俺の幸せの為に

夢線香

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本編

21. アシャレント (上)

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 芦谷蓮人。

 俺の二十七年間の人生を一言で云い表すのなら、人と縁のない人生、だ。

 サラリーマンの父と母、二つ下の妹、平凡なありふれた普通の四人家族だった。

 俺が五歳の時、夜中に妹が高熱を出し寝ている俺を置いて、三人で父の運転する車に乗って病院に向かったらしい。慌てていたせいか、父の車が一時停止を怠って走って来た大型トラックと衝突事故を起こし、三人共に死んでしまった。

 寝ていた俺は何も知らず、朝起きて誰も居ない静かな家に不安と恐怖を覚えた。いつも置いてあるパンを食べて、家で一人、家族が帰って来るのをじっと待った。いつもの家なのに、知らない家に居るようだった。

 夕方近くになって、漸く玄関のドアが開く音がした。

 帰って来たっ! そう思って、走って玄関に向かった。

 何で自分だけ置いて行ったんだっ!? どこに行っていたのっ!? って怒ってやるつもりだった。

 でも、玄関に居たのは父方の祖父だった。

 暗い顔で無理矢理笑って、お腹は空いていないか? と聞かれて首を横に振った。

「そうか……お父さん達の所に行こうか……」

 そう力なく言って、俺を病院に連れて行き、そこで白い布を被った家族と会った……

 火葬場で焼かれる三人を見て、自分は一人になったのだと、ひしひしと実感して泣いた。

 どうして、自分も連れて行ってくれなかったんだっ……!?

