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第二章
手っ取り早い方法で(二)
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それはともかく。現実を前にしたところで、ボクの気勢が削がれることはない。
しかし、実際に佐々倉さんに勝てるかどうかはまた別の話だ。
期間は一週間。たったの七日で、この天と地ほどの差を埋めなければならない。それを成し遂げるためには、ただ努力するだけではダメだ。
もっと速くなるために、技術を、知識を身につけなければ。
ボクは未熟に過ぎる。ボクだけで出来ることなんてたかが知れている。その不足分は、何か別のもので補完してやる必要がある。
なりふり構ってる場合じゃないんだ、現状は。
詰まるところ。
「翔、折り入って頼みたいことがあるんだけど」
「……なに」
チラと視線だけこちらにやった翔の瞳を、真っすぐに見据える。
「一週間だけ。………ボクに泳ぎを教えてくれないかな」
誰かに教えを請うのが最も効率的だ。
ここまで言い出せずにいたのは、翔に頼むがイヤだったからだ。他のことならいざ知らず、こと水泳に限って言えば、ボクは翔に頼りたくなかった。あくまでも敵なんだし。
ただ、感情的にそれを受け入れられなかった。たったそれだけの話だ。
どんな手段を使ってでも、最終的には勝てればいい。その結果こそが全てだということは、ちゃんと理性で理解している。
「で?」
「ん?」
「だから、見返りは?」
お茶を飲みながらつまらなさそうに言う翔。
あれ、てっきり……。
「断らないの?」
「拒否したところで勝手に付き合わせるだろ」
「うん、まあ」
否定はしないけども。
「一緒に過ごして分かった。お前はどこまでも身勝手な迷惑女だって」
「やっぱりケンカ売ってるよね?」
まあ自覚はあるんだけどさ。翔に言われるとどうにもイラッとくるよね。
「それで?言っとくけど、水泳に関わる時間だけは誰にも邪魔させないから」
見返り……見返りかぁ。
そう開き直られるとこっちも意識せざるを得ない。
といっても、ボクに差し出せるものなんてたかが知れている。お金はもちろん、役に立ちそうなものなど、根無し草のボクには持ち合わせがない。
うーん、どうしたものか。
「何も思いつかないなら、私の要望に応えるってのはどう」
「ていうと?」
それはつまり、弱みを一つ握られるということだ。
けれど、だからといってこちらに手がないのも事実。なら、仕方ないか。背に腹は変えられない。
「いいよ。教えてくれるんだったら、なんでも」
「交渉成立だ」
フフ、と愉快そうに笑う翔。笑うといっても、人の悪いって形容が頭に付く方で、正直なところ、一発引っぱたいてやろうかと思った。
「じゃあ早速。まずは、家出した理由から」
「それは良いけど……。その前に、まずはってなに。もしかして一つじゃないの?」
「流石にそこは一つにしてやる。どこかの横暴な女が同じ立場なら二つ三つどころじゃないかもだが。私は優しいからね」
その女ってもしかしてボクだったりしないかね、お嬢さん?
