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ミジンコガールズは
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シーフードミックス!
「なにはともあれ、完結しました!」
「お散歩話法とかいって、わざわざストーリーが遅延する小説、よく書くね。読むひとのことも考えればいいのに」
「わぁ、いきなりケチつけだしたね」
「その前にすることあるでしょ」
「そーでした」
お読みくださった皆さま、ありがとうございました!
「思わず『数少ない』と加えそうになったわ」
「ケチつけるねー」
「あたしら、みんな同じキャラかと思っていたけど、そうでもなさそう」
あたしたち、ミジンコガールズで~す。ママを筆頭に2代目3代目……n代目まで、もうすでに誰が誰やらわからなくなっていますが、まーいいじゃないか。アミ族や蜆貝たち、あたしたちを含めてやたら数ばかり多いキャラが登場していますが、それぞれ1個と考えても全然構わない。それでなくても異常に多くのキャラが登場するお話なのです。
もともと作者は宇宙冒険のお話を書くつもりはなかったのでした。もやもやがしじみの内宇宙に行くシーンの構想はなくて、エビハラさんと話しているうちにタコとの遭遇、そのままエンディングの予定。当然ミジンコガールズなんて考えてもいなかった!
ミジンコガールズ・ママの初登場の際も、それきりの予定だったのですね。
しじみの知らないことを彼女に語らせるわけにいかないので、便宜的に登場させたキャラなんです、あたしたちのママ。使い捨てのティッシュみたいなもんです。ところが一度登場したキャラはなかなか絶滅しないのです、わはは。
当初の構想では小説の全てはもやもやの語り、しじみは三人称での登場のはずだった。ところが「あたしは」「あたしは」……三人称のしじみ、ずっとしゃべっている。全然三人称にならない。
作者は軌道修正を試みるもしじみに押し切られてしまう。結局「しじみ」とした部分を「あたし」に直すことにして、大部分をしじみの一人称小説にしたのです。全編もやもやの語りの構想は中止です。
「でもま、もやもやさんの語りの部分が少なくなってよくなったんじゃないの」
「そうそう、人間のお嬢さんの『しじみちゃん』はあたしらとキャラかぶってるんですからね、よっぽどいいわ」
「でも、あたしらの方がクールよね」
「クール」
「クール、クール」
ここでキャラの皆さんへの慰労もかねて名前を列記させてもらうわね。
しじみ・もやもや・あっちゃん・名前不明の少年くん・レジのおばさん・交通整理のおじさん・エビハラさん・バーガーショップのお姐さん・グルメさん・地球ぼーえー軍のお兄さん・アンドロメダ姐さん・メアリさん・メンダコさん・アミ族の皆さん・たらおさ艦長・たらおさ姐さん・そして何より超光速スーパー宇宙船さん、メインキャラ……というよりメインメカ。なぜ名前がついてないのか不思議だよね。さらに海洋生物多数・過去の名作SFの宇宙人多数……。
「ちょっと待って、グルメも入るの?」
「入るわ」
「うそ、じゃあコックも?」
「入れちゃえ」
「ミラーさん」
「じゃあ腹ぺこお母さん、腹ぺこお嬢さん」
「アインシュタイン博士フランケンシュタイン博士」
「H.G.ウエルズ!」
「田西さん、浅利さん」
「カレー煎餅・ダイコン」
「待て待て待て、さすがにキャラじゃねーだろ」
「ママ、ママ、解説お願い」
「どれがママなの?」
SF物語には宇宙人やらロボットやら人外もよく出てくるけど、人間と違うのは外見だけ。同じように思考し、同じようにコミュニケーションする。擬人化といいます。印象的な姿をしたキャラクターに過ぎないということ。
また物語には地形とか、気象とか、小道具とかさまざまな「もの」「こと」がでてきますが、それなりの感情をともなって現れるのです。物語には不必要なものは登場しません。
しじみがスーパーで買い求めたものが、物語の要所に再登場していますね。
