奥の部屋

黒はんぺん

文字の大きさ
8 / 73

あむるの秘密基地

しおりを挟む
 まだ夢の途中なのかも。とはいえ、大急ぎで目覚める必要はないんでしょうね。田西さんと差しでお食事をしているのです。テーブルを挟んで熱く語り合っているのです。
 なんとすごいことでありましょう?  明け方のワニガメの悪夢にくらべたら。夢かうつつか、確かめるために田西さんのほっぺたつねってみたい。
 田西さんのほっぺた。自分のほっぺたつまんだって面白くないもんね?  いや、なんとなんと恐れ多いことか。
 手を伸ばしたら叩かれそうな気もするしね。「この無礼者!」
 そもそも彼女のことを「あむあむ」などと気安く呼んじゃったりして許されるのか?  世が世ならあたし打首になっているかもよ。ましてや。
 ましてやあたしがプリンセスのドレスなどと?

「それだけは勘弁してくれよ~」事案であります。ホントはね。夢は夢でもワニガメのボディガード、昨夜の悪夢が追いかけて来てるみたい。
 ディズニーランドにいけば小さな可愛いプリンセスがたくさんいるのでしょうけど、あの子らの仲間入りはね、ちょいと。あたしを姫と呼ぶオバケ、もののけ、魑魅魍魎読めるよね?。わけのわかんないやつら。
 現れるのよ。
 自分の都合で現れ、姫さまを「お守りします」「お役に立ちます」などという。あたしのためを思うなら夜中に現れるなって。でも……彼らなりに本気みたいなのね。あんまりムゲにもできない、塩を振ったりお札を貼ったりして退散させるのも気の毒でもあるし。結局、よろしくお願いしますなどと、あたしの方が下手にでてしまうのだけれど。
 神社の池、濃厚な緑の水に落ち葉まで浮いて、本当に何者かが潜んでいるのか確かめることもできなかったけど、ましてやお宝のかめなど……。
 ワニガメさんには悪いけれど、彼が自分で思っているほど裕福カネモチとは思えないのね。瓶の中のものは山吹色してないわよ。
 千両箱ではなく瓶ですからね。
 梅干しや漬物がふさわしいんでしょ。
 おそらくまん丸で四角い穴の開いた銅のお金。大昔の金貸しのおばあちゃんがちまちまとため込んだお金よ。誰にも見つからないように隠しておいたもの。お金に対する妄執もうしゅうが時を経た今も染みついていて、腐食でひとかたまりになって、取り出すこともできなくなってるの。
 そのかたまりの方がワニガメさんより霊力が強いに違いない……。ビンボー臭いけどネ。

 でも、そんな重く暗い想念は、わきに置いておきましょうね。きらびやかなプリンセスですからね。きらびやかでも、決して下品になれない。池の底の妄執とは対極にあるものでしょう。あたしより、あむあむこそ、プリンセス。

 夜中の魑魅ちみさん魍魎もうりょうさん。
 そしてクラスの大輪の花、田西さん。
 およそかけ離れた存在の言うことがなにか符合しているようなのは……恐ろしいこと?  喜ばしいこと?  わかんないよぅ。わくわくスリルドキドキサスペンスミッション・インポッシブル関係ないかしら?

 あたしをプリンセス姫に仕立てようだなんて、ねえ。
 でも、この世界にはプリンセスがいるのよね、本物。そのような方々がどんな趣味をお持ちなのか想像つかない。バイオリン?  乗馬?  自家用ジェットの操縦?  陳腐なイメージだよね。庶民の限界といえましょう。 

 さて、人形造りは貴人のお趣味としてふさわしいのでしょうか?  残念ながら高価な素材をふんだんに使い、特殊な技法を駆使して一体が何百万円もの高値で取り引きされるようなお人形ではない。素材はさまざまみたいだけど、紙粘土に彩色、ニス塗り、髪の毛も紙粘土で形成しているものも多い。本格的な植毛のお人形さんは少ない。そりゃそうだよ、手作業でそれをやりだした日には、他に何もできなくなってしまうじゃないか。おそらく百均で入手できる素材がこの子たちの大部分なのだろうね。
 ケチをつけているのではないからね、決して。
 あむあむの子たちを悪くいうもんか。
 素材の価格がお人形の価値ではないもんね。ひとの顔よりは天地がつまった、左右に長い顔に、黒目がちな大きな目。ぱっちりと見開いてこちらを見つめている。口はちょんと小さいけれど、つぶらなお目々であたしに話しかけようとしているみたい、あの子もこの子も。
 あのささやかな写真集であたしを魅了した子たちや、その仲間たちが、今あたしの前に並んでいて、女の子や男の子、そしてどちらでもない子、エンゼルにはきっと性別はないのよ。あたしはこの子たちを見ている、この子たちはあたしを見据えている。力の強い目ね。こんにちは。
(こんにちは、あなたは、どんなお人形なの?)
 あたしの方が尋ねられてしまう。オレンジ色の髪も鮮やかな男の子。二十センチぐらい、レモン色のシャツ。あ、シャツも彩色ね。
「田西さんの要請で貴方がたのお仲間になりに来ました、もちろん人形としてはアマチュアのあたし、不備な点もありましょうが、そこは寛大にね、よろしくね」
(ふーん。ひとの姿を映し取るのがぼくらなのに、ひとが人形の姿を映したら何になるのかな。でも、いいさ、あむるのお客様は珍しい、そこの椅子を持ってきて、ぼくらの真ん中にすわるといい)
「ありがとう」
 熱烈歓迎って感じではなく、ちょっとクール、いくらか値踏みされてるかしらね。刺すような拒絶はないと思う。
「そこまで熱心に見てもらえると、ちょっと恥ずかしいな」
 あむあむでも、照れるんだ。
 いつでも堂々としているひとだと思っていたんだけど。

 喫茶店のあと、その辺歩き回ってもしかたがないので「うちにおいでよ、すぐだから」あむあむに誘われたのね。もちろんあたしは従う。はい、喜んで!  あむあむのあとなら、あたくし、金魚の糞みたいについていきます。どこまでも。
 でも、彼女のお家が小さなアパートだったのは驚いた。小ぎれいだけど、独身者の方がひとりで住むような集合住宅。ご家族とはいっしょじゃないのかな。外階段響かせ二階の部屋へ。
 そしてお人形たちとの対面となったのである。玄関のたたきには他のひとの靴は置いてなかったわね。
(ところで新しい人形の君)
 レモン色、オレンジ色の少年人形は話しかけてきた。(君はプロレスの技は使えるのか?)
「はあ?  なんですって?」
 聞き違いかと思った。もちろん紙粘土の彼、実際に音声を出せるはずもないのだけれど……。
(あむるの妹より弱そうだな、君は。大丈夫かな)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...