24 / 38
第二章
手っ取り早い方法で(一)
しおりを挟む
「あーちょん。おーい、あーちょんさん?」
「んぁ……?」
声がしたので目を開けた。突っ伏していた顔を上げる。
なんか、ピントが合わない。教室であるのは分かるが、輪郭がぼやけて細かくはよく分からない。もちろん、目の前にいる人の顔も。
「まだ寝てんなぁ……コヤツめ。指、何本に見える?」
そう言って、誰かは指を立てた。
えと、指。一本、二本……
「四本?」
「五本ね。起きなー、ねぼすけ」
「わぷっ」
ビタンッと両頬を手で叩かれる。痛くはないけどヒリヒリする、くらいの加減で。
おかげで、まだ半分夢の中にいた頭が多少は晴れてくれた。
「おあよ、ひゃふみひゃん」
「はいはい、こんにちは」
こんにちはって。そっか、もう昼休みなのか。
つまり、さっきの四限の日本史、まるまる寝ちゃってたってコトかー。まあ真面目に勉強してるワケでもなし、別にいいんだけど。
たつみちゃんがお昼の惣菜パンに口をつけたので、ボクもお弁当を取り出す。
「にしても、最近居眠りばっかだねぇ。なに、おつかれ?」
「んー。まあね」
今日のメニューはそぼろ丼だ。鶏のひき肉と卵、そして申し訳程度の緑として、いんげんとほうれん草のナムルを添えてある。
いまいち華がないけど、それは仕方ないというもの。お弁当は自前なのだが、ここ数日の疲れが抜けきれず、料理に労力を割く余裕なんてなかった。今日だって多めに作っておいた昨日の残りだし。
ちなみに、家賃の代わりとして翔の分も作っている。というよりは、元はヤツの提案だったりする。
翔はあれこれと味の好みにうるさいから、作るこっちも苦労させられる。昨晩だって、味付けに甘さが足りないって言われて口喧嘩になったし。
閑話休題。
「水泳部の練習、しんどいのー?」
「うんにゃ。そっちは優しく手ほどきしてもらってるよ」
「じゃ、なに?」
「特訓しててさ。そっちが厳しいのなんの」
「特訓ってー?」
「練習後にちょいとね」
————遡ること数日前、土曜日のこと。
ボクは翔と夕ごはんを食べていた。
お互いに黙々と箸を進める。四六時中お互いに顔を突き合わせていると、話題もなくなってくる。仲が悪く、加えて向こうが話し下手とくれば尚更だ。
いつもは気にならないんだけど、今日に限ってはイヤだなと思えた。
というのも、ボクは翔に言いたい……というよりお願いしたいことがあった。けど、どうにも言い出せなくて、もどかしく感じていた。
沈黙はそれを更に助長させる。
「…………」
なんでボクがこんな面倒な思いをしなきゃいけないんだ。
ただ一度、頭を下げればいいだけ。それだけなのに、なんでそんなことすら出来ないんだ。他人のせいで自分を抑えるなんて、ボクの最も嫌うことなのに。
「なあ」
悶々としていると、翔はふとボクに声をかけた。
「お前ってバカなの」
「……もしかして今ケンカ売られてる?」
いきなり何なんだ。ストレートに暴言なんだけど。
「いや。急に水泳始めるとか言い出すし、かと思えば無謀な勝負を吹っかけてすぐに退部するハメになるし」
「まだ退部してないけど」
「したも同然だろ」
「……………」
ぶっきらぼうな言い方。
しかしながら、真っ向から否定はできなかった。
現実的な話をすると、ボクと佐々倉さんとでは実力差がかなりあるっぽい。練習後、彼女についてネットで調べた。彼を知り己を知ればというやつだ。
彼女のことは名前で検索すればすぐにヒットした。先輩たちの話の通り、実力は折り紙付きみたいだ。
専門は自由形で、50mや100mを主に出場している。大会の成績を見るに、同年代かつ県内ではトップ、全国大会の先駆けとなる地方大会でも好成績と、あのプライドの高さに見合うだけのことはあった。もちろん全国大会にも出場経験がある。
そんな相手に初心者のボクが挑む。それを無謀と言われても全くの事実であり、納得せざるを得ない。
「まあ、お前が何をしようがどうでもいいけど」
じゃあなんで聞いたんだ、とツッコむのは野暮かな。
「んぁ……?」
声がしたので目を開けた。突っ伏していた顔を上げる。
なんか、ピントが合わない。教室であるのは分かるが、輪郭がぼやけて細かくはよく分からない。もちろん、目の前にいる人の顔も。
「まだ寝てんなぁ……コヤツめ。指、何本に見える?」
そう言って、誰かは指を立てた。
えと、指。一本、二本……
「四本?」
「五本ね。起きなー、ねぼすけ」
「わぷっ」
ビタンッと両頬を手で叩かれる。痛くはないけどヒリヒリする、くらいの加減で。
おかげで、まだ半分夢の中にいた頭が多少は晴れてくれた。
「おあよ、ひゃふみひゃん」
「はいはい、こんにちは」
こんにちはって。そっか、もう昼休みなのか。
つまり、さっきの四限の日本史、まるまる寝ちゃってたってコトかー。まあ真面目に勉強してるワケでもなし、別にいいんだけど。