小道具でも感情や情感を表現することができます。たとえばアニメでも、情景描写と感情表現がリンクするのは珍しいことではありません。
作者は「カレー煎餅」や「ダイコン」もキャラクターであり得るという発見をしたのですね。そうか、森羅万象はキャラクターなんだ! って。
「え~と、ここ笑うところかしら」
「何いってんの、ミジンコだってキャラクターたりうるという発見なのよ」
「森羅万象というと……?」
「すべてのもの。大は銀河から星間ガス、太陽系、惑星、海、大陸、大気の大循環」
「街も港も道路も川も」
「人も獣も魚介類からプランクトンまで」
「光も影も、タンパク質も」
「分子も原子もクオークも」
「忘れてくれるなダークマター」
「ヘリウムも、じゃなかったっけ?」
「シーフードミックス」のお話のなかではクオークにふれなかった気もするけれど、そんなことはどうでもいいことね。シーフード宇宙では森羅万象がたましいを持ち、生きているのです。喜びや悲しみを無生物でも感じます。そして表現するのです。
しじみお嬢さんの子供っぽいアミニズム的宇宙がすなわちシーフード宇宙、なのです。
全てが生きている。お人形さんもぬいぐるみさんもお花も柱時計さんもお友だち。台詞をしゃべらないお友だちもたくさんいるんですけどね。
シーフードミックス宇宙を決定づけたのは「カレー煎餅」「ダイコン」というふたりのキャラだったということです。ふたりがどんなキャラだったかということはそれほど問題ではなく、キャラであり得るという発見。作者がそれを発見したということね。
ニュートンはリンゴを見て万有引力の法則を発見しましたが、それはリンゴに特異な性質によるものではないということです。わかるよね?
「うーん」
「うなるほどややこしい話じゃないよ」
「そ~かな」
「しじみちゃんが作者じゃないの?」
ではないけどこの話の作者は登場人物をコントロールできないみたい。作者はお話について試行錯誤はしています。ところがお話の推進力は明らかにしじみちゃんにあります。
キャラクターのなかには強いキャラ弱いキャラというものが明確にあるみたいです。強いキャラは作者の思い通りにならず、好き勝手にしゃべります。作者の知らないことまでしゃべろうとする。作者の想定通りの行動をしない。暴れ馬ですね。
暴れ馬の筆頭がしじみちゃん。
作者は書きあぐねていた物語の「語り手」を押し付けることもやりました。彼女なら勝手に話を進めてくれるんじゃないかな……?
出だしだけ、2ページぐらいしか書けなかった小説。そんな出来損ないの小説のカケラがアステロイドのようにごろごろあったのですね。作者は書きたいけど書けないひとだったのね。
もくろみ通り彼女は完結させちゃった。
「ホントの作者はしじみちゃんじゃないの?」
「そうね、思うに作者は乾電池のようなもの。エネルギー源ではあるものの、それだけではなにもできない。物語を作るのは作者ではなく登場人物です。しじみちゃんに限らず」
森羅万象がキャラクターであるということとは別の話ですが。どちらにしても、シーフードミックス宇宙に限ってということです。
「でもさ、あたしたちも作中人物じゃない。あたしたちがストーリー作らなくちゃいけないの」
「それは責任重大」
「だからね、あんたたち、しっかりしないとね。ぼんやりしてちゃ駄目ね」
「ぼんやりしてるキャラなの」
「うわぁ、しっかりぼんやりしなきゃいけないのか。むっずかしい~」
「ママ、あたしたちにプレッシャーかけようとしてるの?」
「でも脅かしてもコントロールできないわよ、あたしたち、作中人物だから」
「人物じゃないけどね」
「やれやれ、好きにしなさい」
さて、あのお嬢さんたちの船はこの太陽系から離脱していきました。銀河の外まで行っちゃいました。街かどで犬にほえられて太平洋越えて逃げるみたいに大げさな話だけど、元気なお子たちね、ということで……。
