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第二章
いざ、一歩目へ(四)
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てか、早く着替えなきゃ。まだろくに服を着ていない。四月といっても、まだまだ肌寒いし。
「あ、水谷さん」
と、またも待ったをかけるように後ろから声をかけられる。
振り向いてみれば、主将がちょうど更衣室にやって来ていた。どうやら隣のロッカーだったようだ。
「お疲れさまです!」
「うん、おつかれ~」
更衣室に続々と人が入ってくる。
二、三年の先輩方はちょっとしたミーティングをしていたみたいなのだが、それが終わったらしい。
ところで。
「あの、主将」
「ん?」
「もし良かったら、名前で呼んでもらってもいいですか?」
今日一日、ずっと水谷さんって呼ばれていたけど、どうにも落ち着かなかった。
初対面も同然だし、名字で呼ぶのは当たり前なのかもしれない。
しかしボクにとって、名字で呼ばれるのと名前で呼ばれるのとでは大きな違いがあった。
「え?じゃあ……天音ちゃん?」
「はい。ありがとうございます」
「もし良かったら、わたしの方も名前で呼んでくれないかな。主将じゃなくて、名字でもなんでもいいから」
「えと……硝さん?」
……なんか、翔と音が同じだからビミョーに複雑な気持ち。
「うん、ありがとう」
困ったように笑う硝さん。
「いやあ、どうにもね。主将って呼ばれるの慣れなくて」
「そうなんですね」
まあ、初めて会った時、ボクも強豪校の主将っぽくないなとは思ったけど。
もっとこう、体育会系みたいな人がやってるイメージがある。硝さんはそれとは対照的で、お花でも愛でてそうな感じの穏やかさがある。
————って、なんか硝さんの後ろから何かが近づいてるんだけど。怪しく目を光らせて、指をワキワキといやらしく動かしている。
そして、硝さんはそれに気づいている様子もなく。
「で、今日はどうだった————ってきゃあ!?」
硝さんが短い悲鳴を上げた。
理由は単純。後ろの影から伸びた手が、硝さんの胸元を鷲掴みにしたからだ。
「うーむ、今日も触り心地ヨシ!」
硝さんの肩の上に顎を乗せるように、一人の女子が顔をだす。
もちろん、硝さんの方もなされるがままというわけではなく。
「あーもう!くすぐったいったら!」
女子の方の頭をグーで殴った。といっても、ポコッという擬音が似合うくらいの、軽いものだったが。
あははと誤魔化すように笑いながら、女子の方はイタズラを止めた。密着させた身体を離して、軽やかな足取りで硝さんの隣に移る。
「ねぇリン……。せめて後輩の前ではこういうのやめてってば……」
「いやあ、ごめんごめん」
リンと呼ばれた女子は、ごめんと言いつつも、へらへらと笑っている。言葉とは裏腹に全く反省の色が見えない。
そんな様子にため息をつく硝さん。
「ほら、主将としてがんばっている硝の肩をほぐそうとしたんだよ。そしたらうっかり手が滑って……ね?」
「ね?じゃないよ……まったくもう。先輩の威厳丸つぶれじゃん」
「えー。硝に限って威厳なんかあるわけないでしょ」
「ひ、ひどっ………」
うう、とうなだれる硝さん。
こうして見ると、確かに威厳はないけど、親しまれる人柄ではあると思う。主将に相応しくないなんてことは微塵も思わない。
「二年の時も、ほぼ初対面の後輩相手に同じことしたじゃん。今更だって」
「それは……そう、なのかな」
言いように丸めこまれてる。丸めこまれてますよ、硝さん。
それにしても、この二人は随分と仲がいいように見える。さっきの翔と佐々倉某との険悪さとは比べるべくもない。なんで同じ人間なのにこうも違うのでしょう、神様仏様よ。
「ああ、ごめんね。置いてけぼりにしちゃって」
二人の仲睦まじい様子を着替えながら眺めていると、リン……と呼ばれていた方がこちらに軽く頭を下げた。
「二人は仲いいんですね」
「そりゃあもう。硝とは幼稚園の時からの仲だからね!」
声高に語るリンさん。
いわゆる幼なじみというやつか。そういえば、小さい頃に仲良くしてた子たちどうしてるんだろ。小学校高学年の時ですら、連絡を取り合っている友だちはいない。
別にどうでもいい話だけど。
「って、そうじゃなかった。ほんとは君に挨拶しときたかったんだよ」
「ああ、どうも。水谷天音です」
そういえば挨拶してなかったっけか。言いながら行儀よく頭を下げる。
「これはこれはご丁寧に。あたしは鈴岡リン。好きに呼んでくれていーよ。あとかたっ苦しいのキライだから、先輩扱いとかしなくておっけー」
ニコニコとした表情を浮かべるリンさん。
この人も硝さんと同じく笑みを絶やさない。だが決定的に違うのは、人畜無害そうな硝さんのソレとくらべて、どうにも胡散臭いところだ。小柄なところも相まって、イタズラ好きの妖精のようなイメージが思い浮かぶ。
