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第8章

8-1「二人のターン」

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8-1「チェアリーのターン」

(今日は野営に行くから、今日は野営に行くから、今日は野営に行くから・・・・・・)
朝食を食べながら私はおかみさんに「野営に行く」と伝えるタイミングをうかがっていた。

野営などただの言い訳だ。
ユウと二人で一晩過ごすために出かけることを、察しの良いおかみさんはあっという間に見抜いてしまうと思う。
適当な言い訳を用意してまで出かけようとしているのだから、顔から火を吐くほど恥ずかしい。だけどそれはいい。問題は反対されないかどうか。

(もし反対されても、今日だけは押し切る!)
わざとかどうか分からないけど、おかみさんには今までことごとくユウと2人でいるチャンスを邪魔されてきた。しかし、今回の計画だけは何としても叶えたい。

タイミングを伺っているところに、おかみさんが話しかけてきた。
「アンタたち、今日は随分のんびりだね。モンスターを狩りに行かなくていいのかい?門は開いているはずだけど?」
「うん、」
既に食堂はオープンしていて、お客さんもちらほら入り始めている。いつもならもう出かけている時間だが、今日は野営の準備をしてから昼頃街を出るつもりだったので急いでいない。ユウにもそう伝えてあるので、隣でお茶をすすりゆっくり過ごしている。

(言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ、)
緊張している私をよそに、ユウが口を開いた。
「今日は昼に出かけて、そのまま野営するつもりなんです」
(あーっ!言っちゃった・・・・・・)

「野営に?」
「はい、野営といっても一晩明かして帰ってくるだけなんですけど。モンスターも見つからないし少し行動範囲を広げるために、ちょっとした練習を兼ねて行ってこようと思って」
彼はうそぶく感じもなく、自然に話している。
確かにウソじゃない。けど、ユウの説明を聞きながら野営が本当の目的ではない事に私はやましさを覚えた。

おかみさんはユウと私の顔を交互に見てから言った。
「気を付けて行ってくるんだよ」
(え?)
何か言われるのではないかとドキドキしていたのだけれど、拍子抜けするほどおかみさんはあっさり許してくれた。

「モンスターを舐めてかかっちゃいけないよ」
「それは大丈夫です。彼女がモンスターの襲ってこない川の中州を知っているそうなので」
「ふーん・・・・・・」
座っている私をじろりと見降ろしてくるおかみさんの視線に私は目を伏せた。
(はずかしいっ!!)

「ふっ、」
微かにおかみさんが鼻で笑ったのが聞こえた。
(バレてる・・・・・・よね)
「まぁいいさ、好きにおし。これ以上は私が首を突っ込む事でもないからね」
(ああ゛~っ!!)
耳の先まで熱く真っ赤になるのを感じる。もう顔なんて上げられない。

「じゃあ、晩ご飯用にお弁当を作ってあげようかね」
「あ、お弁当はいいです。彼女がまた魚のフライを食べたいって言うから、釣りをするつもりなんで」
「アンタが手作りしてあげるのかい?それはうらやましいことだねぇ」
その口調は顔を見なくてもニタニタと笑っているのが想像できる。
(んん゛~っ!余計な事言わないでよぉ)

「釣れるか分からないけど、ははっ。釣れなくても少し食材を買ってから行くつもりなので一晩くらい何とかなると思うし」
「そうかい、そうかい、私の手伝いなんて要らない訳かい」
(もういいからっ、もうっ!)

「そうだ、ちょっと作りたい料理があるので、道具と材料を少し分けてもらえませんか?」
「かまわないよ。何がいるんだい?」
「えーっと・・・・・・卵と、塩と、油と、レモン。それにボウルと泡立て器を貸してください」
「それだけ?ボウルと泡立て器ねぇ・・・・・・なにを作るつもりだい?」
「はははっ、それは秘密です」
「秘密ねぇ」
私はもう、ただただおかみさんが早くどこかに行くのをじっと待った。

「二人の秘密ってやつかい、いいねぇ。フフフッ」
「はははっ」
「けど、明日は帰って来れるのかい?ここのところの福音騒ぎは1日おきにやってきてるから、もしかすると門が閉まって街の中に入れないかもしれないよ」

(あ、そうだった、)
野営に行くことばかり考えていたので、すっかり福音の事を忘れていた。
「あー、そうかぁ」
その口調から彼も同じく忘れていたらしい。
「んー・・・・・・門が閉まってたらもう一泊して帰ってきます。チェアリーもそれでいい?」
「えっ!もう一泊!?わ、わたしはっ・・・・・・構わないけど。」
おかみさんがどんな顔をしているか想像すると顔を上げられず、私はうつむいたまま応えた。

「元気だねぇ、アンタ達・・・・・・フフフッ」
(あ゛―――ッ、もうやめて!)
「なら、そういうことで。」
「モンスターだけには気を付けて、楽しんでくるといいよ。アハハッ!」
おかみさんは豪快に笑ってから、やっと厨房へと下がっていった。

解放された私は恥ずかしさを彼へとぶつけた。
「もうっ!なんで余計なことまで喋っちゃうの?」
「え?オレ何かマズい事言った?」
「別にマズくはないけど、」
ユウは照れることなく平然と話していたが、私などおかみさんからどう思われているのか想像する度に変な汗をかくほど恥ずかしかったのに。
(勇者だ。勇者に違いない)
まったく動じず紅茶をすする彼の横顔を見ながらそう思った。

「もういいから、早く準備にいこっ」
恥ずかしい思いはしたけれど、これでようやくユウと二人きりになれる。
私は心弾ませ食堂を出た。
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