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第8章

8-28

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8-28「アデリナのターン」

「そういえば、まよねーず?だったかしら、ユウはマッシュポテトにかけると美味しいって言ってたようだけど作り方が分かったら遠征地に持っていきたいわね」
「いいですね。塩だけのイモではすぐに飽きてしまいますから」

ライリー様とアンスさんの会話にユウの話題が出て、私は気になり中州に目を移した。
(まよねーずにタマネギ・・・を加えて作るたるたるそーす・・・それを魚のフライ・・・・・・)
ユウの口を読むと丁度、話題にしていたまよねーずを使って何か作るらしい。チャンスだと思った私は、作り方が分かるのではないかと彼の手元に集中した。

「塩だけじゃ味気が無いからって、血のプリンを作ってそれをイモに乗せて食べたわね」
「あれも生臭かったですね」
「血のプリンってなんですか?」
「捌いたシカの血をボウルに貯めて、そこに塩を混ぜたら湯せんにかけて蒸すんです。するとプルプルに固まるので切り分けてジャガイモに添えて食べるんですよ」
「それだけ?」
「ハイ、それだけです」
「血は貴重な栄養源なのよ・・・・・・あれは誰が作ろうって言いだしたんだったかしら?」
「覚えてません。でも、臭かったのは覚えてます」
「血生臭いのがいいんだって、言って食べてたわね」
「私じゃとても遠征には参加出来そうもないです・・・・・・あれ?なんか香ばしい匂いがする」

隣でおしゃべりをしていたココちゃんが私に寄りかかってきた。
「向こうは何作ってるの?」
「今、エルフがパン粉を炒っているところ、」
今日も魚のフライを作るつもりらしい。エルフはフライパンにちぎったパンを入れ、炒りはじめた。その香ばしい匂いが風に乗って下流側にいる私達の方まで漂ってきたのだろう。私の鼻ではその匂いは分からないが、ココちゃんは香ばしく焼ける匂いを拾ったらしい。

「またあの魚のフライ作るんだ、いいなぁー・・・・・・ライリー様っ!向こうは今晩、魚のフライですよ!」
「大きな声を出しちゃダメよ、フフッ。そういえば、この前作り方を報告してくれたわね」
「それです!それ。油で揚げるんじゃなくてパン粉をかけるだけなんですよ」
「わざわざパン粉をかけなくてもいい気がしますけどね」
「分かってないなぁ。アンスさん。パン粉をかけなかったら、ただの焼き魚じゃないですか」

ココちゃんが力説する間に、エルフはたっぷりのバターで魚を焼き始めた。
「あぁ、バターのいい匂いがする・・・・・・あのバターをパン粉にすわせることで揚げた様な味と食感が生まれるんですよ」
「ココ、あなた食べた事あるの?」
「ありませんよ。だから今日、ライリー様が魚を捕ってくれればみんなで味わうことが出来たんじゃないですかぁ」
「フフフッ。なら魚は捕っておいてあげるから、次からはココに料理当番を任せるわ」
「お断りしますっ。私は食べる専門なので・・・・・・きっとアデリナが作り方を細かく覚えているはずですよ。近くで見てたんだから」

ココちゃんはまた私の方へ寄りかかってきた。
「ちょっと、待って!」
今まさにユウは、まよねーずを作っている真っ最中。材料を入れる順番や油を少しづつ注ぐところがポイントなのだという事が見ているうちに分かった。
(オレのとっておき・・・・・・だから・・・・・・誰かに教えないで・・・・・・私達の秘密)
私達の秘密だと嬉しそうに笑うエルフの顔を見て、私は申し訳なく思った。盗み見てはいけないものだった気がする。

「アデリナ、口が止まってるよ?ワイン飲まないのなら代わりに飲んであげようか」
ゴクッ
私の許可を得ないまま、ココちゃんはワインを口にした。
「こらっ!やめなさいココ。・・・・・・アデリナそんなに気を張っていなくても大丈夫よ、食事の時ぐらいゆっくりしなさい」
「ハイ、ありがとうございます」
私は食べかけのまま握りしめていた黒パンにかぶりついた。

「何か分かったの?」
ライリー様の質問にドキリとした。覗き見て知ったまよねーずの作り方を教えるべきかどうか・・・・・・仕事なのだから割り切って教えるべきだろう。しかし、あのエルフの笑顔が頭の中でちらつく。

パンを飲み込み、私は応えた。
「いえ、何も」
「そう」
ライリー様は優しく微笑んでくれた。

この人は全て知ったうえで私達に優しく接してくれているのではないか?そう思わせる笑顔だった。
私は良心の呵責にさいなまれた。
今、ついた嘘だけではない。ライリー様自身を秘密裏に見張っていることに対しても私は後ろめたさを感じている。

「あ、そういえばフィンさん達がピコ族を見たって言ってましたよ」
ココちゃんが私の様子に気付いたのか、話題を反らして助け舟を出してくれた。しかし、その話題はマズい。
(あ、それは・・・・・・)
ピコ族であるアンスさんに気を遣って、ライリー様が一人になった時に話そうと思っていたのに。しかし、アンスさんは護衛の為ほとんどライリー様の側から離れてはくれず、今まで言いそびれていたのだ。

「どこで見たの?」
「昨日、浮島の裏側でハウンドの群れと戦っていたそうです」
「嗅ぎつけてきたか・・・・・・だからこちらにハウンドが向かってこなかったのね。それで?そのピコ族は無事だったの?」
「戦いの後フィンさんが確認に行ったら、もういなかったそうですよ。馬でおとりになって引き付けている間に逃げたんじゃないですかね。ハウンドが落としていった魔宝石も拾わないでそのまま落ちていたって言ってたし、何がしたかったんでしょうね」
冒険者であれば戦う理由は魔宝石を得る為だ。それが魔宝石を残したままというのが気になるが、あの数のハウンドの群れならば、逃げるのに必死で拾っている間も無かったかもしれない。

アンスさんが聞く。
「それは、この前言っていたコートのピコ族ですか?」
「私も聞いたけど、コートかどうか分からなかったって言ってたよ・・・・・・ただ、小さかったって」
ココちゃんは”小さい”と言った後、素早く腕で顔を覆い防御の姿勢を取った。
殴られるとは思ってはいないだろうけど、おどけてみせたらしい。しかし、アンスさんは黙ったままで相手にはしていない。

「ハァー、上手くいかないわね。あと数日は誰にも知られることなく事を運びたかったのだけれど・・・・・・こうなると噂が広まって冒険者達が浮島に押し寄せてくるかもしれないわ」
「それはまだ分かりません。ピコ族はほぼソロで戦っている者がほとんどですし、パーティーを組んでいてもピコ族どうしでしか組みませんから、噂が広まる心配は無いかと」
「なら、次の戦いまでにそのピコ族の戦士と接触しておきたいわね。手を出さないように話し合いたいわ。それがダメでも共闘を組んでもいいし・・・・・・勝手に戦われてはやりにくいわ」

アンスさんが姿勢を正した。
「ライリー様、ピコ族を探すのなら私に任せてください」
「何か当てがあるの?」
「いえ・・・・・・でも、昨日の失敗の穴埋めがしたいんです」
ライリー様は少し考え込んでから言った。
「そう・・・・・・分かったわ。アンス、あなたに任せます」
「ありがとうございます」
ピコ族について話すのをアンスさんに気を遣って避けていたけど、それは杞憂だったようだ。

「あ!」
ココちゃんが不意に声をあげた。
「どうしたの?」
「風の匂いが変わった・・・・・・近いうちに雨が降りますよ」
ココちゃんがまた脈絡なく話題を変えた。
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