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第二章
迷惑女(一)
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高校生活が始まったとはいえ、その期間は三年間しかない。
中学校を卒業して思ったのは、三年という時間は長いようで思ったよりも短かったということだった。
振り返ってみると、私の中学校生活はそう悪いものではなかったと思う。全国大会には出場できたし、二年生の時は五位にまで食い込めた。
しかし、完璧だったかと言われるとそうは言えない。
コーチに早い段階からターンやドルフィンキックについて改善するように言われていたのに、苦手なのを言い訳にして後回しにしていた。結果、中学の三年間、一つも上手くならずに終えてしまった。
要するに、時間はあっという間だということを私は学んだ。
それは高校生活にもそのまま当てはまることだろう。
だというのに。
「どれ選んだらいいの?」
水泳用の水着が所狭しと並べられているハンガーラックを前にして、水谷天音は首を傾げた。水着の数にして五十はくだらない。
「さあ。これだけあるんだから、適当に選べば」
気分を害されていたので投げやりで答えれば、むーっと頬を膨らませる。なんだ、口いっぱいに頬張ったリスの真似かなんかか。
「不親切ぅ」
「親切にする恩も義理もない」
「翔ってモテないでしょ」
「つまり帰って良しってこと?」
「うん、違う。ココに居てください」
「迷惑女め……」
心底イヤなのが伝わるようにそう言うと、隣の喧しい女は不服そうではあるものの大人しく水着を選び始めた。
私たちはスポーツショップに来ている。自宅のある中心街から国道沿いに自転車で数十分の所にある、大型のスポーツ用品店だ。
水着などの水泳関係の用具はもちろん、サッカーやテニスといった他競技の用具、ジャージやスポーツドリンクに至るまで、幅広く取り揃えられている。
こと水着に関して言えば競技用の品揃えなど、不満な所はある。ただ、初心者が一式揃える分には充分だ。取り敢えず迷ったからここに来れば良いという安心感がある。
さて、私がなぜこの迷惑女と一緒に買い物に来ているのか。冷静に考えると益が無さ過ぎて、思わず頭を抱えてしまいそうになる。
けれど、それはまだ良かった。全くもって時間の無駄だが、それだけなら許容できる。
問題は今が平日の夕方ということだ。つまりは放課後。更に言うなら、部活の練習の時間を返上してここにいる。
まだ仮入部の期間であるため、練習参加の義務はない。とはいえ、一日でも泳げない日があるのはよろしくない。ただでさえブランクがあるというのに。
今が肝心だっていうのに、敢え無く邪魔されてしまった。放課後、私の教室の出口で待ち伏せしていた迷惑女の手によって。そして無理やりここまで連れてこられてしまったというわけである。
「ねー、おしりのとこに付いてるマークあるけど、コレなんなの?」
商品として並べられている水着の一つを手に、迷惑女は尋ねる。
黒をベースに、肩から太ももまでその表面を覆うような水着。その裏には、白地にQRコードのような黒いマークが描かれている。
「finaマークだよ」
「なにそれ」
「自分で調べたら」
説明するのが面倒くさい。別に大したことではないが、教える相手がコイツとなると途端に億劫になる。
「ねぇ。ねぇねぇ」
何なら帰るか。勢いままに付き合わされているけれど、何の恩義も無いわけだし。むしろ返済されるべき恩があるのはこちらの方だ。今から戻れば、メインの前くらいには参加できるかもしれない。
爪先の方向を店の出口に向かせようとした時、がっと両肩を掴まれた。
「ねぇ~~~!!」
「ちょっ、お、い……!」
そして、ぐわんぐわんと私の身体を揺さぶりだした。まるで駄々をこねる子どものようだ。
「わかった、わかったから!」
思ったよりも悲鳴じみた声が出たが、そう口にしたら迷惑女はすぐに止めてくれた。
「分かればいいのよ分かれば」
何なら偉そうな態度をとる始末。何様なんだお前は。あの腕力からしてゴリラ様か。
はぁ、と息をつく。
「で、なんだっけ」
「この白黒のマークの話」
「ああ。……水泳の水着ってのは二種類あるんだよ。一つは練習用ので、もう一つは競技用のやつ。そのfinaマークが付いてるのが競技用だけど、それが付いてる水着じゃないと大会に出られない」
もちろん性能の差もあるが。ただ、練習水着とほとんど変わらないやつもあるから、明確な違いといえばマークの有無くらいしかない。
「ふーん。じゃあ一着は持ってた方がいいんだ」
「試合に出るなら、だけど」
「出るよ」
私の挑発混じりの発言に、迷惑女は即答した。そして取るに足らないことのように、どれにしよっかなーなんて言いながら水着に視線を戻している。
一体、この女の身に何があったというのか。