地球にいた元来のしじみちゃん、忘れ物も届けてもらい、めでたく帰宅できました。これでお話は《おわり》ですね。「ミジンコガールズのおしゃべり」は物語の外縁を周回する衛星のようなものです。番外編というか解説というか。そもそもあたしは「解説」的な文章を担当するために生まれたのですが、自己解説というものは、客観的にみると相当に恥ずかしいものですよ。なるべくしないほうがいい。
それでは、あたしたちも退場しましょうかね。まず天の川銀河をぶらっと回ってみて……きな臭いところはちょっとさけて、いくら腹ぺこお母さんが絶大な力を持っていても、銀河全体からすればごく僅かな範囲しか支配していないのだから。
差し渡し千光年の領域の支配者でも、銀河帝国の皇帝名乗っちゃいけませんぜ、ってことね。拮抗する力の「酔いどれお父さん」なんていたりしてね。
銀河内の争いの帰結には興味はありません。お母さんといえども、結局はエントロピー増大則に押し流され滅びていくのでしょうから。その前に弱小種族が滅ぼされるというだけのこと。わざわざ不必要な苦しみは生まなければいいのにとは思います。
シーフードたちの想いとは関わりなく宇宙は膨張しています。宇宙のいたるところで恒星は生まれエネルギーは放射されています。まるで自動的に温まる駅弁のように。まだまだ宇宙は古くなってはいない。シーフードたちが利用しているエネルギーなど、生み出される総エネルギーのほんのわずか。ちょっぴり。慎ましやかなものです。
銀河のそこここで、わらわら蠢いているシーフードたちはコップのような水たまりに蠢く微生物となんら変わりないのです。恒星の輻射の穏やかなあたりをのんびり見物したり、珍味を味わったり、飽きたらアンドロメダ銀河にでも足を伸ばしましょうか。銀河たちもいくつかまとまって存在しています。局所銀河群。飛び石伝いに巡るのもいい。宇宙の大規模構造を考えれば銀河群を伝ってどこまでも行けるかな? 海綿の微細な姿に大宇宙はそっくりなのです。
銀河の八十八でも巡ってから……また故郷、地球に戻りましょう。もちろん光速なんてちんたらしたスピードじゃ間に合わない。五〇億年後ぐらいに、なんて思ってますから。その頃には太陽の使用年数も終わりに近づいて、主系列星からはずれて、巨大に膨れ上がっているかも知れない。だから故郷とはいっても地球は太陽のきわきわを漂っているかもね。
あるいは……どどんと大輪の花火が上がっているかな。それはそれで楽しみ、惑星状星雲です。不安定な太陽はついにバランスを崩して爆発します。その時には近所には生身のシーフードなど住んでいないでしょうが。小さな太陽の芯だけ残し、構成物質・大量のガスを宇宙にまき散らします。ガスの散布は一回だけではなく、段階を経ていくつもあるかも知れない。すると複雑精妙なガスのリングが広がります。太陽の芯(白色矮星)の輝きを受け、成分元素ごとに色合いを変えた花が開くのです。
かたち様々、惑星状星雲はふたつとして同じものはありません。ブラックホールが誕生するような大爆発の派手さはないとしても、この宇宙で最も美しい光景といえましょう。「玉屋ぁ!」「うるさいわね!」
その時には第一世代のママ、その娘や孫たちはとうに生を全うしているでしょうが、子孫たちは増えに増え、大銀河のような集団になっているかもよ。
もちろん、あたしたちの誕生の「第一原因」たるしじみちゃんもこの世のものではないでしょう。そして、あなた。読者のあなたも存在してないでしょう。でも、転生を繰り返し、繰り返して、そこに到達することは可能ですよ。もはや人間ではないかも知れない。タンパク質とDNAのコラボした水袋ではなく、何かまったく別なモノになりかわっているかもしれない。
それでもあなたは、あなたです(たぶん)。
あたしもあたしの子孫たちのなかになんらかのパターンを残すつもりです。生物は簡単に壊れてすぐ死んじゃうけど、それでもなんともしぶといのです。たかだか五〇億年。宇宙随一の芸術作品と化したお日さまの残骸、極彩色の大曼荼羅のもと、再会しましょうね。
悲壮な覚悟の上の旅ではない、あくまで物見遊山の旅ですから。
さぁさぁ娘たち、出かけるわよ!
