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第4章

4-26

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4-26「ピコ族のターン」

コッレへ向けて北に進み、浮島が見えてきたところで私は辺りを見渡した。
特に変わった様子はない。
街道を通行止めにするほどのモンスターとの戦闘があったのなら、警戒の為に兵士が見回りをしていてもいいはずだが・・・・・・

(もう掃討しちゃったのかしら)
周辺を警戒しつつ街道をそれて、浮島の方へと向かった。
草原の中にポツンと浮かぶようにしてあるので遠くからでも目立つためか、浮島は近くにあるようでいて、いざそこに向けて足を運ぶと街道からはそれなりの距離がありそうだ。

草むらの中を進んでいく。と、不意に後ろから声がした。
「おーい!」
街道の方を振り返ると1台の荷馬車が止まっていた。その馬車から呼びかけたと思われる男が降りてきて、小走りに私の方へ近づいて来る。

(大きいわね!)
私から見ればピコ族意外みなデカ物だが、その男は大男と呼んでも差しつかえなさそうだった。冒険者をしているらしく、装備に身を固めた無骨な体格もあいまって、私の前に立つと本当に見上げるようなデカさに圧倒される。

その大男は私を見下ろしながら言った。
「この先は危ないから・・・・・・ん?」
彼は何かに気が付いたのか言葉を切ると、私の前にひざを折ってかがんだ。

「ピコ族の戦士でしたか。冒険者ギルドへ加入しているのなら知っているとは思いますが、この先の浮島は立ち入り禁止となっています」
彼は私の頭のフードに付いている冒険者バッチに気付いたらしい。その大柄な体格とは似つかわしくない程、丁寧な態度をとった。
(人を見下さないのは良い心掛けね。まぁ、実際見下されているけど)
ひざを折ってくれた彼はそれでも私の背より高い。

「ええ、知ってるわ。昨日この辺りで街道が通行止めになっていたでしょ?モンスターが出たんじゃないかと思って、あの浮島を見に行こうと思っただけよ。入るつもりは無いわ」
「そうですか・・・・・・あそこには何もありませんよ。私も確認しに行きましたから」
「そう。あなた、昨日ここで何があったか知らない?」
「さぁ・・・・・・」
(冒険者なら真っ先に知っていても良さそうなのに、モンスターが出たんじゃないのかしら?)

「とにかく、浮島には近づかないように」
そう言って彼はいそいそと馬車へ戻っていってしまった。
私も行くのを止められては仕方がないので、街道の方へ引き返した。

私が戻ってくるのを確認してから、馬車が動き出す。
コッレの方角へ引き返したかと思うと、少し進んだところで道を逸れ、草原の中へ入っていった。

何をしているのか歩きながら見ているうちに、荷台から木材などを下ろし始めた。近くには大量の石が置いてある。
(石積みでも作るのかしら)
さっきの大男の他にも3人の冒険者がいるのが見える。きっとパーティーメンバーだろう。
(パーティーを組むのも大変ね)
近頃モンスターが減っていると聞いたのを思い出した。彼らはモンスターを狩ることが出来ず、土木作業を請け負って食い扶持を繋いでいるのかもしれない。

その作業を横目に、通り過ぎざまあの大男が手を挙げて挨拶をくれたので、私もそれに手を挙げて返した。
結局、浮島の様子は見ることが出来なかったけれど街道が通行止めにならなければそれでいい。私の目的は黒髪のヒューマンを探すことなのだから。
(まあ、いいか)
相変わらずこの草原は平和そのものだ。

しばらく歩き、コッレの丘がはっきり見える場所まで来た。小さな川を越えればもう街まですぐだ。
橋を渡ったところで思い出した。
(そうだ、携行食を作ろうと思ってたんだったわ)
空を見上げると日は真上にあり、昼時でちょうどいい。ご飯を食べながら携行食も作ろうと土手を降りる。

火を起こそうと河原で流木を探しはじめて、あるものに目が止まった。
(かまど?よね)
誰かがここで火を起こしたのだろう。石を組み上げて簡易的なかまどが作ってある。

辺りを見回す。
「誰か使ってますかー」
そばに人影はなく、かまどに手をかざしても火の気はない。使っていないのならと、私はここで火を起こす事にした。ありがたいことに使い残したのか流木まで側に置いてある。

その残された流木をかまどにくべ、枯草を詰めて魔宝石で火をつけた。
「ファイヤー」
かまどの火が安定してきたら調理開始だ。

「まずは腹ごしらえね」
携行食は後回しにして先に昼食作りに取り掛かる。
今日はリュックに残った食べ物の整理をしようと思っていたので、ちゃんとした昼食は用意していない。有り合わせの物だけで作るのだ。

リュックをあさると、底の方から少ししなびたジャガイモが出てきた。
(ジャガイモかぁ・・・・・・)
そのままシンプルに焼いて食べようかとも思ったが、
(そうだ。さっき食べきれなかった携行食と混ぜればいいわ)
茹でてマッシュポテトにし、甘じょっぱい携行食を入れればかさ増しできるし、味も薄まって丁度いい気がする。
早速、リュックから小さな鍋を取り出し、ジャガイモを茹で始めた。

(他には・・・・・・)
リュックの内ポケットから、油紙に何重にも包まれた食材らしき物が出てきた。
(何だったかしら、コレ?)
開いてみると干し肉が少量くるまれていた。

