塩と水とその器

望凪

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第二章

多分もう意味のない話

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 夢を見た。

 私にとってはもはや当たり障りのない内容。一枚しか無い思い出のアルバムを眺めるように、私の夢は決まって同じだった。
 子どもの頃。自分の人生において忘れようのない人に出会った、その日の記憶。
 それを、絵物語のように眺めていながら、感覚は当事者のようにリアルでもある。

————ある夏の日のことだ。
 一面、めいっぱいの夏みかん畑。自分の背よりも高い木が、私を圧迫するように並んでいる。
 空はどこまでも高く、どことも知らない遠くの何処かに放り出されたようだった。
 ジリジリと夏の日差しに肌を焼かれながら、辺りを宛てもなくうろついていた。

 ……そうだ、私はここに迷い込んだんだっけ。特にやることも無かったから一人で外に出て、あちらこちらを歩いていたら、このみかん畑まで来て。それから、それから——————

 行く宛のない波のように歩いて、歩いて、歩き続けて…………私は人を見つけたんだ。
 私と同じくらいの背丈の女の子。けれど、それ以外は何もかもが違う。
 髪が腰くらいまであって、それなのに一本一本整えてるんじゃないかってくらいきれいだった。真っ白なワンピースがこれでもかってくらい似合っていた。何より、目は大きくぱっちりとして、見惚れてしまうくらいに可愛かった。
 まるで、絵本の中から出てきたお姫様のようだった。

 彼女がこちらに気づく。雪のように白い肌だったけど、その頬は血色よくほんのりと朱く染まっていた。
 私を見て、顔がほころぶ。そして何故だか喜々としてこっちに駆け寄ってきた。
 人見知りな私はどうしていいか分からなくなった。顔を俯けていると、すぐに視界に彼女の靴が現れる。

“こんにちは”
“……………”
“ここで何してるの?よかったらいっしょに遊ばない?”
“え……”

 びっくりした。まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
 顔を上げると、やっぱり華のように笑う女の子がいた。あまりにも眩しくて、ここから逃げ出したくなる。

 彼女は自分とは真逆の人だ。すぐにそう分かった。
 いつもひとりで、ウジウジして誰にも何も言えず、何を考えてるのか分からないと言われて、バカにされてもそうだと納得してしまう————そんな自分自身でもキライになってしまいそうな自分。

 そんなのとは、彼女は全然違う。住む世界が違う。
 一目でそんなふうに思ったから、彼女が私に友好的に話しかけてきたことに驚いた。

“えっと……………その………”

 なんでか泣きそうになる。
 ただ話しかけられただけなのに。
 でも、友だちなんか一人もいなかった私には、どうやって上手に話せばいいのか分からない。
 ああ。こんな自分もキライだ。

 ……ぐるぐる、ぐるぐる。

 ネガティブな言葉ばかりが頭の中を巡る。なんて言えば……どう応えればいいんだろう。こんなこと、教科書にものってないのに。わからない、わからない、わからない————

“こっち!”

 答える前に、彼女は私の手を取った。
 ぐいっと引っ張って、こちらに有無も言わさずに私をどこかへ連れて行く。
 彼女がなにを考えてるのかわからない。なんで私に構うのか、それもわからない。

 ただ一つ、すとんと心に落ち着くように分かることはあった。
 彼女は楽しそうだった。ただただ純粋に嬉しそうだった。今この時を、全力で充実したものにしたいのだとわかった。
 きっとその時間の中に、私も入れてくれている。

 ……そんな彼女を、私はいいなと思った。烏滸がましいのかもしれないけれど、純粋だった彼女のように、私も純粋に憧れたのだ。

 ともあれ、それが生涯でたった一人の友達との出会い。
 反芻する記憶。手触りのない夢の跡。
 こんなものに意味なんてあるのだろうか。それすら私には分からない。
 せめて私の所感でいいのなら。多分、無いようできっとある。なんとなく、そう信じたい。
 夢を夢とも知らぬ私は、いつもそう思うのだった。
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