たつみちゃんがお昼の惣菜パンに口をつけたので、ボクもお弁当を取り出す。
「にしても、最近居眠りばっかだねぇ。なに、おつかれ?」
「んー。まあね」
今日のメニューはそぼろ丼だ。鶏のひき肉と卵、そして申し訳程度の緑として、いんげんとほうれん草のナムルを添えてある。
いまいち華がないけど、それは仕方ないというもの。お弁当は自前なのだが、ここ数日の疲れが抜けきれず、料理に労力を割く余裕なんてなかった。今日だって多めに作っておいた昨日の残りだし。
ちなみに、家賃の代わりとして翔の分も作っている。というよりは、元はヤツの提案だったりする。
翔はあれこれと味の好みにうるさいから、作るこっちも苦労させられる。昨晩だって、味付けに甘さが足りないって言われて口喧嘩になったし。
閑話休題。
「水泳部の練習、しんどいのー?」
「うんにゃ。そっちは優しく手ほどきしてもらってるよ」
「じゃ、なに?」
「特訓しててさ。そっちが厳しいのなんの」
「特訓ってー?」
「練習後にちょいとね」
————遡ること数日前、土曜日のこと。
ボクは翔と夕ごはんを食べていた。
お互いに黙々と箸を進める。四六時中お互いに顔を突き合わせていると、話題もなくなってくる。仲が悪く、加えて向こうが話し下手とくれば尚更だ。
いつもは気にならないんだけど、今日に限ってはイヤだなと思えた。
というのも、ボクは翔に言いたい……というよりお願いしたいことがあった。けど、どうにも言い出せなくて、もどかしく感じていた。
沈黙はそれを更に助長させる。
「…………」
なんでボクがこんな面倒な思いをしなきゃいけないんだ。
ただ一度、頭を下げればいいだけ。それだけなのに、なんでそんなことすら出来ないんだ。他人のせいで自分を抑えるなんて、ボクの最も嫌うことなのに。
「なあ」
悶々としていると、翔はふとボクに声をかけた。
「お前ってバカなの」
「……もしかして今ケンカ売られてる?」
いきなり何なんだ。ストレートに暴言なんだけど。
「いや。急に水泳始めるとか言い出すし、かと思えば無謀な勝負を吹っかけてすぐに退部するハメになるし」
「まだ退部してないけど」
「したも同然だろ」
「……………」
ぶっきらぼうな言い方。
しかしながら、真っ向から否定はできなかった。
現実的な話をすると、ボクと佐々倉さんとでは実力差がかなりあるっぽい。練習後、彼女についてネットで調べた。彼を知り己を知ればというやつだ。
彼女のことは名前で検索すればすぐにヒットした。先輩たちの話の通り、実力は折り紙付きみたいだ。
専門は自由形で、50mや100mを主に出場している。大会の成績を見るに、同年代かつ県内ではトップ、全国大会の先駆けとなる地方大会でも好成績と、あのプライドの高さに見合うだけのことはあった。もちろん全国大会にも出場経験がある。
そんな相手に初心者のボクが挑む。それを無謀と言われても全くの事実であり、納得せざるを得ない。
「まあ、お前が何をしようがどうでもいいけど」
じゃあなんで聞いたんだ、とツッコむのは野暮かな。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。
帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。
♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。
♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。
♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。
♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。
※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。
★Kindle情報★
1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P
Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL
★YouTube情報★
第1話『アイス』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
Chit-Chat!1
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
イラスト:tojo様(@tojonatori)
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる