに朝日にとって婚約はテオと一緒に居ることの出来る口実です。それを邪魔されたくはありませんでした。
(お嬢様め、ただのペンを選んだのは喧嘩してたお父さんに気の利いたものを渡したくなかったってことか)
「どうしたんだい?」
「いえ、何でもありませんわ。オホホ、さあ、お兄様も参りましょう」
遅い昼食を摂り、食後の紅茶はそのままアフタヌーンティーが振舞われました。
様々なお菓子と共に淹れてくれたのはブレンドティです。体を温めるジンジャーにシナモン、クローブなどの香辛料、それと香り付けのオレンジピールも加えられています。
「その紅茶は少し癖がある。飲みにくくはないかい?」
ジャスパーが皆の世話をやいてくれます。けれど、実際に動いているのはバトラーです。素早くジャスパーの意図を汲み取り、先回りします。その動きには無駄がなく、落ち着いていて静かです。目の前にはもうはちみつの瓶が置かれているのでした。
(おにぃもアタシが何も言わなくても用意してくれるんだよねー。なんで分かるんだろ?)
ずっと二人暮らしの兄妹には何も言わなくても分かる部分があるのです。朝日はバトラーの正装を着た明星の姿を想像してしまいニヤケました。
紅茶を味わっていたエミリーが気付き言います。
「あら、お兄様たちは紅茶じゃありませんの?」
「僕達は大人だからね」
そう言ってジャスパーがカップを掲げて見せます。男性陣が飲んでいるのはモルドワイン。オレンジジュースに各種香辛料を加えて煮出し、温めたワインと割ったものです。寒い冬に好まれるれる大人の飲み物です。
「キミ達にまだお酒は早いだろう」
「そんな事ありませんわ。わたくしも、もう飲める年齢ですのよ?」
「ダメだ。」
ルイスが止めます。
「まだ馬車で移動しなければいけないのに、気分を悪くしたらどうする?」
「おや?ルイス、キミはまだ旅路を急ぐつもりかい?」
冬の日の入りは早いのです。外は曇っている事もあって暗くなり始めています。
「今日は泊っていってもらおうと思っていたのだけれどね。キミが急ぐというのなら一人で行くといい」
ジャスパーはニヤケる口でワインを含みました。
「妹を酔っぱらいのいる屋敷に置いて行けるわけないだろう」
ルイスもワインをあおります。
「決まりだな。テオもいいだろう?この寒空の下、友人を帰すわけにもいかないからね」
「ああ、」
彼はワインが気に入ったのか、話そっちのけで二杯目を口にしているところでした。
朝日は聞きました。
「よろしいのですか?以前、、、」
ジャスパーが口に人差し指を当てます。
「今、お父様もお母様も留守にしている。今夜は僕達だけでささやかなパーティーを開こうじゃないか。明日からは離れ離れになるのだし、これくらい構わないだろう?」
ジャスパーがバトラーの方に目配せしました。
「部屋を用意してくれ。あと、お付の使用人達には宿の手配を」
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