手荷物もないから身軽なもの。
ガス惑星から一気に離れ、飛び交うシーフード躱して躱して、あたしらミニサイズだからぶつかる危険も小さいけれど、黄金のウニ丼見かけたからちょいと周回して……艦内では今後の作戦会議をしているわ。なにしろ旗艦、海鮮軍の総司令は早々に壊滅してしまったから。
高級牡蠣に乗り組んでいたモノリスガールの進言で総司令は凶暴な顎のなか自ら飛び込んでしまった。しかも友軍を狙い撃ちまでして。……主役は最後に登場するのが鉄則なんですよ。
さてウニ丼ではやはりモノリスガールであるたらおさ姐さんが熱弁をふるっているわ。
「我々は腹ぺこお母さんの殲滅を図るより、惑星〈サファイア〉の住人のみなさんの安全に貢献すべきです!」
クルーのなかには姐さんに向かって(うっかり)「はい、キャプテン」って叫んじゃうひともいるからね。
姐さんの企みはともかく、その作戦に専念してくれればありがたいですね。
さぁ、あたしたちはこの太陽系からテイクオフしますよ。ガイドマップもない旅行、わくわくします。まもなく電波では会話もままならない領域へ行きますからね。
再会を期して。
ご機嫌よう。
さようならぁ~!
待ち合わせの時間は、十億年ぐらいは余裕を持ってね。バイバイ!
「なにはともあれ、完結しました!」
「お散歩話法とかいって、わざわざストーリーが遅延する小説、よく書くね。読むひとのことも考えればいいのに」
「わぁ、いきなりケチつけだしたね」
「その前にすることあるでしょ」
「そーでした」
お読みくださった皆さま、ありがとうございました!
「思わず『数少ない』と加えそうになったわ」
「ケチつけるねー」
「あたしら、みんな同じキャラかと思っていたけど、そうでもなさそう」
あたしたち、ミジンコガールズで~す。ママを筆頭に2代目3代目……n代目まで、もうすでに誰が誰やらわからなくなっていますが、まーいいじゃないか。アミ族や蜆貝たち、あたしたちを含めてやたら数ばかり多いキャラが登場していますが、それぞれ1個と考えても全然構わない。それでなくても異常に多くのキャラが登場するお話なのです。
もともと作者は宇宙冒険のお話を書くつもりはなかったのでした。もやもやがしじみの内宇宙に行くシーンの構想はなくて、エビハラさんと話しているうちにタコとの遭遇、そのままエンディングの予定。当然ミジンコガールズなんて考えてもいなかった!
ミジンコガールズ・ママの初登場の際も、それきりの予定だったのですね。
しじみの知らないことを彼女に語らせるわけにいかないので、便宜的に登場させたキャラなんです、あたしたちのママ。使い捨てのティッシュみたいなもんです。ところが一度登場したキャラはなかなか絶滅しないのです、わはは。
当初の構想では小説の全てはもやもやの語り、しじみは三人称での登場のはずだった。ところが「あたしは」「あたしは」……三人称のしじみ、ずっとしゃべっている。全然三人称にならない。
作者は軌道修正を試みるもしじみに押し切られてしまう。結局「しじみ」とした部分を「あたし」に直すことにして、大部分をしじみの一人称小説にしたのです。全編もやもやの語りの構想は中止です。
「でもま、もやもやさんの語りの部分が少なくなってよくなったんじゃないの」
「そうそう、人間のお嬢さんの『しじみちゃん』はあたしらとキャラかぶってるんですからね、よっぽどいいわ」
「でも、あたしらの方がクールよね」
「クール」
「クール、クール」
ここでキャラの皆さんへの慰労もかねて名前を列記させてもらうわね。
しじみ・もやもや・あっちゃん・名前不明の少年くん・レジのおばさん・交通整理のおじさん・エビハラさん・バーガーショップのお姐さん・グルメさん・地球ぼーえー軍のお兄さん・アンドロメダ姐さん・メアリさん・メンダコさん・アミ族の皆さん・たらおさ艦長・たらおさ姐さん・そして何より超光速スーパー宇宙船さん、メインキャラ……というよりメインメカ。なぜ名前がついてないのか不思議だよね。さらに海洋生物多数・過去の名作SFの宇宙人多数……。
「ちょっと待って、グルメも入るの?」
「入るわ」
「うそ、じゃあコックも?」
「入れちゃえ」
「ミラーさん」
「じゃあ腹ぺこお母さん、腹ぺこお嬢さん」
「アインシュタイン博士フランケンシュタイン博士」
「H.G.ウエルズ!」
「田西さん、浅利さん」
「カレー煎餅・ダイコン」
「待て待て待て、さすがにキャラじゃねーだろ」
「ママ、ママ、解説お願い」
「どれがママなの?」
SF物語には宇宙人やらロボットやら人外もよく出てくるけど、人間と違うのは外見だけ。同じように思考し、同じようにコミュニケーションする。擬人化といいます。印象的な姿をしたキャラクターに過ぎないということ。
また物語には地形とか、気象とか、小道具とかさまざまな「もの」「こと」がでてきますが、それなりの感情をともなって現れるのです。物語には不必要なものは登場しません。
しじみがスーパーで買い求めたものが、物語の要所に再登場していますね。
小道具でも感情や情感を表現することができます。たとえばアニメでも、情景描写と感情表現がリンクするのは珍しいことではありません。
作者は「カレー煎餅」や「ダイコン」もキャラクターであり得るという発見をしたのですね。そうか、森羅万象はキャラクターなんだ! って。
「え~と、ここ笑うところかしら」
「何いってんの、ミジンコだってキャラクターたりうるという発見なのよ」
「森羅万象というと……?」
「すべてのもの。大は銀河から星間ガス、太陽系、惑星、海、大陸、大気の大循環」
「街も港も道路も川も」
「人も獣も魚介類からプランクトンまで」
「光も影も、タンパク質も」
「分子も原子もクオークも」
「忘れてくれるなダークマター」
「ヘリウムも、じゃなかったっけ?」
「シーフードミックス」のお話のなかではクオークにふれなかった気もするけれど、そんなことはどうでもいいことね。シーフード宇宙では森羅万象がたましいを持ち、生きているのです。喜びや悲しみを無生物でも感じます。そして表現するのです。
しじみお嬢さんの子供っぽいアミニズム的宇宙がすなわちシーフード宇宙、なのです。
全てが生きている。お人形さんもぬいぐるみさんもお花も柱時計さんもお友だち。台詞をしゃべらないお友だちもたくさんいるんですけどね。
シーフードミックス宇宙を決定づけたのは「カレー煎餅」「ダイコン」というふたりのキャラだったということです。ふたりがどんなキャラだったかということはそれほど問題ではなく、キャラであり得るという発見。作者がそれを発見したということね。
ニュートンはリンゴを見て万有引力の法則を発見しましたが、それはリンゴに特異な性質によるものではないということです。わかるよね?