干してあるから大丈夫だとは思うけど、念のため匂いを嗅ぐ。
クンクン・・・・・・
(大丈夫・・・・・・ぽい?)
焼けば大丈夫だろうと思い、串焼きにするため流木を割り串を作る。
リュックの脇に刺してある手斧を取り出し流木を割った。ふと、側に木くずがこぼれているのに目が止まる。誰かもここで流木を削っていたらしい。

(几帳面ねぇ)
流木を削り出しているその木くずの細かさから、丁寧に串か箸かを作ったのだろう。それにわざわざかまどを作ったりしているあたり几帳面な性格だということがうかがえる。
誰が使っていたのか知らないが、ここでどんな事をしていたのか推測していると楽しい。人を見かける事のない西の山にいると、人の痕跡についつい気を巡らせてしまう。

「こんなの適当でいいのよ」
誰とも分からない几帳面なその人物に向けて、私はつぶやいた。細かい事を気にしていては何日も山の中に籠る事など出来はしない。
私が作った串は斧で細かく割ったそのままで、ささくれてしまった。そんな事お構いなしに干し肉を刺し、かまどの火の上に置いた。

焼けるまで何か他にも残っていないかリュックをあさると、小ぶりな缶が出てきた。振ってみるとシャカシャカ音がする。
山の中では動物を狩って食べている。それが毎日の食事となり、持っていった食料は狩で獲物が取れなかった場合に手を付けるのだ。
だから、狩が成功して順調な時は調味料ぐらいしか使わないので、何を持っていたか忘れてしまう事がある。この缶の中身もすっかり忘れて思い出せない。
(今回は順調だったものね)

缶のフタを開けると、乾燥パスタが入っていた。
(ああ!そうだった。スープの具に少しづつ入れようと思ってわざわざ持っていったのに)
缶の中には貝殻の形を模して造られたショートパスタが手付かずで残されていた。狩った獲物の骨でダシを取りスープにして、その具にしようと思っていたものだ。
貝殻の形が可愛いのでちょっとした楽しみにしていたのに。

(残しておいてもしょうがないし・・・・・・ここでいいか)
そのショートパスタを、目に付いたジャガイモを茹でている鍋の中へ全部入れた。
皮付きのジャガイモを鍋の中心にして、ショートパスタの貝殻が周りを取り囲んでいる。何の料理か、これだけを見た人には分からないだろう。
自分で食べるのだから細かい事は気にしない。

(そろそろいいかしら)
ジャガイモが煮えたかどうか、串で刺してみた。
プスッ
水分が抜けてしなびていたせいか、ジャガイモに弾力が無い。
(たぶん、煮えたと思うけど)
ジャガイモを鍋から引き上げ、串に刺したまま皮をむく。
「あっつ!」
ふかし芋は冷めてからじゃ皮がむきにくくなる。熱いのを我慢してむかなければいけない。

むいたジャガイモをカップに入れ、スプーンで潰したら、さっき食べかけで残した携行食を入れる。
ガリ、ガリ、ガリ、
マッシュポテトの中で携行食が音を立てて砕けていく。

味が馴染むようにマッシュポテトはしばらく置いておくことにして、次はショートパスタに取り掛かる。
ジャガイモを潰しているうちにどうやら茹であがったようだ。
鍋の水を捨てたら、そこにチーズをまぶせばいい。

(確かまだ残っていたと思うけど)
調味料を一式まとめた袋を取り出し、中からヒツジのチーズを取り出した。
油紙にくるまれたチーズはほんのひと欠け残っているだけだった。
私はこのしょっぱいチーズをなんにでもかけて食べる。大概のものはそれでおいしくなる。
(全部使い切っちゃお)
チーズは残りが少なくなってくるとケチりながら少しづつ、少しづつ使ってきた。今日はもうケチる必要はない。
ナイフを取り出し残りのチーズを全て刻んで、アツアツのショートパスタへふりかけた。

(あとは・・・・・・)
香りづけに乾燥バジルの粉を取り出し、熱で少し溶け始めたチーズの上へまぶす。
乾燥バジルもチーズ同様、これさえかけておけば大概のものはおいしくなる。いつも持ち歩いている必須調味料だ。

(こんなものかしらね)
残り物で作った割にはそれなりにおいしそうな物ができ上がった。
(それでは!)

「いただきます」

まずはショートパスタ。
こんなのどう間違っても、マズイ訳がない。
スプーンですくってひと口、
(ん?なんか、エグイわね・・・・・・)
皮付きのジャガイモと一緒に茹でたのがいけなかったらしい。泥臭いというか、皮から出たアクの苦みのようなものが後味に残る。
(でも、食べられないことはないわ)

気を取り直して、マッシュポテトをひと口、
(うん、うん?・・・・・・甘い)
甘じょっぱい携行食を入れた為、ポテトの優しい甘さではなくガッツリ甘かった。さらに塩気がその甘さを引き立てている。
(まぁ、デザートと思って食べればいけなくはないわよ)

最後はメインの干し肉。
肉を焼いただけなのだから失敗するわけがない。
串を手に持ち、ナイフで削ぐようにして一枚食べた。
(う゛~、カビ臭ッ!?)
干し肉といえど、長いことリュックに放り込んであったのでカビはじめていたらしい。

(お腹に入ればどうってことないわよ!)
山では食料は貴重だ。いつ食べられなくなるか分からない。少し味がおかしいぐらいで私は食べるのを諦めたりしない。

満足のいく昼食とはならなかったが、私は全ての料理を平らげた。
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