それにしても、ノリノリだなぁこの人。佐々倉さんに対しては腰が低めだったのに。この扱いの差はなんぞや。
「それとこれとは別の話だ。わざわざ部屋を貸してるんだから、家出した理由を知る権利は当然あるだろ。なんなら、未だに知らないほうがおかしい」
「ああ、そういうこと」
どうせ興味ないだろうと思って話さなかったけど、意外に気になってたみたいだ。別にボクの方だって、話すことに抵抗はない。
「面白くないよ?」
「そんなの期待してない」
あらそう。じゃあ遠慮なく。
「って言っても、大した理由じゃないけどね。うちの親が、ボクに勉強ばっかさせるから、それがイヤになって飛び出しただけ」
「……それだけ?」
「うん。面白くないでしょ?」
「まあ……ありきたりだな」
一体どんなのを想像してたんだ。ボクがフツーだったらダメなんですか。
「公園で倒れてたくらいだから、ワケありなのかと思ってたけど」
「家出してるんだから、まあワケありなんじゃない?」
「……そういや、その家出っていうのは大丈夫なのか?お前が帰りたくないのはもう分かってるが、親はそういうわけにもいかないだろ」
「ああ、それは大丈夫。半ば勘当されたみたいなもんだから」
「やっぱりワケありなんじゃないか……」
と、そのタイミングで翔がご飯を食べ終わる。ごちそうさまでした、と言って、食器を流しへ持っていった。
「質問は以上?」
「まだある」
「なに?」
翔はベッドに寝転がる。ふぅ、と息を吐いて目を閉じた。
え、寝るの。太るよ。
「お前、本当に勝つ気なの?」
「もちろん」
「即答………」
嘆息する翔。
実力差はともかく、勝とうとする気概が無ければそもそも勝負にすらならないでしょーに。
「私は、根拠のない自信はキライだ」
突き放すように翔は言った。
反骨心はかーっと湧き上がったけど、言い返す言葉を持ち合わせていないのも現実だった。
「そもそもなんでだ」
「なんでも何も……」
翔を倒すなんて他の人に言われたから、ムキになって喧嘩ふっかけた————なんて、当の本人に言えるわけない。
「お前の言ってることは絵空事にしか聞こえない」
冷徹に。確かな現実を突きつけるように翔は言う。
……確かに、根拠があるわけじゃない。
そりゃあボクだって、そう易易と勝てるだなんて思ってない。大抵のことは器用にこなせるけど、それで修練を重ねてきた人には敵わない。
けど、それがどうした。
「絵空事で結構だよ。ボクはさ————」
塩原翔に勝つ。それは今の水谷天音の至上命題だ。
誰にも譲ることはできない。例えそれが、県内トップの実力者であろうとも。
「よりよい現実なんかより、最高の夢が欲しい」
安牌きって平凡な人生を歩むくらいなら、ドン底に落ちてもいい。だから破天荒に、大胆に生きたい。
他は犠牲にしたとしても、自分の最も大切な、欲する物を妥協するような真似だけはしたくない。
しかし、実際に佐々倉さんに勝てるかどうかはまた別の話だ。
期間は一週間。たったの七日で、この天と地ほどの差を埋めなければならない。それを成し遂げるためには、ただ努力するだけではダメだ。
もっと速くなるために、技術を、知識を身につけなければ。
ボクは未熟に過ぎる。ボクだけで出来ることなんてたかが知れている。その不足分は、何か別のもので補完してやる必要がある。
なりふり構ってる場合じゃないんだ、現状は。
詰まるところ。
「翔、折り入って頼みたいことがあるんだけど」
「……なに」
チラと視線だけこちらにやった翔の瞳を、真っすぐに見据える。
「一週間だけ。………ボクに泳ぎを教えてくれないかな」
誰かに教えを請うのが最も効率的だ。
ここまで言い出せずにいたのは、翔に頼むがイヤだったからだ。他のことならいざ知らず、こと水泳に限って言えば、ボクは翔に頼りたくなかった。あくまでも敵なんだし。
ただ、感情的にそれを受け入れられなかった。たったそれだけの話だ。
どんな手段を使ってでも、最終的には勝てればいい。その結果こそが全てだということは、ちゃんと理性で理解している。
「で?」
「ん?」
「だから、見返りは?」
お茶を飲みながらつまらなさそうに言う翔。
あれ、てっきり……。
「断らないの?」
「拒否したところで勝手に付き合わせるだろ」
「うん、まあ」
否定はしないけども。
「一緒に過ごして分かった。お前はどこまでも身勝手な迷惑女だって」
「やっぱりケンカ売ってるよね?」
まあ自覚はあるんだけどさ。翔に言われるとどうにもイラッとくるよね。
「それで?言っとくけど、水泳に関わる時間だけは誰にも邪魔させないから」
見返り……見返りかぁ。
そう開き直られるとこっちも意識せざるを得ない。
といっても、ボクに差し出せるものなんてたかが知れている。お金はもちろん、役に立ちそうなものなど、根無し草のボクには持ち合わせがない。
うーん、どうしたものか。
「何も思いつかないなら、私の要望に応えるってのはどう」
「ていうと?」
それはつまり、弱みを一つ握られるということだ。
けれど、だからといってこちらに手がないのも事実。なら、仕方ないか。背に腹は変えられない。
「いいよ。教えてくれるんだったら、なんでも」
「交渉成立だ」
フフ、と愉快そうに笑う翔。笑うといっても、人の悪いって形容が頭に付く方で、正直なところ、一発引っぱたいてやろうかと思った。
「じゃあ早速。まずは、家出した理由から」
「それは良いけど……。その前に、まずはってなに。もしかして一つじゃないの?」
「流石にそこは一つにしてやる。どこかの横暴な女が同じ立場なら二つ三つどころじゃないかもだが。私は優しいからね」
その女ってもしかしてボクだったりしないかね、お嬢さん?
