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たい焼き大好き、大納言
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「先生、質問です」
「誰が先生ですか」
「銀河とか銀河系とか天の川とか星雲とかいろいろ言ってるでしょ。何が何だか区別もつかなくて、何が違うんですか」
「え~と」
太陽と太陽系なら別のものを指しているのははっきりしている。銀河と銀河系って同じじゃないか? すると、系ってなによ、系って。
ともあれアンドロメダ姐さんはさんざん、もやもやさんをびびらせてから、元の位置に帰っていった。食いしん坊の姐さん。恒星と恒星は衝突することはめったにない。あまりにも離れているからだ。ところが、銀河と銀河はその大きさと離れ具合いを考えると恒星よりはるかに密集している。銀河と銀河の衝突は実は珍しいことではないのだ。
アンドロメダ銀河には多くの銀河と衝突して合体した痕跡が残されているという。小銀河を食べて成長するのは銀河の生態として普通のこと。
現在観測されている銀河には大きく形が崩れているものや、ふたつがくっついた双子銀河とでも呼ぶべきものが、多々発見されている。銀河の衝突の際にも恒星同士の衝突はめったになくて、お互いの間をすり抜けてしまい、ただ重力の影響で位置を大きく変えてしまう。銀河の外へ弾き飛ばされてしまう不運なお星さまもいるそうで。もはや二度と元の銀河には帰れない。惑星たちだけを引き連れ孤独な航海、恒星間とは桁違いに広い虚空を……。
銀河は衝突して、大きく形を変え、元の美しい姿に戻るまでに数億年、数十億年かかる。そのプロセスをそこに棲むシーフードはすべてを知ることはできない。シーフードたちは短命で、忙しすぎて、いつも空腹だから。
アンドロメダ姐さんだけではないのですよ。我が天の川銀河もいくつもの小銀河を屠っているのです。現在でもいくつかの小銀河を引き連れています。伴銀河といいます。大小マゼラン雲は有名ですよね。彼らもいつか、天の川の一部になっちゃう……ともいわれてますが、あるいは天の川の重力振り切ってどこかへ行ってしまう、という説もあるそうです。その成り行きを知ることはできるのでしょうか。あたしたちはあまりにも短命で、忙しすぎて、いつも空腹なのです。お仕事もして、恋愛にもはげまなくちゃ。宇宙ばかり見てらんない。
さて、アンドロメダ姐さんがもといた場所に戻ったとすると……二百五十万光年かなただから、完全に光速超えてますね。物理法則に従っていたら、この広い宇宙、どこにもいけないね。淋しい。
天の川銀河をはるかに見下ろすここらあたりでは、地球なんか、点にも見えない。
あたしたちもそろそろ帰ろうか。
「こんな遠くまで来るとは先ほどまで思ってもみなかったなぁ。すごいものを見せていただきました。しじみさまのしもべになってよかった」
「あたしゃ君を家来にした覚えはないが」
「なんでも命令してください」
「そんなこと言われても。ちなみに君は何ができるの」
「なにもできません」
「あら、そう」
足の下にある天の川銀河は少しずつ大きくなっている。エレベーターのように、真っすぐ下がっているんだ。ねっとりと重く光る液体が渦巻いているよう、なんだかしゃがんで池の底を覗いているような気分。金魚や鯉がいるんじゃないかな。
ポップコーン持ってたらばらまいちゃうぞ。
「いちばん明るいバルジ。まさに『膨らみ』って意味なんですって。比較的古い恒星が多いそうです。つまり銀河の星々はどれもが同じタイミングで誕生したわけではないってことね。銀河円盤の外側の星は割合できたて、あたしたちの太陽も古くはない。四十数億年しか使ってない。まだ充分使えます。
銀河の領域は明るく見えているところより、はるかに大きいんです。ハローというガスにすっぽり包まれています。赤くふんわりとした球状星団、伴銀河、さらには銀河の残骸が何本もリボンのように取り巻いています。けっこう複雑でしょ。
あのあたり、どら焼きでいうならあんこのたっぷり詰まっているところ……銀河ってどら焼きそっくりよね。くすっ」
そのどら焼きは下方の視野のほとんどを占めるまでになっていた。光より早く近づいているんですよね。「たい焼きはお好きですか」どら焼きにつられてなんとなく訊いてみた。他意はない。
「たい焼き。そーねー、どら焼きとあまり違いもないような気もするけど。前に友達がたい焼き持っててねぇ、頭と尻尾どっち食べたいって訊くのよ。半分くれるんだと思うでしょ。でも遠慮して、シッポ! あたしは答えたの。彼女、尻尾をくれた。ホントに尻尾だけちぎってね。あんこ、はいってねーの」
「しじみさまをだましたんだな! 許せない」
私は憤慨する。
「いや、そこ怒るところじゃないから」
すると、なにするところだ?
