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第10章

10-24「ユウのターン」

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10-24「ユウのターン」

「・・・・・・日本人」
思わず口からその言葉が出たのは、目の前に立っている女性の耳がチェアリーと違って長くなかったからだ。
「いや、わらわは日本人ではない・・・・・・」
小さなつぶやきだったにもかかわらずオレの言葉が聞こえたのか、チェアリーのおばあさんは耳にかかる髪の毛をかき分け、わざわざ見せてくれた。
「え?」
その耳はオレとさほど変わらない大きさではあったが、先端はエルフらしく尖っていた。
「・・・・・・じゃあ、なんで、」
耳は確かにエルフのものだ。しかし、オレには彼女が日本人の事を知っている様な口ぶりだったのが気になった。
きっと彼女は日本人を知っている。なぜならオレの事を探るような目で見てくるからだ。
オレも彼女の事を見返した。

彼女はオレと同年代と言われても頷ける程とても若々しい。チェアリーにおばあさんだと紹介されなければ年長者だとは分からないだろう。
よく見れば彼女は自身が否定したように、日本人とはかけ離れた容姿をしている。
他のエルフ達の様に顔の輪郭は整い、目鼻立ちも通って美人だ。更にローブ姿でもその下に隠されたスタイルの良さは、うかがいしれた。
けど、際立っていたのはその黒髪だ。前髪は眉毛の位置でパッツンと切りそろえられ、しなやかにまとまった髪はうねることなく真っ直ぐでキレイだった。
黒髪ではあるけど、見れば見るほど日本人には無い雰囲気をまとっている。例えるなら欧米のファッションモデルが黒髪に憧れて真っ黒に髪を染めあげた様な、少し誇張の入ったジャパニーズスタイルといった印象を受ける。

「さあさあ、そんな所に突っ立ってないでテーブルに着いたらどうですか?紅茶でも淹れてあげましょう」
テーブルに着くよう促されたがチェアリーのおばあさんは席に着くことなく、フードをかぶり直しそそくさと庭へ出て行ってしまった。
(なんだったんだろう?)
紅茶が運ばれてくるのを待っている間、オレの言葉を気にしたのかチェアリーが質問してきた。
「ねえ、にほんじんって何?」
「ん?うーん・・・・・・」
どう応えていいか迷った。
「ねえ、教えてよ」
彼女は教えるまで引き下がるつもりはないようだ。テーブルに体を寄せ迫る様に質問する。
オレは腕を組み、天井を見上げ考えた。
「こんな作りの建物に住んでいる人達だよ」
「ふーん・・・・・・」
この屋敷はとても立派だ。こんな家に住んでいる日本人なんてごく限られるだろうし、何よりこれはエルフが建てたものだ。
だとしても、オレのDNAに刻まれた日本人だと足らしめる何かが、太い柱や天井の木組みなどを見ることで日本らしさを感じ取っている。
(誰かが教えたのか?)
この屋敷もそうだが、さっきチェアリーに教えてもらった馬車組合やギルドのシステムは、この世界にしてはどこか出来たサービスだと感じた。
(オレがこの世界に居るんだから、誰か別の日本人がいてもおかしくないよな・・・・・・)

オレは改めて屋敷を見渡した。
休憩所となっている広間の奥には3つの大きな扉がある。どの扉も観音開きの重厚で仰々しい作りだ。
「あの扉の奥がおじいさんの部屋になってるの?」
「ハァ・・・・・・そうだよ」
彼女はしょうがないといった感じに、ため息をついてから応えた。
「真ん中が応接室で、左がおじい様の書斎。右がおばあ様のお部屋。裏手がキッチンとトイレ。寝室と客室は2階」
簡潔な応えだった。
(なんだよ・・・・・・)
それはまるで子供の質問を面倒くさがる様な、そっけない態度に感じた。
(オレ、何かしたかな?)
彼女の機嫌が急に悪くなった気がする。おばあさんと交わした挨拶の仕方が気に入らなかったのだろうか?確かにぎこちないものとなってしまったが、こっちにだって事情があるんだ。
(もしかして挨拶の時、抱き合わないといけなかったとか?)
抱き合う習慣なんて日本人のオレには無い。そもそもおばあさんとはいえ、あんな美人と抱擁を交わすなんてオレには無理だ。緊張して何も言えなくなってしまう。

いつもならおしゃべりなチェアリーが黙ってしまい、気まずい空気が流れた。早く紅茶が運ばれてこないかと、彼女の方は見ず庭を眺めて時間を潰す。
「あぁーん!かわいいっ!!」
急に上がったチェアリーの黄色い声に振り向くと、そこには小さな子供が居た。青い瞳に白い肌、金髪の間から覗く長い耳。エルフの子供だろう。
その子はダブダブのシャツ一枚姿。大人物のシャツをとりあえず着せられているのか、長い裾が床を擦っている。そして胸には帽子の様なものがくしゃくしゃになって握りしめられていた。帽子をかぶらなければいけないというマナーはまだ分かっていないらしい。
露わになっている長い耳は、幼いためか垂れ気味で生まれたての小動物を思わせる。そのつぶらな瞳が無言でオレ達を交互に見上げていた。
(かわいい、)
それは無条件で守ってあげたくなるような可愛さだ。

「おいで、抱っこしてあげる」
チェアリーが自身の太ももをポンポンと叩き呼んだが、その子は怖がってしまったのかオレの方にトコトコと歩いてきてストールの端を掴んだ。
「なんでいつもユウばっかりっ!」
彼女は怒りながらもその声は明るかった。気まずい空気をこの子のあどけなさが払ってくれたようだ。
「ふふっ、ネコと同じでいきなり話しかけたから警戒したんだよ。きっと」
ストールを握りしめて離さないその子に微笑みかけると、思いもよらない言葉が帰ってきた。
「・・・・・・おとうさん」
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