それにしても、ノリノリだなぁこの人。佐々倉さんに対しては腰が低めだったのに。この扱いの差はなんぞや。
「それとこれとは別の話だ。わざわざ部屋を貸してるんだから、家出した理由を知る権利は当然あるだろ。なんなら、未だに知らないほうがおかしい」
「ああ、そういうこと」
どうせ興味ないだろうと思って話さなかったけど、意外に気になってたみたいだ。別にボクの方だって、話すことに抵抗はない。
「面白くないよ?」
「そんなの期待してない」
あらそう。じゃあ遠慮なく。
「って言っても、大した理由じゃないけどね。うちの親が、ボクに勉強ばっかさせるから、それがイヤになって飛び出しただけ」
「……それだけ?」
「うん。面白くないでしょ?」
「まあ……ありきたりだな」
一体どんなのを想像してたんだ。ボクがフツーだったらダメなんですか。
「公園で倒れてたくらいだから、ワケありなのかと思ってたけど」
「家出してるんだから、まあワケありなんじゃない?」
「……そういや、その家出っていうのは大丈夫なのか?お前が帰りたくないのはもう分かってるが、親はそういうわけにもいかないだろ」
「ああ、それは大丈夫。半ば勘当されたみたいなもんだから」
「やっぱりワケありなんじゃないか……」
と、そのタイミングで翔がご飯を食べ終わる。ごちそうさまでした、と言って、食器を流しへ持っていった。
「質問は以上?」
「まだある」
「なに?」
翔はベッドに寝転がる。ふぅ、と息を吐いて目を閉じた。
え、寝るの。太るよ。
「お前、本当に勝つ気なの?」
「もちろん」
「即答………」
嘆息する翔。
実力差はともかく、勝とうとする気概が無ければそもそも勝負にすらならないでしょーに。
「私は、根拠のない自信はキライだ」
突き放すように翔は言った。
反骨心はかーっと湧き上がったけど、言い返す言葉を持ち合わせていないのも現実だった。
「そもそもなんでだ」
「なんでも何も……」
翔を倒すなんて他の人に言われたから、ムキになって喧嘩ふっかけた————なんて、当の本人に言えるわけない。
「お前の言ってることは絵空事にしか聞こえない」
冷徹に。確かな現実を突きつけるように翔は言う。
……確かに、根拠があるわけじゃない。
そりゃあボクだって、そう易易と勝てるだなんて思ってない。大抵のことは器用にこなせるけど、それで修練を重ねてきた人には敵わない。
けど、それがどうした。
「絵空事で結構だよ。ボクはさ————」
塩原翔に勝つ。それは今の水谷天音の至上命題だ。
誰にも譲ることはできない。例えそれが、県内トップの実力者であろうとも。
「よりよい現実なんかより、最高の夢が欲しい」
安牌きって平凡な人生を歩むくらいなら、ドン底に落ちてもいい。だから破天荒に、大胆に生きたい。
他は犠牲にしたとしても、自分の最も大切な、欲する物を妥協するような真似だけはしたくない。
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