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第8章

8-2

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8-2「ユウのターン」

「今日は午前中に野営の準備を済ませて、お昼頃に出発するからゆっくり食べててもいいよ」
朝食を食べながら、チェアリーが今日の予定を嬉しそうに話す。
かなり張り切っているようで、先ほどから準備しなければいけない物を指折り数えている。

「そうだ、向こうについたら弓の使い方教えてあげようか?」
「あぁ、そうだな。せっかくだし教えてもらおうかな」
「うん。日が暮れるまでは時間あるし・・・・・・」
野営と聞いていたので少し構えていたのだが、そんなに心配するような事ではないらしい。楽しそうにしている彼女からは、ちょっとしたキャンプのような印象を受ける。

(夜はどうするんだろう?見張りの為に寝ちゃいけないみたいな事言ってたけど、交代で寝ればいいのかな?)
夜中にただ起きているというのも辛い。暇つぶしになりそうな事を考え、革の手入れをしなければいけなかったのを思い出した。
「そうだ。時間はあるし、革の防具の手入れをしたいんだけど、この前言ってた手入れ用の油貸してくれる?」
「馬油(ヴァーユ)?いいよ。」
一日の終わりにたき火を囲みながら武器や防具の手入れをするなんて如何にもファンタジーの世界らしい。
(なんだか冒険者っぽいな)
キャンプ自体は嫌いではないし、不安は消え少し楽しみになってきた。

彼女がまた思い出したように言う。
「ねぇ、また釣りしてよ。夕飯はあの魚のフライが食べたいな。食費も浮くし」
「するのはいいけど、釣れるとは限らないよ。大概食べることを期待して釣ると、魚はかからないから」
「大丈夫、ユウは釣り上手だもん。夕飯は魚のフライで決まりね。フフッ」
「夕飯無しになっても文句言わないでくれよ」
「じゃあ、パンだけは買っていこう?エサに必要でしょ。もし釣れなかったら適当にサンドイッチにして食べればいいよ」
「サンドイッチか、」

サンドイッチと聞き、ピンと来た。
(今日はマヨネーズを作ってあげようかな?魚が釣れたらタルタルソースで食べるのもいいよな)
チェアリーにばかり準備させるわけにはいかない。料理当番くらい買って出て、少しでも役に立っておかないと。
「この前言ってたマヨネーズを今日は作ってあげるよ。サンドイッチに塗ってもいいし、魚のフライにもよく合うんだ」
「まよねーず?図書室で言ってたやつだっけ?外で作れるの?」
「そんなに材料は多くないし出来ると思うよ。おかみさんに道具と材料借りないとな」
「じゃあ、今日の料理はユウに任せるね」

どうやらいつも河原でやっているキャンプもどきと、たいして違いはなさそうだ。これなら大丈夫そうだと、胸をなでおろし食べかけの朝食に戻った。
彼女の方は何か考え事を始めたのか急に静かになってしまった。

オレが食べ終わっても、チェアリーはまだ皿に食べ残している。
(ゆっくりしていいとは言われたけど・・・・・・)
会社勤めの頃の名残だろうか?朝の時間帯にゆっくりするのは慣れていない。
携帯のアラームに目を覚まし、布団の中でまどろみながら2度目のアラームで起きる。着替えて身支度を済ましたら、目覚ましにインスタントコーヒーを飲む。毎朝、同じ手順で分刻みに同じことを繰り返してきた。
だが、ここでの生活は違う。周りを見れば、常連客らしき人達が朝のひと時をこの食堂でゆっくり過ごそうと集まっている。仕事に追われるだけの時間は流れていない。

「あ、ゴメン。何か飲みながらもう少し待ってて」
オレがお茶を飲むお客の姿を眺めていたからか、彼女がウェイターを呼ぶ。
チェアリーもオレにつき合わされてのんびり出来ていなかったのだろう。朝のひと時に考え事をして過ごすのも悪くはない。もうしばらく彼女に付き合おうと、飲物を注文することにした。

「ホットコーヒーをお願いします」
「ホット、こーひー?」
ウェイターが不思議そうに聞き返してきた。
(あ、しまった。また癖で)
頭で分かっていても、習慣というのはなかなか抜けないらしい。
「すいません、間違えました。紅茶をお願いします」
「かしこまりました」

ウェイターの態度からして、やはりこの食堂にもコーヒーは無いようだ。
(無いと分かると無性に飲みたくなるな)
「また、こーひー?」
彼女も不思議そうに聞き返す。
「うん・・・・・・つい癖で、こだわりがあるって訳じゃないんだけど」
無い物ねだりなのは分かっているが、朝はコーヒーと体にインプットされてしまっている。

(そう言えば、タンポポコーヒーなんていうのを聞いたことがあったな)
タンポポぐらいならチェアリーも知っていそうだ。無性にコーヒーが飲みたくなったオレは聞いてみた。
「チェアリーはタンポポコーヒーって知らないかな?」
「タンポポこーひー?タンポポでもこーひーが作れるの?」
「いや。味が似ているっていうだけで、コーヒーの代替品なんだけど」
「ふーん、タンポポってダンデリオンの事でしょ?ハーブティーにして飲むことはあるよ。そういえばアレって黒くて苦いよね」
「ああ、それそれ!」
オレもタンポポコーヒーは飲んだことはないが、黒くて苦いのならそれに違いない。

「飲みたいの?でも・・・・・・」
「お待たせしました。紅茶になります」
話の途中で、注文した紅茶が運ばれて来た。
それは昨日行ったカフェと同じく、自分でお湯を注いで濃さを調整するものだった。この世界の飲み物の主流は紅茶なのだろう。
「ダンデリオンティーはまた今度ね」
「うん・・・・・・」
運ばれてきた後ではもう遅い。渋々カップにお湯を注ぐ。

「ダンデリオンティーってエルフの間では飲まれてるけど、この街では見かけたことないかも。ここの食堂に置いてあるかなぁ・・・・・・もしダンデリオンティーが飲みたいのなら自分で作ることも出来るよ」
「作り方知ってるの?」
「うん、簡単だよ。根っこを掘りだして、それを乾かして炒るだけだから」
「え?それだけ?じゃあ今日の野営で作ろうかな」
「ダメダメ!」
そんなに簡単に作れるのならと思ったのだが、なぜか彼女は慌てて止めた。

「ダンデリオンの根っこって、地中に長く伸びてるから掘り出すのが大変なんだよ」
「それくらいは、コーヒー飲むためなら・・・・・・」
「1本くらいじゃ作れないよ。乾燥すると水分が抜けて縮むんだから。何本か掘り起さないと」
「でも、飲んでみたいし」
「今日はダメ。穴掘りで疲れたら・・・・・・夜、どうするの?」

(そうか、見張りに起きていなきゃいけないんだもんな)
流石チェアリーは冒険者をしているだけあって、野営のノウハウを心得ているようだ。
予行練習とはいえ、自分は遊び気分が過ぎたらしい。
「そうだね。体力は残しておかないとな。また今度にするよ」
「うん・・・・・・」
今日のところは諦め、オレは渋い紅茶をすすった。
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