「うーん」
「うなるほどややこしい話じゃないよ」
「そ~かな」
「しじみちゃんが作者じゃないの?」
ではないけどこの話の作者は登場人物をコントロールできないみたい。作者はお話について試行錯誤はしています。ところがお話の推進力は明らかにしじみちゃんにあります。
キャラクターのなかには強いキャラ弱いキャラというものが明確にあるみたいです。強いキャラは作者の思い通りにならず、好き勝手にしゃべります。作者の知らないことまでしゃべろうとする。作者の想定通りの行動をしない。暴れ馬ですね。
暴れ馬の筆頭がしじみちゃん。
作者は書きあぐねていた物語の「語り手」を押し付けることもやりました。彼女なら勝手に話を進めてくれるんじゃないかな……?
出だしだけ、2ページぐらいしか書けなかった小説。そんな出来損ないの小説のカケラがアステロイドのようにごろごろあったのですね。作者は書きたいけど書けないひとだったのね。
もくろみ通り彼女は完結させちゃった。
「ホントの作者はしじみちゃんじゃないの?」
「そうね、思うに作者は乾電池のようなもの。エネルギー源ではあるものの、それだけではなにもできない。物語を作るのは作者ではなく登場人物です。しじみちゃんに限らず」
森羅万象がキャラクターであるということとは別の話ですが。どちらにしても、シーフードミックス宇宙に限ってということです。
「でもさ、あたしたちも作中人物じゃない。あたしたちがストーリー作らなくちゃいけないの」
「それは責任重大」
「だからね、あんたたち、しっかりしないとね。ぼんやりしてちゃ駄目ね」
「ぼんやりしてるキャラなの」
「うわぁ、しっかりぼんやりしなきゃいけないのか。むっずかしい~」
「ママ、あたしたちにプレッシャーかけようとしてるの?」
「でも脅かしてもコントロールできないわよ、あたしたち、作中人物だから」
「人物じゃないけどね」
「やれやれ、好きにしなさい」
さて、あのお嬢さんたちの船はこの太陽系から離脱していきました。銀河の外まで行っちゃいました。街かどで犬にほえられて太平洋越えて逃げるみたいに大げさな話だけど、元気なお子たちね、ということで……。
地球にいた元来のしじみちゃん、忘れ物も届けてもらい、めでたく帰宅できました。これでお話は《おわり》ですね。「ミジンコガールズのおしゃべり」は物語の外縁を周回する衛星のようなものです。番外編というか解説というか。そもそもあたしは「解説」的な文章を担当するために生まれたのですが、自己解説というものは、客観的にみると相当に恥ずかしいものですよ。なるべくしないほうがいい。
それでは、あたしたちも退場しましょうかね。まず天の川銀河をぶらっと回ってみて……きな臭いところはちょっとさけて、いくら腹ぺこお母さんが絶大な力を持っていても、銀河全体からすればごく僅かな範囲しか支配していないのだから。
差し渡し千光年の領域の支配者でも、銀河帝国の皇帝名乗っちゃいけませんぜ、ってことね。拮抗する力の「酔いどれお父さん」なんていたりしてね。
銀河内の争いの帰結には興味はありません。お母さんといえども、結局はエントロピー増大則に押し流され滅びていくのでしょうから。その前に弱小種族が滅ぼされるというだけのこと。わざわざ不必要な苦しみは生まなければいいのにとは思います。
シーフードたちの想いとは関わりなく宇宙は膨張しています。宇宙のいたるところで恒星は生まれエネルギーは放射されています。まるで自動的に温まる駅弁のように。まだまだ宇宙は古くなってはいない。シーフードたちが利用しているエネルギーなど、生み出される総エネルギーのほんのわずか。ちょっぴり。慎ましやかなものです。
