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第10章

10-2

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10-2「チェアリーのターン」

「ハァー・・・・・・」
まだ暗いうちに目が覚めてしまった私はベットの中で何度も寝返りを打っては、ため息を吐いて空が明るくなるのを待っていた。
リンカはエルフの長に相談すれば上手くいくと言ってくれたが、私は心配している。
エルフの社会は閉鎖的だ。今でこそ農業で生計を立てるようになって貿易で人の往来も多くはなったけれど、それはシエルボに限っての事だ。いまだに他者が入ってこない森の中で暮らしているエルフは多い。私の村もそうだ。

エルフが閉鎖的といっても、一度受け入れられれば何も問題は無い。皆いい人達なのだから。
村のみんなは顔なじみだし、ユウも馴染めるように私が頑張ってあげればどうにでもなると思っていた。
だけど、長に会うとなると話は別。私一人がどうこう言ったところで、何とかなる物ではない。

確かに長に認められればそれは大きな後ろ盾になる。しかし、受け入れられなかったら?
「ハァー・・・・・・」
もしもの時は、村を捨てることも考えなくてはいけないかもしれない。
ユウと一緒なら生活は厳しくてもなんとかなるだろう。コッレの街でコツコツお金を貯めて彼がやりたがっている料理のお店を出すのもいい。
「ハァー・・・・・・」
私はただ村に帰って森の中で2人、静かに暮らしたかっただけなのに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

静かだ。
ベットの中から窓の方に頭だけ向けて見ると、外はぼんやり明るくなり始めてきたようだった。どれだけの時間、まとまらない考えを巡らせていたのだろう?今頃になって少し眠気を感じる。
ボーっと天井を見ながら、耳を澄ませていると隣の部屋からゴソゴソと物音がかすかに聞こえてきた。リンカが起きたのかもしれない。
(二度寝なんか、してられない)
私もベットから這い出し、身支度を済ませることにした。

コン、コン、コン、

暫くしてノックする音に扉を開けると、リンカが大きなリュックを背負って立っていた。
「早いですね・・・・・・」
「昨日、福音が鳴ったから門が閉まるかもしれないわ。早朝のうちなら通してくれるって言うし、急ぎましょ」
「はい。でもまだユウには、」
「パパを起こしに行くのはママに任せるわ。準備が出来たらすぐに出発よ」
ユウには何と言えばいいのだろう?その事も気がかりの1つだ。私は足取り重くユウの部屋へと向かった。

昨日ユウがなぜあんな分かりやすい嘘をついたのか?その理由が私にはさっぱり分からない。
ケイの都の西は山々が連なり、滅多に人の立ち入らない場所だ。それは冒険者なら誰でも知っているし、普通の人にとっても常識だ。
人が住めないような場所に住んでいたなんて、嘘をつくならもっと別の場所を選ぶはず。いや、あの優しいユウが私に嘘をつくこと自体考えにくい。
(嘘をついたんじゃなく、何か隠してる・・・・・・)
人には言えない何かを。

私は自分の事を知ってもらおうといっぱい話してきた。なのに、彼の方は私に隠し事をしている。その事が悔しい。
(私はユウの役に立ちたいのに)
昨日言われた言葉が頭を巡る「あなたのは会話じゃないのよ。ただの一方的なおしゃべりよ」リンカに指摘されたその言葉が胸に刺さる。

コン、コン、コン、

ユウの部屋の扉をノックすると彼はすぐに出てきてくれた。
「早いね」
その顔はいつも通り、優しく人のよさそうな表情だ。彼には嘘をついたことで気まずそうな雰囲気は無かった。
「昨日はユウ、早くに寝ちゃったでしょ。だから伝えられなかったんだけど・・・・・・今日はシエルボに行ってみない?」
「シエルボ?確かここから南に行ったエルフが住んでいる街だっけ?」
「そうよ」
「なんで、そんな突然?」
「それは・・・・・・リンカが行ってみないかって。私も久しぶりに帰りたいし、ユウだって近いうちに私の村に行きたいって言ってくれたでしょ?」

彼は少し考える様に頬をさすった。その頬には無精ヒゲが伸び始めている。
「うーん、オレは構わないよ。キミ達が行きたいって言うのなら」
「そう、よかった」
エルフの長に会いに行く為だとは言えなかったが、とりあえずユウが行ってくれるようで私は胸をなでおろした。後はリンカがいいように取り計ってくれることを祈るしかない。

「すぐに出発するよ。部屋を引き払うから準備して」
「あー、オレ昨日、夕飯抜いたからお腹が空いてるんだけど」
「朝ごはんは馬車に乗りながら食べるから、もう少し待って。先にユウはそのヒゲを剃ちゃって、身なりはしっかり整えないと恥ずかしいよ」
彼の代わりに床に散らばっていた防具を片付け、ベットのシーツもかけ直す。急ぐ私に対して、ユウはのろのろと浴室へ向かうと言われた通りヒゲを剃り始めたようだ。
「用意できたら食堂まで来て、待ってるから」
彼に一声かけ、私はおかみさんに挨拶しておこうと食堂へ向かった。

食堂に入るとおかみさんは一人イスに座っていた。
「あれ?リンカは?」
「外で待ってるよ」
入口の方を見ていたおかみさんが、こちらに向き直り座ったまま私を手招きする。
近くへ行くとその太い腕を広げ、私に抱擁を求めた。
私はそれだけで泣きそうになってしまい、崩れた表情を見られないうちに抱きついた。
「しっかりね」
「うッ」
大きな手が背中を優しくさすってくれる。

おかみさんにはシエルボに行くとしか言っていない。だけど彼女は私の様子を察して何か大事な用があるのだと分かったのだろう。
私は涙をこらえ言った。
「・・・・・・だいじょうぶ。」
それは自分に言い聞かせる言葉だったのかもしれない。
「なら、だいじょうぶ。」
そう言いながらポンポンと背中を叩かれ、私は勇気を貰えた気がした。
体を離すと、おかみさんは微笑んでくれた。
「ッ・・・・・・数日、ちょっと行って来るだけだから・・・・・・ハァ―、すぐに帰ってくるから、」

涙を堪えて言う私に、おかみさんは優しく諭す。
「アンタの帰る所はここじゃないよ。それは間違えちゃいけないからね。アリーチェ。アンタの思うように、後悔ないようにしなさい」
目の前にいるおかみさんの優しい笑顔がにじむ。
私はたまらず、再びおかみさんの胸へ飛び込んだ。
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