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第二章
手っ取り早い方法で(三)
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「…………」
なんかうちの家主、黙ったまま動かないんだけど。
「翔?」
「…………」
あ、顔そむけた。
「でも、お前のソレは理想論だ。現実的じゃないのは事実だろ」
「……それは、分かってる」
「いや、お前は分かってない」
むぅ。悉く否定してくる。
翔は俯いたまま、静かに喋り始める。
「期間はちょうど一週間。たったそれだけの日数で、お前は初心者の段階から全国までこぎつけようって言ってるんだぞ」
「一週間もあれば、食い下がるくらいは行けるんじゃない?ボク、天才だし」
「……水泳は一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。物を言うのは基礎的な身体能力と地道に鍛え上げられた技術だけだ。ゲームみたいに一発逆転どころか運の要素もありはしない」
翔は現実を容赦なく突きつける。
そしてその言葉には確かな説得力があった。全国大会出場経験者……という前評判があったからではなく、今の発言に確かな重みがあったからだ。
「正直、お前と佐々倉さんの勝負なんかどうでもいい。なんでそんなことになったのかだってどうだっていい。お前が水泳を始めた理由もだって。これからも続けるんなら、好きにすればいい。……ただ」
一拍を置いて、真っすぐな眼差しがボクを捉えた。
決して感情的というわけではない。あくまでも理性的に、しかし確実にボクのことを批難している。……見ているだけで、なぜだか喉元まで出かかっていた文句が大人しく腹の底に引っ込んだ。
「水泳を甘く見るな。……私がお前に言いたいのは、それだけ」
つまりは、翔はこう言いたい。
やるんだったら真剣にやれ。水泳に身を置くなら、泳ぐことに誠実であれと。
目標をどれだけ高く据えようが知ったこっちゃないが、しっかりと己の力量を、確かな現実を見据えること。そうでなければ、これから水泳に身を置く意味がない。
少なくとも、翔が力を貸すための最低限の条件は、そういう姿勢で水泳に臨む態度でなければならないということだ。
そう改めて諭されると、どれだけ目を背けたところで、自分の甘い部分というのは浮き彫りになってくる。
一分一秒すら無駄にしてはならない。時間がないのならなおのことだ。
「……確かに、どうにかなるって思ってた所はある、かも」
認めるのはシャクだけど。そうしていかないと速くなれないのなら、致し方ない。
もうボクは翔に頼ってしまった。今さら自尊心も何もない。
「わかったよ。真剣にやる。………だから、その」
「ああ。いいよ。お前が腑抜けたことをしない限りは、教えてやる。……一週間だけな」
あからさまなほどに尊大な態度。けれどそれもまた、実力に裏打ちされているものだ。
それにしても、こちらの提案を受け入れてくれたことも然り、思ったよりも乗り気なのは意外だった。てっきりボクのことなんか大嫌いだと思ってたのに……実はそうでもなかったり?
ともあれ、引き受けてくれるのなら願ったり叶ったりだ。
「じゃあ、明日からな」
「うん」
————とまあ、そんな具合で翔との特訓が始まったのだった。
勝負と特訓について、翔の存在を適当にぼかしながら掻い摘んでたつみちゃんに説明する。
「んー、なんか思うんだけどさ」
「なに?」
これといって特徴のないメロンパンを頬張りながら、たつみちゃんは率直な感想を口にした。
「あーちょんって、意外とアグレッシブだよね~」
ボクの話を聞いても、呆れた様子は見せなかった。それどころか、感心してくれているように見える。
良くも悪くも、ボクは他人と違って普通じゃない。自分でもいうのもなんだけど。……だから大抵の人間はボクから一定の距離を取る。
けど、たつみちゃんはちょっと違う。
彼女はいい意味で分け隔てがない。常に気楽な調子で、自然と適切な距離感を維持してくれる。
まだ会って間もないけど、そんな彼女と過ごす時間は、密かに心地よかったりするのだ。
「初めて会った時から、けっこうキャラ変わってる感じあるー」
「そうかな?」
「うん。第一印象は、わたしと同じようなゆるーい感じなのかなって思ってた」
確かに、言われるまでもなくボクは変わった。変えられた。
それは間違いなく喜ぶべきことなのだが、それについて色々考えると頭痛がしそうな気配がするので引っ込める。
味気なさそうに食べ進めていたパンを完食すると、ふとたつみちゃんは呟いた。
「あたしも水泳部入ろっかなぁ」
「おー。マジで?」
とは言いつつも。なんというか、ボクの方も意外に感じていた。
「うちの水泳部ってぇ、やっぱ体育会系みたいな感じなんー?」
「どうだろ。あんまりそういう雰囲気はないかな。先輩みんな優しいし」
多少の雑用はさせられるけど、負担と言えばそれくらいだし。
いわゆる体育会系特有の上下関係も、比較的緩めだと思う。硝さんみたいな人が主将だから、その影響が出ているのかもしれない。
「てか、泳ぐの?」
なんか、失礼かもしれないけどあんまりイメージつかない。
たつみちゃんも同じことを思ったようで、渋柿をかじったような顔をした。
「いや~、マネージャーでいいかな~。小学校の頃、水泳の授業イヤ過ぎてサボってたし」
「じゃあなんで水泳部?」
マネージャーなんてどこでも出来るだろうに。せっかくなら自分の興味のあるスポーツに関わった方がいい。
「まあ、あーちょんがいるからさ。一緒なら楽しそうだし」
