堕天/FREEDOM’S CROWN

いちじく

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もう目覚めたから

それは、神か悪魔か――願いの代価

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「本日は私が代理で指揮官だ。神崎さんは用があってだな。……では、任務の説明を始める」
ざわめいていた部屋が、わずかに静まる。
紙をめくる音、椅子の軋み。
蛍光灯が低く唸っている。
一呼吸置き、碇は鋭く声を張った。
「――注目。」
スクリーンが点灯し、室内の照明がわずかに落ちる。
空気が固まる音がした。
紙をめくる者も、息を吐く者も今はいない。
肩をすくめる者、ペンを握り直す者、軽く鼻をすする者。全員の視線が自然とスクリーンに吸い寄せられた。ただ、光の中に浮かぶ映像だけが、次の命令を告げようとしていた。
「新宿の佐久名神社で、神クラウンが出現した。個体は《願いの神》」
模倣?
「人の願いを聞き入れる――されど、必ず歪めて返すのが、このクラウンの業だ。」
「歪める?」
ヒルメが声を潜めて尋ねる。

碇は資料をめくりながら説明する。
「例えば、『健康になりたい』と願えば、肉体的には完璧に健康になる。だが、その状態を維持するために、極度の潔癖症や健康強迫観念に囚われ、常に病気への恐怖に怯えるようになる。」
「『お金が欲しい』と願えば、大金は手に入る。しかし、その富を狙う犯罪者に命を狙われ続ける。『愛されたい』と願えば、誰からも好かれる。だが、ストーカーや執着者に囲まれることになる。」

「既に三名が被害に遭っている。全員、願いは叶えられたが、結果的に不幸に陥った。
この神は、国家秩序への重大な脅威と判断された。
...質問はあるか?」

警備警察としての公安の役割は、暴力主義的破壊活動や国益を侵害する行為への対処だ。
神性事案も同じだ――ただし、通常の暴力事件以上に予測不能な危険性を伴う。

「はいはーい。碇さんよ、ぶっちゃけどうすりゃそいつ倒せんの?端的に頼むわ。」
声を張って聞いた。

碇は資料を指でなぞり、淡々と告げた。
「倒し方か……非常に難しい。
このクラウンは知性が高く、巧妙に罠を張り、人の心理を読み取る。
単純な力押しは通用しない。」
碇が真剣な顔で言う。
「だから、慎重に行動しろ。特にヒカリ、お前は単純だから狙われやすい。」

「へいへい、分かってますよ」
俺は肩をすくめ、軽く答えた。

『単純だと...』
ルシファーが頭の中で呟く。
『確かにその通りだ! だが、戦闘においては違う。お前の判断は速い』
(そうだよな‼︎……まぁ、いいや)
俺は笑った。
最近気づいちまったけどよぉ、勉強は全然ダメでも、戦ってる時は頭が回るんだよな。
「そうだ。望月、データは?」
「神社の見取り図だよ。本殿の奥に、クラウンがいると思われるかな。」
望月さんがスクリーンに地図を映す。光が壁に反射して、部屋の空気がちょっとピリッとした。
「周辺住民は避難済み。現場は警察により半径100メートル封鎖済み。救急・消防は現場近くで待機中です。神性影響を警戒し、現場進入は神性事案対策課のみ許可されている。こちらからは、神崎班の突入と封鎖継続について司令部に要請中です。特殊装備の使用は上層部の承認済みよ。」
「田中、医療サポートは?」
田中さんが端末越しに短く答える。
「準備できてます。負傷者が出れば即対応します。救急車も待機させてあります」
「斎藤、分析は?」
斎藤がスクリーンを指して言った。
「クラウンのパターンを解析中です。ただ、現段階で予測は難しいですね。」
望月さんが資料を見せる。
「分かった。じゃあ、準備に入ろうか。装備のチェックをしよう。」
碇さんが立ち上がる。

────

公安の車が神社の前に停まる。
周囲は既に警察のテープで封鎖されている。
「ここか」
俺は神社を見上げる。
古びた鳥居が立っている。静かすぎる。
「静かすぎるわね」
ヒルメが警戒する。
「気をつけろ。クラウンは既に俺たちを見ている。」
碇さんが前に進む。
田中さんは外で待機。
「ヒカリ、ヒルメ、俺について来い。望月はここで待機—— 敵が逃げたら即座に追え。今回は敵の分析がほとんど終わっていない。何があるか分からないからな。斎藤は通信と映像解析、後方から情報を上げてくれ。無線は常時開け。交戦は、俺の合図を待て。」
声は低く、無線のクリック音が耳元で小さく鳴った。
鳥居の前には小型の機動車両が目立たぬように停められ、望月は黒いコートを羽織り、腰のサブホルスターに指をかけている。女性でありながら、その立ち姿は無駄がなく、冷徹な眼差しは周囲の路地を貫いていた。軽く顎を上げ、低い声で答える。
「了解、碇くん。私に任せてください。」と短く返す。
斎藤は機動車両の影からタブレットを覗き、ライブカメラと過去ログをチェックしている。彼の役割は“情報分析と後方支援”だ。他の分析班と連携し、追跡時に最短で封鎖ポイントを指示する。
碇は鞘に手を置き、二人を見渡した。ヒカリとヒルメは鳥居へと歩を進める。被害は最小限、討伐を最優先——という合図を心の中で反芻し、碇たちは静かに境内の奥へと入っていった。望月は一歩前に出る。必要とあらば即座に追撃し、逃走の余地を潰せる位置を確保している。彼女の動きは、まるで夜の闇に馴染む獣のように無駄がなく、しかし確かな存在感を放っていた。

────
俺たちは神社の中に入る。
本殿に近づくと、声が聞こえた。
『ようこそ』
女の声。
優しい響き。
『願いを聞かせてください』
本殿の奥から、人影が現れる。
白い着物を着た女性。
美しい顔。
でも、目が空っぽだ。
「出たな」
「願いの神か」
碇さんが剣を抜く。
『あなたの願いは?』
女が俺をじっと見やがる。
「願い?別にねぇよ。つーか、お前誰だよ」
『嘘ですね』
女がふふ、と笑う。
『あなたは願っています』
「……くそ、なんで分かんだよ」
『では、叶えてあげましょう』
女が手を伸ばす。
その瞬間、碇さんが割り込む。
「させるか!」
剣が閃く。
でも、女は消える。
「消えた⁈どこだよ、クソッ!」
「ヒカリ、後ろ!」
ヒルメが叫ぶ。
背後に気配。
振り返ると、女がいた。
『今、叶えてあげますね』
女が俺の額に触れる。
その瞬間、世界が歪んだ。
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