銀河のそこここで、わらわら蠢いているシーフードたちはコップのような水たまりに蠢く微生物となんら変わりないのです。恒星の輻射の穏やかなあたりをのんびり見物したり、珍味を味わったり、飽きたらアンドロメダ銀河にでも足を伸ばしましょうか。銀河たちもいくつかまとまって存在しています。局所銀河群。飛び石伝いに巡るのもいい。宇宙の大規模構造を考えれば銀河群を伝ってどこまでも行けるかな? 海綿の微細な姿に大宇宙はそっくりなのです。
銀河の八十八でも巡ってから……また故郷、地球に戻りましょう。もちろん光速なんてちんたらしたスピードじゃ間に合わない。五〇億年後ぐらいに、なんて思ってますから。その頃には太陽の使用年数も終わりに近づいて、主系列星からはずれて、巨大に膨れ上がっているかも知れない。だから故郷とはいっても地球は太陽のきわきわを漂っているかもね。
あるいは……どどんと大輪の花火が上がっているかな。それはそれで楽しみ、惑星状星雲です。不安定な太陽はついにバランスを崩して爆発します。その時には近所には生身のシーフードなど住んでいないでしょうが。小さな太陽の芯だけ残し、構成物質・大量のガスを宇宙にまき散らします。ガスの散布は一回だけではなく、段階を経ていくつもあるかも知れない。すると複雑精妙なガスのリングが広がります。太陽の芯(白色矮星)の輝きを受け、成分元素ごとに色合いを変えた花が開くのです。
かたち様々、惑星状星雲はふたつとして同じものはありません。ブラックホールが誕生するような大爆発の派手さはないとしても、この宇宙で最も美しい光景といえましょう。「玉屋ぁ!」「うるさいわね!」
その時には第一世代のママ、その娘や孫たちはとうに生を全うしているでしょうが、子孫たちは増えに増え、大銀河のような集団になっているかもよ。
もちろん、あたしたちの誕生の「第一原因」たるしじみちゃんもこの世のものではないでしょう。そして、あなた。読者のあなたも存在してないでしょう。でも、転生を繰り返し、繰り返して、そこに到達することは可能ですよ。もはや人間ではないかも知れない。タンパク質とDNAのコラボした水袋ではなく、何かまったく別なモノになりかわっているかもしれない。
それでもあなたは、あなたです(たぶん)。
あたしもあたしの子孫たちのなかになんらかのパターンを残すつもりです。生物は簡単に壊れてすぐ死んじゃうけど、それでもなんともしぶといのです。たかだか五〇億年。宇宙随一の芸術作品と化したお日さまの残骸、極彩色の大曼荼羅のもと、再会しましょうね。
悲壮な覚悟の上の旅ではない、あくまで物見遊山の旅ですから。
さぁさぁ娘たち、出かけるわよ!
手荷物もないから身軽なもの。
ガス惑星から一気に離れ、飛び交うシーフード躱して躱して、あたしらミニサイズだからぶつかる危険も小さいけれど、黄金のウニ丼見かけたからちょいと周回して……艦内では今後の作戦会議をしているわ。なにしろ旗艦、海鮮軍の総司令は早々に壊滅してしまったから。
高級牡蠣に乗り組んでいたモノリスガールの進言で総司令は凶暴な顎のなか自ら飛び込んでしまった。しかも友軍を狙い撃ちまでして。……主役は最後に登場するのが鉄則なんですよ。
さてウニ丼ではやはりモノリスガールであるたらおさ姐さんが熱弁をふるっているわ。
「我々は腹ぺこお母さんの殲滅を図るより、惑星〈サファイア〉の住人のみなさんの安全に貢献すべきです!」
クルーのなかには姐さんに向かって(うっかり)「はい、キャプテン」って叫んじゃうひともいるからね。
姐さんの企みはともかく、その作戦に専念してくれればありがたいですね。
さぁ、あたしたちはこの太陽系からテイクオフしますよ。ガイドマップもない旅行、わくわくします。まもなく電波では会話もままならない領域へ行きますからね。
再会を期して。
ご機嫌よう。
さようならぁ~!
待ち合わせの時間は、十億年ぐらいは余裕を持ってね。バイバイ!
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