唐突に水泳をすると宣言したのがつい昨日のこと。しかも一昨日までバカにしていたヤツが、である。
もしかしたら冗談なのではとも思ったが、やっぱり燃えるように輝くその目に違わず本気のようだった。
中学校を卒業して思ったのは、三年という時間は長いようで思ったよりも短かったということだった。
振り返ってみると、私の中学校生活はそう悪いものではなかったと思う。全国大会には出場できたし、二年生の時は五位にまで食い込めた。
しかし、完璧だったかと言われるとそうは言えない。
コーチに早い段階からターンやドルフィンキックについて改善するように言われていたのに、苦手なのを言い訳にして後回しにしていた。結果、中学の三年間、一つも上手くならずに終えてしまった。
要するに、時間はあっという間だということを私は学んだ。
それは高校生活にもそのまま当てはまることだろう。
だというのに。
「どれ選んだらいいの?」
水泳用の水着が所狭しと並べられているハンガーラックを前にして、水谷天音は首を傾げた。水着の数にして五十はくだらない。
「さあ。これだけあるんだから、適当に選べば」
気分を害されていたので投げやりで答えれば、むーっと頬を膨らませる。なんだ、口いっぱいに頬張ったリスの真似かなんかか。
「不親切ぅ」
「親切にする恩も義理もない」
「翔ってモテないでしょ」
「つまり帰って良しってこと?」
「うん、違う。ココに居てください」
「迷惑女め……」
心底イヤなのが伝わるようにそう言うと、隣の喧しい女は不服そうではあるものの大人しく水着を選び始めた。
私たちはスポーツショップに来ている。自宅のある中心街から国道沿いに自転車で数十分の所にある、大型のスポーツ用品店だ。
水着などの水泳関係の用具はもちろん、サッカーやテニスといった他競技の用具、ジャージやスポーツドリンクに至るまで、幅広く取り揃えられている。
こと水着に関して言えば競技用の品揃えなど、不満な所はある。ただ、初心者が一式揃える分には充分だ。取り敢えず迷ったからここに来れば良いという安心感がある。
さて、私がなぜこの迷惑女と一緒に買い物に来ているのか。冷静に考えると益が無さ過ぎて、思わず頭を抱えてしまいそうになる。
けれど、それはまだ良かった。全くもって時間の無駄だが、それだけなら許容できる。
問題は今が平日の夕方ということだ。つまりは放課後。更に言うなら、部活の練習の時間を返上してここにいる。
まだ仮入部の期間であるため、練習参加の義務はない。とはいえ、一日でも泳げない日があるのはよろしくない。ただでさえブランクがあるというのに。
今が肝心だっていうのに、敢え無く邪魔されてしまった。放課後、私の教室の出口で待ち伏せしていた迷惑女の手によって。そして無理やりここまで連れてこられてしまったというわけである。
「ねー、おしりのとこに付いてるマークあるけど、コレなんなの?」
商品として並べられている水着の一つを手に、迷惑女は尋ねる。
黒をベースに、肩から太ももまでその表面を覆うような水着。その裏には、白地にQRコードのような黒いマークが描かれている。
「finaマークだよ」
「なにそれ」
「自分で調べたら」
説明するのが面倒くさい。別に大したことではないが、教える相手がコイツとなると途端に億劫になる。
「ねぇ。ねぇねぇ」
何なら帰るか。勢いままに付き合わされているけれど、何の恩義も無いわけだし。むしろ返済されるべき恩があるのはこちらの方だ。今から戻れば、メインの前くらいには参加できるかもしれない。
爪先の方向を店の出口に向かせようとした時、がっと両肩を掴まれた。
「ねぇ~~~!!」
「ちょっ、お、い……!」
そして、ぐわんぐわんと私の身体を揺さぶりだした。まるで駄々をこねる子どものようだ。
「わかった、わかったから!」
思ったよりも悲鳴じみた声が出たが、そう口にしたら迷惑女はすぐに止めてくれた。
「分かればいいのよ分かれば」
何なら偉そうな態度をとる始末。何様なんだお前は。あの腕力からしてゴリラ様か。
はぁ、と息をつく。
「で、なんだっけ」
「この白黒のマークの話」
「ああ。……水泳の水着ってのは二種類あるんだよ。一つは練習用ので、もう一つは競技用のやつ。そのfinaマークが付いてるのが競技用だけど、それが付いてる水着じゃないと大会に出られない」
もちろん性能の差もあるが。ただ、練習水着とほとんど変わらないやつもあるから、明確な違いといえばマークの有無くらいしかない。
「ふーん。じゃあ一着は持ってた方がいいんだ」
「試合に出るなら、だけど」
「出るよ」
私の挑発混じりの発言に、迷惑女は即答した。そして取るに足らないことのように、どれにしよっかなーなんて言いながら水着に視線を戻している。
一体、この女の身に何があったというのか。
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