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1話:異界の話
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うだるような暑さに、肌にまとわりつくような湿度。この世界はこんなにも暑かったか。最高気温は40度を超えるという。昔はもっと涼しかっただの、地球温暖化は人間のせいだのなんだのバスを待っている隣のお爺さんに言われているが僕に言われてもしょうがない。昔話されたって「はぁ」としか返せないし、地球温暖化なんて僕一人が努力してどうにかなる問題じゃないし、お爺さんは地球温暖化よりも自分の体を心配してエアコンを付けたほうがいい。倒れて無駄な救急車の出動を避けることができるのだから。
なんて言えたらいいが僕はしがない大学生。お年を召された、ましては怒っている人に火に油注ぐ様なことはしたくない。無駄な労力だ。お爺さんの小言を軽く受け流しているつもりだったが、右から左に抜けていく言葉が見えたのか「ちゃんと話を聞かんか!これだから最近の若い奴は……」と言われてしまった。まさか人生でこの言葉を言われるとは思わなかった。まあその後も右から左のに受け流し、「そうですねぇ」「ええ、ええ」とひたすらに返していた。お爺さんもただ喋りたいだけなのか、先ほどとあまり変わらない返答なのにひたすらに一人で喋り続けていた。ああ、こういう時に限ってバスが来る大分前にバス停に着いてしまうんだよな。バスが来るまであと7分。7分もこの苦痛を味わわなきゃいけないのか。この7分があったらレドクロで釣りして稼げていたのに。
一昔前にマイナーRPGとして紹介されていた「レッドヴァン・クロニクル」略してレドクロ。最新の据え置き機でも遊べる僕が大好きなこのゲーム、冒険は勿論、恋愛にモンスターという名のペット集め、そして何より欠かせない要素が調合!この世界の主人公は異界から迷い込み、王に拾われるところから始まる。主人公は男、基本的に喋ることがなく、相手の反応によりなんて返事したか自分で想像できるのもこのゲームの好きなところだ。この世界には多くの役職あれど、白魔導士、僧侶などのヒーラーの役職が存在しない。回復魔法を使えるのは異界から来た者のみだという。この設定のせいでゲームは賛否を集めていた。主人公しかヒーラーできないから必然と後ろに回るしかなく、戦闘がつまんないやら、あえて自分の職業を最初に教えられる調合を基に回復はポーションのみでクリアするのが楽しいやら、どちらにせよ主人公の立ち回りが難しすぎる等々レビューされていた。一番賛否を集めていたのが「冒険するのも恋愛するのもまったり過ごすのも全ては貴方の自由です」という謳い文句。確かに何するのも自由だったが、全てをクリアするには調合をマスターしなければならなかった。冒険の終わりにも、恋愛から結婚に移るにも、全モンスター収集するにもこの調合を覚えていないと完全な終わりにならないのだ。まったりするには必要ないと思うだろ?まったり過ごすには金がいる。その金にも調合が必要というただの調合ゲーだったのだ。これにはプレイヤーも眉をひそめる。全ては俺の自由って言ったじゃないか!と怒り出す人もいなくはなかったが、割と満足するとこまでは調合をマスターしていなくても出来たため、調合いらなくね?とかほざいているプレイヤーはもれなくエアプと呼ばれていた。エアプ勢はそれに怒り「調合なくとも楽しめる」「公式もそう言ってる」とレビューしていたが、エンドロールを見た真のプレイヤーたちは皆口を揃えてこう言った。「薬草集めたのし~」と。僕?勿論薬草集めたのし~、だ。僕の中学から高校までのゲーム人生はそうしてレドクロに捧げてきた。多分これから過ごすであろう大学生活も社会人生活も、だ。
お爺さんの話を左から右に流し、釣りするのにあの薬草集めなきゃとボーっと道路を眺めていたらボールを自転車のかごに入れたまま走る少年が見えた。なんか嫌な予感がする。この予感が走ったのはほんの僅かな瞬間。少年が走る道路の先にはT字路、その奥からバイクの音がする。この光景が目に入った時にはバックを投げ、お爺さんの驚く顔なんか見もせず少年に向かって走っていた。多分今までの人生の中で一番早く走れていたと思う。少年がT字路に入る瞬間、かごからボールが弾き飛ぶ。それを追いかけようと自転車から降りる少年。その横から速度を落とさず入ってくるバイク。
世界の全てがゆっくりに見えた。落ちたボールを蹴り上げ、少年を自転車の横に突き飛ばす。そうしてバイクは僕の体めがけて一直線に向かってくる。反対車線に取り付けられたカーブミラーに映る自分と目が合った。目が合った瞬間、世界はまた等速に動き出す。
キャーという悲鳴に急ブレーキの音、ボールが跳ねる音に少年が自転車にぶつかる音。そしてゴンッと鈍く鳴り跳ね上がる自分の体。
ああ、少年よ、自転車にぶつかってしまったんだね、ごめんよ上手く突き飛ばせなくて。お爺さん、さっきまで僕に怒っていたのに今度はバイクの運転手に怒っているのか、意外と良いとこあんじゃん。あ、前に並んでた名も知らぬ兄ちゃん、カバンも救急車に電話も何からに何までありがとう。でも、もう無理そうだ。