「そっか。んじゃあ、放課後来る?」
「うん、一緒に行こ~」
わーい、とお互いに楽しくなって、なんかノリで両手でハイタッチした。
なんかうちの家主、黙ったまま動かないんだけど。
「翔?」
「…………」
あ、顔そむけた。
「でも、お前のソレは理想論だ。現実的じゃないのは事実だろ」
「……それは、分かってる」
「いや、お前は分かってない」
むぅ。悉く否定してくる。
翔は俯いたまま、静かに喋り始める。
「期間はちょうど一週間。たったそれだけの日数で、お前は初心者の段階から全国までこぎつけようって言ってるんだぞ」
「一週間もあれば、食い下がるくらいは行けるんじゃない?ボク、天才だし」
「……水泳は一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。物を言うのは基礎的な身体能力と地道に鍛え上げられた技術だけだ。ゲームみたいに一発逆転どころか運の要素もありはしない」
翔は現実を容赦なく突きつける。
そしてその言葉には確かな説得力があった。全国大会出場経験者……という前評判があったからではなく、今の発言に確かな重みがあったからだ。
「正直、お前と佐々倉さんの勝負なんかどうでもいい。なんでそんなことになったのかだってどうだっていい。お前が水泳を始めた理由もだって。これからも続けるんなら、好きにすればいい。……ただ」
一拍を置いて、真っすぐな眼差しがボクを捉えた。
決して感情的というわけではない。あくまでも理性的に、しかし確実にボクのことを批難している。……見ているだけで、なぜだか喉元まで出かかっていた文句が大人しく腹の底に引っ込んだ。
「水泳を甘く見るな。……私がお前に言いたいのは、それだけ」
つまりは、翔はこう言いたい。
やるんだったら真剣にやれ。水泳に身を置くなら、泳ぐことに誠実であれと。
目標をどれだけ高く据えようが知ったこっちゃないが、しっかりと己の力量を、確かな現実を見据えること。そうでなければ、これから水泳に身を置く意味がない。
少なくとも、翔が力を貸すための最低限の条件は、そういう姿勢で水泳に臨む態度でなければならないということだ。
そう改めて諭されると、どれだけ目を背けたところで、自分の甘い部分というのは浮き彫りになってくる。
一分一秒すら無駄にしてはならない。時間がないのならなおのことだ。
「……確かに、どうにかなるって思ってた所はある、かも」
認めるのはシャクだけど。そうしていかないと速くなれないのなら、致し方ない。
もうボクは翔に頼ってしまった。今さら自尊心も何もない。
「わかったよ。真剣にやる。………だから、その」
「ああ。いいよ。お前が腑抜けたことをしない限りは、教えてやる。……一週間だけな」
あからさまなほどに尊大な態度。けれどそれもまた、実力に裏打ちされているものだ。
それにしても、こちらの提案を受け入れてくれたことも然り、思ったよりも乗り気なのは意外だった。てっきりボクのことなんか大嫌いだと思ってたのに……実はそうでもなかったり?
ともあれ、引き受けてくれるのなら願ったり叶ったりだ。
「じゃあ、明日からな」
「うん」
————とまあ、そんな具合で翔との特訓が始まったのだった。
勝負と特訓について、翔の存在を適当にぼかしながら掻い摘んでたつみちゃんに説明する。
「んー、なんか思うんだけどさ」
「なに?」
これといって特徴のないメロンパンを頬張りながら、たつみちゃんは率直な感想を口にした。
「あーちょんって、意外とアグレッシブだよね~」
ボクの話を聞いても、呆れた様子は見せなかった。それどころか、感心してくれているように見える。
良くも悪くも、ボクは他人と違って普通じゃない。自分でもいうのもなんだけど。……だから大抵の人間はボクから一定の距離を取る。
けど、たつみちゃんはちょっと違う。
彼女はいい意味で分け隔てがない。常に気楽な調子で、自然と適切な距離感を維持してくれる。
まだ会って間もないけど、そんな彼女と過ごす時間は、密かに心地よかったりするのだ。
「初めて会った時から、けっこうキャラ変わってる感じあるー」
「そうかな?」
「うん。第一印象は、わたしと同じようなゆるーい感じなのかなって思ってた」
確かに、言われるまでもなくボクは変わった。変えられた。
それは間違いなく喜ぶべきことなのだが、それについて色々考えると頭痛がしそうな気配がするので引っ込める。
味気なさそうに食べ進めていたパンを完食すると、ふとたつみちゃんは呟いた。
「あたしも水泳部入ろっかなぁ」
「おー。マジで?」
とは言いつつも。なんというか、ボクの方も意外に感じていた。
「うちの水泳部ってぇ、やっぱ体育会系みたいな感じなんー?」
「どうだろ。あんまりそういう雰囲気はないかな。先輩みんな優しいし」
多少の雑用はさせられるけど、負担と言えばそれくらいだし。
いわゆる体育会系特有の上下関係も、比較的緩めだと思う。硝さんみたいな人が主将だから、その影響が出ているのかもしれない。
「てか、泳ぐの?」
なんか、失礼かもしれないけどあんまりイメージつかない。
たつみちゃんも同じことを思ったようで、渋柿をかじったような顔をした。
「いや~、マネージャーでいいかな~。小学校の頃、水泳の授業イヤ過ぎてサボってたし」
「じゃあなんで水泳部?」
マネージャーなんてどこでも出来るだろうに。せっかくなら自分の興味のあるスポーツに関わった方がいい。
「まあ、あーちょんがいるからさ。一緒なら楽しそうだし」
「そっか。んじゃあ、放課後来る?」
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