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第10章

10-23

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10-23「リンカのターン」

私の言葉に長は怪訝な表情になった。その視線は後ろに控えていたアンスに向いている。
「あ、違うの。あれは私の妹のアンス。たまたまコッレの街で久しぶりに出会ったから連れてきたのよ」
「どおりで。男性だと言っていたのに、それにしては体つきが女性っぽいなと思っていたのです。それに、」
パパは口を濁らせたが、髪の事を気にしているのだろう。
エサやりを終え、岸に引き返す。
「アンス、挨拶なさい。エルフの長、リアムパパよ」
「はじめまして。リンカの妹のアンスです。姉がいつもお世話になっております」
アンスは丁寧な言葉遣いで挨拶すると、頭を下げた。
妹がみせる外面を初めて目の当たりにして、しばらく見ない間に大人な態度をとれるようになっていたのかと思うと、嬉しさと共に妙な恥ずかしさを覚えた。

「プッ・・・・・・」
こらえ笑いする私にアンスが睨んでくる。
「かしこまらなくても大丈夫ですよ。リンカさんとは家族の様な付き合いをさせてもらっているので、あなたも気軽に話してください」
「はい」
頭を上げた妹は笑顔をみせた。アンスも長の事は気に入ってくれたようだ。
「しかし、家族の様な付き合いといっても、パパと呼ぶのはやめてくださいよ」
「言いません!そんな馴れ馴れしい呼び方、今時ピコ族でもお姉ちゃんぐらいしか使ってませんから」
「それは助かった。また娘が増えたら妻に睨まれてしまいますからね。ハハハッ!」
「どういう事よそれ。まったく」

呆れる私にパパは真面目な口調になって言った。
「それで、その人は?」
「今、屋敷の方で待ってるわ」
私も真面目な口調で話を進めた。
「会う前に1つ、パパにお願いがあるのだけれど、」
「お願い?あなたが私にお願いするなんて珍しいですね。いつも私がお願いを聞いてもらってばかりですから、力になりますよ。何ですか?」
「アリーチェって知ってる?パパの孫娘の」
「ああ、確か冒険者になると、聖都に行く前に挨拶に来た子がいましたね。その子がどうかしましたか?」
「そのアリーチェが今日連れてきた黒髪の男性にベタ惚れでね。一緒に暮らせるように力添えしてほしいの」
「そうですか・・・・・・なるほど。」
パパは考える様に、私達に背を向け池を眺めた。

「その男性なんだけど、名前はユージンって言って、どことなくパパに似ている気がするし、いい人よ」
「ユージン?彼がそう名乗ったのですか?」
パパが不思議そうに聞き返す。
その名はアリーチェから聞いたのだ。私が直接尋ねたわけではないが、ギルドで見せてもらった書類にもそう書いてあった。
「直接聞いたわけではないけど・・・・・・彼はあまり自分の事を話したがらないし、何か隠している様なの。でも悪い人ではないわ。それは私が保証する」
パパは膝をつくと、私に目線を合わせた。私もパパの目を見据えた。
「あなたが認める人物なら孫の結婚相手として間違いは無いでしょう」
「じゃあ、」
「二人が一緒に暮らせるように計らってあげます」
「良かった・・・・・・」
「フフッ、いつも一人で頑張っていたあなたがそれ程入れ込むなんて、よっぽどのお気に入りなのですか?」
「まあね。あの二人の事はパパ、ママって呼んでるわ」
「私以外にもパパと呼ぶなんて、それは少し焼けますね」
「安心して。1番のパパはリアムパパだから」
「もう!やめてよお姉ちゃん。恥ずかしい」
「ハハハッ、確かに」

パパがなぜユウと話したがっているのかは分からないが、アリーチェとの約束は果たせそうだしこれで私の役目は終わりだ。
ひとまず肩の荷が下りた気がした。
「それでは彼と会ってみましょうかね。気になる点はありますが、彼が日本人だと嬉しいですねぇ・・・・・・」
(にほんじん?)
耳慣れない言葉に私が、パパへ聞き返そうとすると、
「にほんじんを知っているのですか!?」
私より早くアンスが驚いたように聞き返した。
「おや?その口ぶりだと、あなたも知っているようですが、」
「私は、その・・・・・・ライリー様から少しお話を伺っただけで」
「ライリー・・・・・・懐かしいですね。もしかしてあなたは教会関係者ですか?」
「私はライリー様の護衛を務めさせてもらってます」
「ああ、それで・・・・・・私はライリーとは元パーティーメンバーなのですよ」
「知ってます。四英雄のお話は」
「四英雄、その言葉も懐かしい」
アンスは急に私の事を睨んだ。

「お姉ちゃんは知ってたの?彼がにほんじんだって!」
「にほんじんって何よ?私はただ彼の事を連れてくるように頼まれただけよ」
「最初から連れ出すつもりだったの?もう!余計なことしてっ」
「待ってください。連れてくるように頼んだのは私です。リンカさんから黒髪の男性がいると伺いまして、もしその方が日本人なら是非にでも会いたいと、」
「もしかして、教会から何も聞いてないのですか?」
「? 私は何も・・・・・・」
パパとアンスの噛み合わないやり取りを聞いていると、屋敷の方から声がした。
「何をしておるのじゃ!」
(間が悪い)
その声は出来れば聞きたくなかったので会わないようにと、わざわざ自分でパパを探しに畑へ出て来たというのに。

パパとお揃いの黒いローブ姿の女性はすごい剣幕でこちらに向かってきた。
「またそなたか!ここで何をしておる!」
「アーテル、何をそんなに怒っているのです」
「私は怒ってなど・・・・・・それより、すぐ屋敷にお戻りください。その・・・・・・なんと言えばいいのか」
彼女はこちらを気にしながら言葉を濁した。
「お客さんがお見えなのでしょう?すぐ行きます」
「なぜそれを?」
キッ!と、彼女の鋭い視線が私を見下ろす。
「そなたがあの者を連れてきたのか!?この小娘が、いつもこそこそと!」
私は前に出ようとするアンスの裾を引っ張って止めた。
「落ち着いてください。さあ、屋敷に戻りましょう」
パパは奥さんをなだめながら屋敷へ戻っていった。

「ハァー」
アンスが一息ついてから私の方へ向く。
「何?あの態度。あんなこと言われて悔しくないの?」
「悔しいけど、それよりも私が何か言う事で長に迷惑がかからないか、そちらの方が気がかりなのよ」
「だからって、」
「アンス、感情に任せて動いてはダメよ。大人になりなさい」
私も嫌な気分を吐き出すように一息ついた。
「ハァ・・・・・・さてと、何か食べに行かない?嫌な事があった時は食べて忘れるのが一番よ。それにアンタの話も聞きたいしね」
「でも、」
アンスは屋敷の方を見た。
「大丈夫よ、彼なら。長の客人として招かれたのだから」
彼にどんな秘密があるのか知らないけど、私が首を突っ込む事ではない。
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