自分の体から流れる血の海になす術もなくゆっくりと落ちていく僕の瞼。ああ、世界、さようなら。
最後に聞こえたのは「冒険するのも恋愛するのもまったり過ごすのも全ては貴方の自由です」というレドクロのナレーションだった。
なんて言えたらいいが僕はしがない大学生。お年を召された、ましては怒っている人に火に油注ぐ様なことはしたくない。無駄な労力だ。お爺さんの小言を軽く受け流しているつもりだったが、右から左に抜けていく言葉が見えたのか「ちゃんと話を聞かんか!これだから最近の若い奴は……」と言われてしまった。まさか人生でこの言葉を言われるとは思わなかった。まあその後も右から左のに受け流し、「そうですねぇ」「ええ、ええ」とひたすらに返していた。お爺さんもただ喋りたいだけなのか、先ほどとあまり変わらない返答なのにひたすらに一人で喋り続けていた。ああ、こういう時に限ってバスが来る大分前にバス停に着いてしまうんだよな。バスが来るまであと7分。7分もこの苦痛を味わわなきゃいけないのか。この7分があったらレドクロで釣りして稼げていたのに。
一昔前にマイナーRPGとして紹介されていた「レッドヴァン・クロニクル」略してレドクロ。最新の据え置き機でも遊べる僕が大好きなこのゲーム、冒険は勿論、恋愛にモンスターという名のペット集め、そして何より欠かせない要素が調合!この世界の主人公は異界から迷い込み、王に拾われるところから始まる。主人公は男、基本的に喋ることがなく、相手の反応によりなんて返事したか自分で想像できるのもこのゲームの好きなところだ。この世界には多くの役職あれど、白魔導士、僧侶などのヒーラーの役職が存在しない。回復魔法を使えるのは異界から来た者のみだという。この設定のせいでゲームは賛否を集めていた。主人公しかヒーラーできないから必然と後ろに回るしかなく、戦闘がつまんないやら、あえて自分の職業を最初に教えられる調合を基に回復はポーションのみでクリアするのが楽しいやら、どちらにせよ主人公の立ち回りが難しすぎる等々レビューされていた。一番賛否を集めていたのが「冒険するのも恋愛するのもまったり過ごすのも全ては貴方の自由です」という謳い文句。確かに何するのも自由だったが、全てをクリアするには調合をマスターしなければならなかった。冒険の終わりにも、恋愛から結婚に移るにも、全モンスター収集するにもこの調合を覚えていないと完全な終わりにならないのだ。まったりするには必要ないと思うだろ?まったり過ごすには金がいる。その金にも調合が必要というただの調合ゲーだったのだ。これにはプレイヤーも眉をひそめる。全ては俺の自由って言ったじゃないか!と怒り出す人もいなくはなかったが、割と満足するとこまでは調合をマスターしていなくても出来たため、調合いらなくね?とかほざいているプレイヤーはもれなくエアプと呼ばれていた。エアプ勢はそれに怒り「調合なくとも楽しめる」「公式もそう言ってる」とレビューしていたが、エンドロールを見た真のプレイヤーたちは皆口を揃えてこう言った。「薬草集めたのし~」と。僕?勿論薬草集めたのし~、だ。僕の中学から高校までのゲーム人生はそうしてレドクロに捧げてきた。多分これから過ごすであろう大学生活も社会人生活も、だ。
お爺さんの話を左から右に流し、釣りするのにあの薬草集めなきゃとボーっと道路を眺めていたらボールを自転車のかごに入れたまま走る少年が見えた。なんか嫌な予感がする。この予感が走ったのはほんの僅かな瞬間。少年が走る道路の先にはT字路、その奥からバイクの音がする。この光景が目に入った時にはバックを投げ、お爺さんの驚く顔なんか見もせず少年に向かって走っていた。多分今までの人生の中で一番早く走れていたと思う。少年がT字路に入る瞬間、かごからボールが弾き飛ぶ。それを追いかけようと自転車から降りる少年。その横から速度を落とさず入ってくるバイク。
世界の全てがゆっくりに見えた。落ちたボールを蹴り上げ、少年を自転車の横に突き飛ばす。そうしてバイクは僕の体めがけて一直線に向かってくる。反対車線に取り付けられたカーブミラーに映る自分と目が合った。目が合った瞬間、世界はまた等速に動き出す。
キャーという悲鳴に急ブレーキの音、ボールが跳ねる音に少年が自転車にぶつかる音。そしてゴンッと鈍く鳴り跳ね上がる自分の体。
ああ、少年よ、自転車にぶつかってしまったんだね、ごめんよ上手く突き飛ばせなくて。お爺さん、さっきまで僕に怒っていたのに今度はバイクの運転手に怒っているのか、意外と良いとこあんじゃん。あ、前に並んでた名も知らぬ兄ちゃん、カバンも救急車に電話も何からに何までありがとう。でも、もう無理そうだ。
自分の体から流れる血の海になす術もなくゆっくりと落ちていく僕の瞼。ああ、世界、さようなら。
最後に聞こえたのは「冒険するのも恋愛するのもまったり過ごすのも全ては貴方の自由です」というレドクロのナレーションだった。
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