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第4章

4-16

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4-16「チェアリーのターン」

レバーを洗い戻ってくると、彼は鍋を覗き込んで興味深そうに眺めた。よっぽどお腹が空いていてしょうがないのかもしれない。
「これで何を作るの?」
「レバーはパンに付けるパテにしようと思って」
さっそくパテを作るためカバンからフライパンを取り出す。

おかみさんなら美味しいテリーヌを作ってくれるだろうけど、ここではそんな凝ったものは作れない。だいいち材料が足りない。
それでも今朝、マルシェでいくつか買い物をしておいて良かったと思った。食材が無ければただ焼いて食べるしかなかったのだから。
(ユウじゃないけど、串焼きだけになっちゃうところだった)

彼はウサギを狩ってくれた。私も手料理を披露していいところを見せたい。
「ユウは心臓をお願いね。串焼きにするんでしょ」
「ああ、分かった」
鍋から心臓を取り出した彼はナイフでそれを2つに切った。そして1つずつ串に刺していく。
(ユウが食べればいいのに)
心臓は小さいので最初から彼に食べさせてあげるつもりでいたけど、どうやら小さな心臓を私にも分けてくれるらしい。

(フフッ、)
彼の優しさは嬉しかったが、元々小さかった心臓は半分に切ったことでさらに小さくなってしまった。串に1個だけちんまりと付いていると可愛く見える。
あれではあっという間に焼けてしまいそうなので私も急いでパテ作りに取り掛かる。

フライパンを火にかけそこにヤギのバターを落とす。溶けたバターからは甘い香りが漂ってくる。
(次は、タマネギを・・・・・・)
そう思った矢先、彼がタマネギをカバンから取り出した。
「串焼きにしたいんだけど、使ってもいい?」
彼も小さな肉片の串焼きでは物足りなく思ったのか、タマネギも一緒に焼くようだ。

「いいよ。私も使うから、半分くらい残してね」
ユウがタマネギを剥き、残りを渡してくれた。
タマネギをみじん切りにしている間、彼はずっとこちらの様子を見てくる。その視線が少しこそばゆい。
(ふふふっ)
こういう風に一緒に料理を作っている事が嬉しく、自然と顔がほころんでしまう。

タマネギがしんなりしたところでレバーを入れ、スプーンで潰しながらペーストにしていく。
彼の方は自分の仕事は終わったとばかりに、串が焼けるのをじっくり眺めはじめた。
(もう1つお願いしちゃおうかな)

レバーのパテを美味しくするには、入れるチーズはケチらないことだ。そしてそのチーズは食べる前に削る事。風味が格段に違ってくる。
「ユウ、チーズを削って欲しいんだけど頼める?」
「チーズ?いいけど、」
快く引き受けてくれた彼が、チーズを削る。
「どれくらい削ればいい?」
「たっぷりおねがい」

ユウは昨日、私の為にがんばると言ってくれたことをちゃんと態度で示してくれている。
(はぁ・・・・・・いい。)
彼に甘えるたび、今までソロでやってきた私の心が満たされていく。

こんもりと削り上がったチーズを、味見のつもりか彼がひとつまみ口にした。
「しょっぱ!」
「フフッ、ヒツジのミルクから作られたチーズだよ。保存が利くように塩がたくさん使われていて、水分も少ないから硬くてしょっぱいの」
「へーぇ」
彼には少し子供っぽいところがあるのも分かってきた。1つの事に集中すると周りが見えなくなるみたいで、今も夢中になってチーズを削っている。私がその横顔をじっと見つめているのも気付いていないようだ。
一緒にいると次第にユウの新しい一面に気付けて楽しい。

レバーは潰していくことでバターが馴染み、滑らかなペースト状になってきた。ここまできたら最後の仕上げ。
「チーズちょうだい」
彼に削ってもらったチーズを受け取り、フライパンへ全て入れる。塩気はこのチーズだけで十分だ。
(後は風味付けに・・・・・・)
今朝買ったセージとタイムのドライハーブをパテへふりかける。

セージは甘い香りが肉料理の臭み消しとして重宝されている。
タイムもよく臭みけしに使われるハーブだけれど、風味だけでなくその味はピリリと辛みがありそして少しほろ苦い。その刺激が隠し味として料理に深みを与えてくれる。
(買っておいて良かったぁ)

チーズとハーブをよく混ぜ合わせれば完成!
家で作ればナッツ類を加えたり、お酒を加えたりしてもっと複雑な味わいにもできるが、河原で作るには限界がある。
(どれどれ・・・・・・)
スプーンにすくってちょっと味見。
「うーん、もう少ししょっぱくてもいいかな?」
シンプルな味わいだけど、しっかりウサギのレバーの風味がいきている。けど、パンに付けて食べるならもう少し塩気が効いていてもいい気がする。

ユウが味見をしている私をまじまじと見てくるので、彼にも味見してもらうことにした。
「ユウも味見して。もう少しチーズ入れた方がいい?」
”私が口にした”スプーンを彼がごく自然に口に入れる。
(・・・・・・)

「ちょうどいいよ。おいしい」
「そう?じゃあ、食べよっか」
これまでもそうだったけれど、彼はこういう事に無頓着なのだろうか?余りにも自然に受け入れているので、こちらの方が意識し過ぎなのかと思ってしまう。
(私は結構ドキドキしてるんだけどな・・・・・・まだキスもしてないし)

荷物がかさばるのでスプーンは1つしか持っていない。
鍋も1つ、フライパンも1つ、カップも1つ。彼と1つを分け合って食べるのだ。
(むふふっ)
また顔がほころんできた。
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