「ともあれ、あたし……」しじみのことばがつづかない。なんと彼女、床に膝をつき、手もついて四つんばいで下を見ているじゃないか。どうした、金魚でも見つけましたか。
あれ、天の川銀河の形が変わってるような気がする。魚の形になってるような。
はっきりいうと、あれですな、リアルな魚ではなく、たい焼きそっくりだ。よく見ると、ヒレやウロコまで表現されているではないか。通常のたい焼きよりは目は大きめである。赤い目なので、あるいは比較的古い恒星が集まっているのかも……。輪郭線がすっきりしているので、数匹いっぺんに焼く型ではなく、昔ながらの一匹づつ焼く型を使用しているのではないかと思われた。
「まいったな。たい焼きの暗示に引きずられちゃったかな……。もとに戻らない。やばい、やばい」
しじみは小声でなにかつぶやいてる。
「あの……何か、問題でも発生しましたか」
「いや、その、あはは」
「人形焼きというのもありますね」
私なりの乏しい知識の内でも、しじみが喜びそうな話題をふろうと必死である。
「うわあ、人形焼き。熱々なのは美味しいよね。提灯とかハトさんとか……仁王さまとか……。大納言じゃなくこしあんかなぁ、とか。戻ろうね、エビハラさんのこともすっかりお留守になっちゃって」
エビハラ星人のことはお留守のままでもいいのだけれど、楽しそうなしじみを見て、私もうれしい。さあ、戻りましょう。
「誰が先生ですか」
「銀河とか銀河系とか天の川とか星雲とかいろいろ言ってるでしょ。何が何だか区別もつかなくて、何が違うんですか」
「え~と」
太陽と太陽系なら別のものを指しているのははっきりしている。銀河と銀河系って同じじゃないか? すると、系ってなによ、系って。
ともあれアンドロメダ姐さんはさんざん、もやもやさんをびびらせてから、元の位置に帰っていった。食いしん坊の姐さん。恒星と恒星は衝突することはめったにない。あまりにも離れているからだ。ところが、銀河と銀河はその大きさと離れ具合いを考えると恒星よりはるかに密集している。銀河と銀河の衝突は実は珍しいことではないのだ。
アンドロメダ銀河には多くの銀河と衝突して合体した痕跡が残されているという。小銀河を食べて成長するのは銀河の生態として普通のこと。
現在観測されている銀河には大きく形が崩れているものや、ふたつがくっついた双子銀河とでも呼ぶべきものが、多々発見されている。銀河の衝突の際にも恒星同士の衝突はめったになくて、お互いの間をすり抜けてしまい、ただ重力の影響で位置を大きく変えてしまう。銀河の外へ弾き飛ばされてしまう不運なお星さまもいるそうで。もはや二度と元の銀河には帰れない。惑星たちだけを引き連れ孤独な航海、恒星間とは桁違いに広い虚空を……。
銀河は衝突して、大きく形を変え、元の美しい姿に戻るまでに数億年、数十億年かかる。そのプロセスをそこに棲むシーフードはすべてを知ることはできない。シーフードたちは短命で、忙しすぎて、いつも空腹だから。
アンドロメダ姐さんだけではないのですよ。我が天の川銀河もいくつもの小銀河を屠っているのです。現在でもいくつかの小銀河を引き連れています。伴銀河といいます。大小マゼラン雲は有名ですよね。彼らもいつか、天の川の一部になっちゃう……ともいわれてますが、あるいは天の川の重力振り切ってどこかへ行ってしまう、という説もあるそうです。その成り行きを知ることはできるのでしょうか。あたしたちはあまりにも短命で、忙しすぎて、いつも空腹なのです。お仕事もして、恋愛にもはげまなくちゃ。宇宙ばかり見てらんない。
さて、アンドロメダ姐さんがもといた場所に戻ったとすると……二百五十万光年かなただから、完全に光速超えてますね。物理法則に従っていたら、この広い宇宙、どこにもいけないね。淋しい。