 その思いだけが、強く残った。



 俺は、父方の祖父と暮らすことになった。

 祖母は既に亡くなっていて、祖父は一人暮らしだった。

 祖父は、父と母の保険金を入れた俺名義の通帳を作ってくれた。

「決して、誰にも見せたり渡したりしてはいけないよ。これは、お前の両親がお前に残したものだから、お前自身のために使いなさい」

 そう言われ、渡された通帳には零がたくさんついていた。

 祖父と二人、簡単な料理を教わったり掃除のやり方を教わったりしながら、静かに日々は過ぎていった。

 俺が八歳の小学二年生の時、冬になり始めのことだ。

 家に帰ると祖父が廊下に倒れていた。

「おじいちゃんっ! おじいちゃんっ!」

 俺は、慌てて祖父を揺すったけれど、ピクリとも動かなかった。

「もしもの時は、ここに連絡するんだよ。お前のお父さんのお姉さん、伯母さんの家に繋がるからね」

 それを思い出して、電話を掛けた。

 それからは、いろんな人が家に来て祖父を何処かに連れて行った。

 祖父は、心筋梗塞の発作で亡くなったらしい。

 棺に入ったおじいちゃんを見て、泣いた。俺はまた、一人になった。

 何日か伯母さんの家に居たけれど、今度は母方の祖父母の家に行くことになった。

「蓮人くん。これ、お父さんが……おじいちゃんが蓮斗くんにって遺していたみたいなの……受け取って……」

 伯母さんが、立派な字で俺の名前が書かれた封筒を渡してくれた。

 中には、『強く生きろ』と、一言だけ書かれた紙とお金が入っていた。



 母方の祖父母の家は、田舎の方にあったので学校は転校することになった。

 祖父母は、大らかな人達で自然溢れる田舎での生活は、のんびりしたものだった。

 畑を手伝ったり、料理も教えてもらったり、友達と遊んだりして過ごした。

「何か、欲しい物はないのかい?」

 そう何度も聞かれたけれど、いつも首を横に振った。

「蓮斗は、我が儘を言わないから……返って心配になる」

 困ったように、そう言われた。でも、俺はいつも同じ言葉を返す。

「一緒に居てくれたら、それでいい」

 そう言うたびに、祖父母はなんとも言えない顔で笑う。

 中学二年の夏休み。祖父母は、町内会の慰安旅行で一泊二日の温泉旅行に出かけた。

 一人留守番をする家は静か過ぎて……両親が帰って来なかった、あの時を思い出す。胸騒ぎがした。

 二人が帰って来るはずの時間になっても帰って来ない。嫌な予感がする……

 予定の時間から四時間程過ぎた頃、近所のおばさんが駆け込んで来て、祖父母がバスの転落事故で安否が分からないと言われ、目の前が真っ暗になった。

 旅行に参加していた他のご家族と一緒に、搬送先の病院に連れて来てもらった。

 祖父は、祖母を庇い頭を強く打って意識不明の重体だった。祖母も重体だったけれど、まだ意識があったので話すことが出来た。

「ごめんねぇ……一緒に居られそうにないみたいだわぁ……」

 祖母は、申し訳なさそうに眉を下げた。

「家に帰ったら……仏壇の引き出しを……見てねぇ……」

 それだけ言うと、祖母は息を引き取った。

 皺々の手を握り締めて、布団に顔を押し付けて泣いた。

 そう時間を開けずに、祖父も亡くなった。


 どうやって家に帰って来たのかは、覚えていない。

 気が付くと座敷に居て、辺りはすっかり暗くなっていた。のろのろと立ち上がって電気を点ける。

 仏壇を見て、祖母の言葉を思い出し、仏壇の引き出しを見てみると、俺の名前が書かれた厚めの封筒があった。

 蓮斗が我が儘言わんから、欲しい物が出来たらこれで買いなさい。

 そう書かれた手紙と、結構な金額のお金が入っていた。

「――俺が欲しいものは……金では買えないよ…………」

 ただ、一緒に居てくれるだけで良かった……



 そして、俺をどうするかで話が揉めた。

 俺の母親の兄、俺にとっての伯父さんが有力らしいのだが、伯父さんの奥さんが酷く渋った。

「家には年頃の娘も居るし……貴方の稼ぎじゃ生活が厳しくなるじゃない……」

「だが……そういう訳にも……」

 俺は、伯父さんに言った。

 中学校を卒業する迄は、今の家に住ませて欲しい。高校は、寮のある所に入るから保護者にだけはなって欲しいと。学費は自分で何とかするから心配は要らないことも話した。

「……本当に、それでいいのかい……?」

 明らかにホッとした顔で言われ、それに頷く。

 周りに居た大人達も、生活の足しにしなさいと言っていくらかずつお金をくれた。

 まるで、責任を果たしたかのように……だけど、仕方がないことだ……



 俺は、祖父母の家に中学校を卒業する迄、一人で住んだ。

 勉強もたくさんして、結構良い高校に合格することが出来た。

 高校は他県にある学校で、都会ではないけれど生活には不便のない程度には街だった。

 高校の寮は四人部屋で、皆、気のいい奴等で大親友と云っても良い程の友達も出来た。

 お金の心配はなかったけれど、スーパーでバイトもすることにした。そこで彼女も出来た。

 彼女は、バイトをしてみたかったのだと言っていた。

 話しが合って、元気な彼女にどんどん惹かれていった。彼女に告白されて、付き合い始めた。

 童貞も彼女が貰ってくれた。

 高校三年になったばかりの頃から、彼女の様子がおかしくなって来た。あまり、会ってもらえず連絡も取れないことが増えた。

 別れ話は出ていないのだからと親友に慰められながら彼女からの連絡を待った。

 夏休み前に、漸く連絡が来た。

 ――――彼女の母親からだった。

 告げられたのは……彼女の死だった。病死だったらしい。それを聞いた瞬間、スマホが手から滑り落ちた。

 葬式に行くと、彼女の母親に言われた。

「あの子は、どうしても貴方と別れたくないって言ってたわ……でも、会いたいけれど……痩せた姿を見せたくないって……死ぬ迄は、貴方の恋人でいたいんだと言ってね……でも、自分が死んだら……伝えて欲しいって…………」

 彼女の母親は、泣きながら何度も息を整えてから言った。

 別れてください――

「――わ……かり……ました……」

 俯いて、それしか言えなかった。

 ――――また……失った…………

 寮に戻って親友に泣き付いた。

「――お前が次に進めるように……けじめを付けてくれたんだな……」

 親友は、ポツリとそう零して黙って背中を撫で続けてくれた。



 どんなに打ちのめされていても、時間は止まってはくれない。親友に励まされながら、大学受験に向けて準備をする。本当に、この親友が居てくれなかったらどうなっていたか……