ただ、なんとなく悪い人でないのは分かる。直感でしかないけど。
「よろしくです」
「はいなー」
ひらひらと手を振って自分のロッカーへ戻るリンさん……と言っても、硝さんのロッカーの隣だったけど。
「あ、水谷さん」
と、またも待ったをかけるように後ろから声をかけられる。
振り向いてみれば、主将がちょうど更衣室にやって来ていた。どうやら隣のロッカーだったようだ。
「お疲れさまです!」
「うん、おつかれ~」
更衣室に続々と人が入ってくる。
二、三年の先輩方はちょっとしたミーティングをしていたみたいなのだが、それが終わったらしい。
ところで。
「あの、主将」
「ん?」
「もし良かったら、名前で呼んでもらってもいいですか?」
今日一日、ずっと水谷さんって呼ばれていたけど、どうにも落ち着かなかった。
初対面も同然だし、名字で呼ぶのは当たり前なのかもしれない。
しかしボクにとって、名字で呼ばれるのと名前で呼ばれるのとでは大きな違いがあった。
「え?じゃあ……天音ちゃん?」
「はい。ありがとうございます」
「もし良かったら、わたしの方も名前で呼んでくれないかな。主将じゃなくて、名字でもなんでもいいから」
「えと……硝さん?」
……なんか、翔と音が同じだからビミョーに複雑な気持ち。
「うん、ありがとう」
困ったように笑う硝さん。
「いやあ、どうにもね。主将って呼ばれるの慣れなくて」
「そうなんですね」
まあ、初めて会った時、ボクも強豪校の主将っぽくないなとは思ったけど。
もっとこう、体育会系みたいな人がやってるイメージがある。硝さんはそれとは対照的で、お花でも愛でてそうな感じの穏やかさがある。
————って、なんか硝さんの後ろから何かが近づいてるんだけど。怪しく目を光らせて、指をワキワキといやらしく動かしている。
そして、硝さんはそれに気づいている様子もなく。
「で、今日はどうだった————ってきゃあ!?」
硝さんが短い悲鳴を上げた。
理由は単純。後ろの影から伸びた手が、硝さんの胸元を鷲掴みにしたからだ。
「うーむ、今日も触り心地ヨシ!」
硝さんの肩の上に顎を乗せるように、一人の女子が顔をだす。
もちろん、硝さんの方もなされるがままというわけではなく。
「あーもう!くすぐったいったら!」
女子の方の頭をグーで殴った。といっても、ポコッという擬音が似合うくらいの、軽いものだったが。
あははと誤魔化すように笑いながら、女子の方はイタズラを止めた。密着させた身体を離して、軽やかな足取りで硝さんの隣に移る。
「ねぇリン……。せめて後輩の前ではこういうのやめてってば……」
「いやあ、ごめんごめん」
リンと呼ばれた女子は、ごめんと言いつつも、へらへらと笑っている。言葉とは裏腹に全く反省の色が見えない。
そんな様子にため息をつく硝さん。
「ほら、主将としてがんばっている硝の肩をほぐそうとしたんだよ。そしたらうっかり手が滑って……ね?」
「ね?じゃないよ……まったくもう。先輩の威厳丸つぶれじゃん」
「えー。硝に限って威厳なんかあるわけないでしょ」
「ひ、ひどっ………」
うう、とうなだれる硝さん。
こうして見ると、確かに威厳はないけど、親しまれる人柄ではあると思う。主将に相応しくないなんてことは微塵も思わない。
「二年の時も、ほぼ初対面の後輩相手に同じことしたじゃん。今更だって」
「それは……そう、なのかな」
言いように丸めこまれてる。丸めこまれてますよ、硝さん。
それにしても、この二人は随分と仲がいいように見える。さっきの翔と佐々倉某との険悪さとは比べるべくもない。なんで同じ人間なのにこうも違うのでしょう、神様仏様よ。
「ああ、ごめんね。置いてけぼりにしちゃって」
二人の仲睦まじい様子を着替えながら眺めていると、リン……と呼ばれていた方がこちらに軽く頭を下げた。
「二人は仲いいんですね」
「そりゃあもう。硝とは幼稚園の時からの仲だからね!」
声高に語るリンさん。
いわゆる幼なじみというやつか。そういえば、小さい頃に仲良くしてた子たちどうしてるんだろ。小学校高学年の時ですら、連絡を取り合っている友だちはいない。
別にどうでもいい話だけど。
「って、そうじゃなかった。ほんとは君に挨拶しときたかったんだよ」
「ああ、どうも。水谷天音です」
そういえば挨拶してなかったっけか。言いながら行儀よく頭を下げる。
「これはこれはご丁寧に。あたしは鈴岡リン。好きに呼んでくれていーよ。あとかたっ苦しいのキライだから、先輩扱いとかしなくておっけー」
ニコニコとした表情を浮かべるリンさん。
この人も硝さんと同じく笑みを絶やさない。だが決定的に違うのは、人畜無害そうな硝さんのソレとくらべて、どうにも胡散臭いところだ。小柄なところも相まって、イタズラ好きの妖精のようなイメージが思い浮かぶ。
ただ、なんとなく悪い人でないのは分かる。直感でしかないけど。
「よろしくです」
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