天の川銀河をはるかに見下ろすここらあたりでは、地球なんか、点にも見えない。
あたしたちもそろそろ帰ろうか。
「こんな遠くまで来るとは先ほどまで思ってもみなかったなぁ。すごいものを見せていただきました。しじみさまのしもべになってよかった」
「あたしゃ君を家来にした覚えはないが」
「なんでも命令してください」
「そんなこと言われても。ちなみに君は何ができるの」
「なにもできません」
「あら、そう」
足の下にある天の川銀河は少しずつ大きくなっている。エレベーターのように、真っすぐ下がっているんだ。ねっとりと重く光る液体が渦巻いているよう、なんだかしゃがんで池の底を覗いているような気分。金魚や鯉がいるんじゃないかな。
ポップコーン持ってたらばらまいちゃうぞ。
「いちばん明るいバルジ。まさに『膨らみ』って意味なんですって。比較的古い恒星が多いそうです。つまり銀河の星々はどれもが同じタイミングで誕生したわけではないってことね。銀河円盤の外側の星は割合できたて、あたしたちの太陽も古くはない。四十数億年しか使ってない。まだ充分使えます。
銀河の領域は明るく見えているところより、はるかに大きいんです。ハローというガスにすっぽり包まれています。赤くふんわりとした球状星団、伴銀河、さらには銀河の残骸が何本もリボンのように取り巻いています。けっこう複雑でしょ。
あのあたり、どら焼きでいうならあんこのたっぷり詰まっているところ……銀河ってどら焼きそっくりよね。くすっ」
そのどら焼きは下方の視野のほとんどを占めるまでになっていた。光より早く近づいているんですよね。「たい焼きはお好きですか」どら焼きにつられてなんとなく訊いてみた。他意はない。
「たい焼き。そーねー、どら焼きとあまり違いもないような気もするけど。前に友達がたい焼き持っててねぇ、頭と尻尾どっち食べたいって訊くのよ。半分くれるんだと思うでしょ。でも遠慮して、シッポ! あたしは答えたの。彼女、尻尾をくれた。ホントに尻尾だけちぎってね。あんこ、はいってねーの」
「しじみさまをだましたんだな! 許せない」
私は憤慨する。
「いや、そこ怒るところじゃないから」
すると、なにするところだ?
「ともあれ、あたし……」しじみのことばがつづかない。なんと彼女、床に膝をつき、手もついて四つんばいで下を見ているじゃないか。どうした、金魚でも見つけましたか。
あれ、天の川銀河の形が変わってるような気がする。魚の形になってるような。
はっきりいうと、あれですな、リアルな魚ではなく、たい焼きそっくりだ。よく見ると、ヒレやウロコまで表現されているではないか。通常のたい焼きよりは目は大きめである。赤い目なので、あるいは比較的古い恒星が集まっているのかも……。輪郭線がすっきりしているので、数匹いっぺんに焼く型ではなく、昔ながらの一匹づつ焼く型を使用しているのではないかと思われた。
「まいったな。たい焼きの暗示に引きずられちゃったかな……。もとに戻らない。やばい、やばい」
しじみは小声でなにかつぶやいてる。
「あの……何か、問題でも発生しましたか」
「いや、その、あはは」
「人形焼きというのもありますね」
私なりの乏しい知識の内でも、しじみが喜びそうな話題をふろうと必死である。
「うわあ、人形焼き。熱々なのは美味しいよね。提灯とかハトさんとか……仁王さまとか……。大納言じゃなくこしあんかなぁ、とか。戻ろうね、エビハラさんのこともすっかりお留守になっちゃって」
エビハラ星人のことはお留守のままでもいいのだけれど、楽しそうなしじみを見て、私もうれしい。さあ、戻りましょう。
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