塩と水とその器

望凪

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第二章

いざ、一歩目へ(五)

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「あ、そうそう。来週の土曜に一年だけでレペやるから、覚えててね」

 思い出したように硝さんがボクに言った。

「レペ?」
「部内でやる記録会みたいな感じ。二種目まで決めて、それを本番想定で泳ぐんだよ」
「なるほど」

 練習試合のようなもんか。
 実質、ボクにとって初めての記録が出ることになる。まだ記録を狙うなんて段階じゃないにしろ、現状の実力がどれくらいなのかは知っておきたい。

「来週の木曜までが仮入部の期間で、金曜からは本格的に部へ仲間入り。一年生のみんなの実力が見たいからっていうお題目だね」
「でもまあ、あたしらもしばらくレースしてないし、冬の追い込みの成果を確認する場でもあるんだけどねぃ」
「要は一年含めてみんなで記録会をすると」
「そうそう」

 硝さんがジャージを着ながら頷いてくれる。

「一年っていえば、今年は粒ぞろいだよねぃ。特に塩原とかさぁ」

 そっか。一年も泳ぐってことは、もちろん翔も泳ぐんだ。
 今のところ、伝聞でしか翔の実力が分からない。もちろん見たことはあるけど、アレはあくまで練習だし。
 アイツの本気の泳ぎをこの眼で見てみたい。自分がたどり着くべき場所を、実際に見ておきたい。これはそのいい機会になる。

「そうだね。あとは佐々倉さんもね。今年はフリーが豊作だよ」
「あ~。確か去年の中学の県予選で一位だった子だっけー?」
「そうそう」

 佐々倉さんって、もしかしてさっきの佐々倉某のことかな。

「その子ってそんなに速いんですか?」
「ん?うん。ふつーに二年や三年と張り合えるレベルだと思うよ」
「塩原さんと佐々倉さんは、コーチがスカウトしてきた人だからね」

 リンさんと硝さんがそれぞれ答えてくれる。

「そーなんですね…」

 あの人そんなに速かったのか……。
 ていうか、翔ってスカウトされたの?まあ、そういう話も聞かないではないけど……。やっぱり、イマイチ実感が湧かない。
 聞けば聞くほど、翔が天上の存在になっていくんですけど……ぐぬぬ。

「そういえば、天音ちゃんはどうして水泳なんか始めたの?」

 ふと、硝さんに尋ねられた。

「さっき答えた通りですけど……。なんでですか?」
「いやあ、単純に気になっちゃって。ほら、珍しいから」
「珍しい?」
「水泳ってさ、水の中って全然動けないし、疲れるし、他のスポーツと比べると、あんまし華もないからねぇ。子どもの習い事ならともかく、高校から始めるってのは物好きってなもんよね」

 硝さんの言葉に軽口のようにフォローを入れるリンさん。

「人気ないは言い過ぎじゃないかな……?」
「じゃあ、野球サッカーテニスとかと同じくらい人気ある?」
「…………」

 リンさんの正論に硝さんが黙り込んでしまう。

「まーつまりは、高校で水泳始めるのは物好きだねってコト」
「そーいうことですか。確かにボクも、水泳ってスポーツ自体にはあんまり魅力を感じてないです」
「ほほう。じゃあなんで?」

 リンさんに尋ねられる。硝さんも興味深そうにボクに目を向けた。
 なんでって言われたら、答えは一つしかない。
 アイツに憧れたから。

 ……でも、それを認めることは出来ない。
 ボクは自分の人生を捧げられるものを、自分の手で見つけたかった。自分の意志で選択し、その選択に全ての責任を持ちたい。……そして最期には、自分の生き方に納得して眠りたい。
 憧れなんて理由で水泳を続けたくはない。しかもよりによって、それがアイツだっていうんだからなおさら認め難い。
 それでも、あの時の塩原翔の泳ぎを忘れられない。突き動かす衝動が抑えられない。
 理性では受け止めがたくても、本能はヤツの美しさを認めている。
 なればこそ。

「倒したいヤツがいるんです。ボクが泳ぐ理由は、ただそれだけです」

 認められないなら、否定するしかない。打ち負かして、この想いを断ち切るしかない。
 そうすることでしか、ボクは前へと進めない。
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