 大学に合格した。親友も一緒だ。

 卒業旅行に行こうと誘われて、仲の良い友達と四人で、三泊四日で雪山にスキーをやりに行った。

 初めて滑ったが、なかなか楽しかった。

 旅行を終えて寮に帰ろうとした時、親友が突然、慌てたように用事があると言って俺達と別れた。残った友達と寮に帰る。もう時期この部屋ともお別れだ。

 四人部屋は一人で居たくない俺には、有り難い環境だったのだと沁み沁みと実感した。大学からは、一人暮らしだ……寂しくなる。

 親友はその後、寮に帰ることはなく、卒業式の日も現れなかった。卒業証書の授与が終わった後、生徒に向けて校長から親友の訃報を聞かされた。

 俺は、酷い目眩に襲われて気を失った。

 後になって、友達が教えてくれた。高一の時に付き合ってすぐに別れた彼女がストーカーになり、親友と一緒に死のうとして、車がバンバン走っている車道に突き飛ばしたらしい……親友が車に轢かれる姿を見て、怖くなって自分は逃げたのだと…………

 そんな、勝手な理由で、俺の大事な親友を殺すなんてっ……!

 ああ……もうどうしていいか分からない……

 俺は、死神なのか……? 偶然にしても俺の周りで、こんなに人が死ぬのは、おかしくないか……!?

 俺が大事だと思う人ばかりが、何故こうも次々と死んでいくっ……!?

 大学が始まる迄、俺はアパートに引き籠もった。

 何もやる気が起きなかった。

 もう……親しい人を作るのは……やめよう……

 それが、俺の出した結論だった。

 大学には、ちゃんと通った。

 親友が、辛くても学校には来いと言っていたから……


 背が高いからと、先輩に無理矢理バスケのサークルに入れられた。一線を引きつつも、サークルに参加した。

 サークルの一つ上の美人マネージャーが、俺にぐいぐいと迫って来た。何度断ってもめげずに、ぐいぐい押してくる。二年程は、何とか断っていたけれど……それでも諦めないので、絆されてしまった。

 落ち込みがちな俺を、ぐいぐい引っ張ってくれる彼女が眩しく思えた。いつの間にか、俺の方が彼女に嵌っていた。彼女と何度も身体を重ねた。

 大学三年の冬頃、彼女に妊娠を告げられた。

 俺は、産んで欲しいと願った。まだ学生ではあるけれど、貯えもあるし養っていける。何より家族が欲しかった。

 俺がプロポーズすると、彼女は照れながらも嬉しそうに笑ってくれた。

 彼女は、春に卒業する。そうしたら、一緒に住もうと約束した。

 彼女の両親に挨拶に行ったが……色々渋られた。

 俺がまだ学生だということ、まだちゃんと就職していないこと、子供を抱えてやっていけるのかとか、挙げ句には、何の為に大学まで行ったんだ!? と彼女を責めた。

 何度か訪ねたが平行線で、こうなったら結果を見てもらおうということになり、現段階では説得を諦めた。

 一緒に、子連れでも大丈夫なアパートに引っ越した。本当はマンションが良かったけれど、俺の就職が決まってから職場に近いところで探すことにした。

 彼女のお腹が大きくなって、産まれるのを楽しみにしていた。彼女は、何度か実家に戻っては両親と話をしていたらしい。

 ある日、家に帰ると彼女が居なかった。お腹も大きくなっているし、心配になってスマホで連絡を取るけれど通じない。メッセージを送っても既読が付かない。

 嫌な考えが浮かびそうになる……

 悩んだ末に彼女の実家に連絡をしたが、いくら鳴らしても出ない。

 押し潰されそうな程の不安が襲う。脈拍が速くなっていく。

 俺が彼女の実家に行こうと決心した時、スマホが鳴った。

 彼女の母親の番号からだった――

 心臓が痛いほど脈打った。

 通話をタップする。

 涙声の彼女の母親が病院の名を告げた。

 俺はアパートを飛び出して、タクシーを拾い病院に向った。

 そして、白い布を被った彼女が冷たいベッドに横たわっていた。

「な……ぜ……?……どうして……どうして……どうし……て……?」

 布の上から、そっと腹を撫でる。今日まで何度もして来た行為。

「……お父さんと……ケンカになって……怒って飛び出したこの子が……車に撥ねられてっ…………!」

 彼女の母親は、顔を手で覆って嗚咽を上げながら泣いた。その後ろに跪いて頭を抱える父親が見えた。

「――返せ……彼女を……俺の……子をっ……返せっ……!!」

 俺は彼女の父親を激しく罵った。何を言ったかは、よく覚えていない……ただ、何度も返せと叫んだ。

 そのうちに、病院の医師や看護師に押さえつけられて、鎮静剤を打たれた。

 ああ……やっぱり俺が馬鹿だったんだ……

 大事な人を作ったりしたから…………

 アパートに帰れば……少しずつ買い集めた子供用品が目に付く……彼女と吟味して、悩みに悩んで選んだ物ばかり……もう、使うことのないもの…………

 どうして、皆……俺を連れて逝ってはくれないのだろう……?

 どうして……いつも……置いて逝かれるんだ…………?

 連れて逝ってくれないのなら……置いて逝かれるのなら……



 自分で置いて逝かれないように…………付いて逝くしかないじゃないか…………



 俺は、ふらりと立ち上がった。

 キッチンに立つと、何本か置いてある包丁を手にする。

 何処を切ろうか……? 手首……? 直ぐに死ねないよな……やっぱり、首か………? 頸動脈……? どの辺だろ……?

 自分の首筋を、ゆっくりと指で辿る……

 この、ドクドクといっているやつかな…………

 包丁の刃をその辺に当てて引く。

 ピリリッと、皮膚が切れる感覚がした。

 いってぇぇぇ……浅かったか…………?

 それでも、鉄臭い匂いがした。

 指で切った場所を触ると、ぬるりとした感触と、ビリビリとした痛みがある…………

 もっと、血が出るもんじゃないの……?

 心臓がドクドクいっている。

 もう一度、位置をずらして、さっきよりも強く押し当てて引いた。さっきよりも強い痛みが走る。

 おかしいな……何で死なないんだろう……?

 もう一度、別の位置を狙う。引いたら包丁の柄が血で滑って床に落ちた。

 拾おうとしたら、インターフォンが鳴った。

 誰だよ、こんな時に……邪魔するな……

 俺は、無視を決め込み包丁を拾う。

 インターフォンが鳴る。無視だ。

 もう一度、刃を首に当てる。

 インターフォンが鳴る。

 煩いっ……!

 苛立ちまみれに刃を引く。さっきより痛くない……

 インターフォンが鳴る。

 鳴る。

 鳴る。

 ドアが叩かれる。何度も何度も……

 煩い、煩い、煩いっ……! 気が散るっ……!

 ガチャリ。

 ドアが開く音。……あれ? 鍵掛けてなかったけ…?

「蓮斗さん、居るなら出てよっ!」

 相手は、ズカズカと部屋に入って来る。

「っ!? ちょっ……!! 何してんだっ……!?!?」

 血相を変えて俺に向かって来るのは、彼女の弟だ。

 父親と反りが合わなくて、家を飛び出した彼女の弟。

 ――彼女の弟なら、相手をしないと…………

 そう思ったら、目眩がして意識が遠退いた…………

 まるで、水の中で聞いているみたいに、俺の名を連呼する彼女の弟の声が……くぐもって遠くに聞こえた……



 気が付いたら病院だった。

 死んでない……首に手をやると包帯が巻かれている。

 余計なことをっ! 何で放っといてくれなかったんだ……!?

 ぎりぎりと包帯の上から傷がある場所に爪を立てる。

 包帯が邪魔だっ……!

 外そうとして引っ張ったり爪を立てたりしていたら看護師が入って来て、目茶苦茶怒られながら押さえつけられた。また、鎮静剤を打たれた。

 俺は入院させられた。

 カウセリングを受けさせられる。

 やめろ。放っておけよ。

 最初は抵抗していたが、そうしてると何時までも退院出来ないことに気付いて従順に振る舞った。

 そうして、三ヶ月後に漸く退院出来た。

 何故か、彼女の弟が俺を迎えに来た。そして、暫く一緒に住むことになっていた。

 何故、俺に構うのかと聞いたら。

「蓮斗さんが死んだって、姉さんは喜ばない……」

 と、苦々しく言われた。



 別に、喜んで欲しくて死にたい訳じゃない。



 俺が、付いて逝きたいだけだ…………










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