俺の幸せの為に

夢線香

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本編

39. ノルフェント・ハイゼンボルク (下)




 本日は、ランドラーク殿が護衛を依頼した、辺境伯の子息である冒険者と顔合わせをする日です。

 ランドラーク殿と学長室に赴き、学園長と彼等を待ちます。

 やって来た二人は、とても身体の大きな方達でした。

 白金髪の癖っ毛の髪はボサボサで…髪に気を使っていないのかと思えば、頭の後ろに高く結い上げて編んだ髪を根本にくるくると巻き、その中心から馬の尻尾の様に長く垂らしています。男性で髪を結い上げているのは珍しいのですが…お洒落でしょうか…?

 そばかすの散った顔に眠そうな垂れ目、凍て付く氷の様な薄い碧の眼。百八十は優に超えている背丈に、横にも大きくて……その……ぽっちゃりしています。

 彼はシュザーク殿。キディリガン辺境伯の嫡男です。

 もう一人のハーシャ殿は、彼の弟で見た目も身体つきもよく似ています。違うのは鋼色の銀髪と眼。半眼のジト目です。

 その…容姿は…整っているとは言えませんが、お二人とも不思議と人を惹き付けるものが有ります。

 話していると、驚くことばかりでした。

 冒険者ランクがSランクだと謂うことに驚き、年齢に驚き、既に文官科を履修していることに驚き、家具職人の講習を受けていることに驚きました。 本当に貴族の子息なのかと驚きです。

 私も、いずれは平民なのだから…彼等のように、手に職を就けるべきなのかも知れません。見習わなければ。

 ランドラーク殿と私を鑑定したいと言われた時は、身体が強張りました。

 国を脅かすスキルを持った私を……彼等は一体どう思うのでしょうか……?

 私を鑑定したハーシャ殿は、明らかに動揺していました。彼を宥めるシュザーク殿も表情が強張っています。

 ごめんなさい…。こんなスキルを持って産まれて…ごめんなさい……。貴方の国を脅かすつもりはありません……。

 何故か、とても申し訳ない気持ちになりました……。

 涙が滲んできそうになって必死に堪えます。

「ノルフェント殿下、恐れながら……殿下に結界魔法を掛けさせて頂いても宜しいでしょうか……?」

 ハーシャ殿が、私を見据えてそう言いました。

 私に、結界魔法を…?

 魔力封じの腕輪を三つも着けているのに、其れでもまだ、スキルの効果が僅かに漏れ出ているそうなのです。

 はっとして周りを視ると、学園長もランドラーク殿も護衛の騎士二人も頬を染めて俯いていました。

 そんな…魔力封じの腕輪を三つ着けても…まだ、駄目なのですか……?

 ──でも…シュザーク殿とハーシャ殿は私のスキルの影響を受けていないようでした。

 この厄介なスキルの効果を封じられると謂うのなら……どうか、封じて下さい。

 そんな思いで結界を張ることに頷きました。

 ハーシャ殿が、私に結界魔法を掛けました。

 其の途端、ハーシャ殿とシュザーク殿以外の方が…ほっとした様に大きく息を吐き出しました。─其れ程迄に、影響を受けていたのかと思うと…益々、申し訳ない気持ちになりました。

 其れにしても…この、ハーシャ殿の魔力……。

 今迄、色々な方の魔力に触れてきましたが……こんな魔力は初めてです。

 とても…暖かくて…心地良い……。

 自身のスキルに怯える私を…暖かく包んで安心させてくれます…。優しさがじわじわと沁み込んで来るようです…。

 其の感覚に因われている内に、いつの間にか話しは終わっていて、お二方は立ち上がり部屋を出て行きました。

 ハーシャ殿の姿が視えなくなると……とても寂しいと感じてしまう自分に驚きました。─何故…? 今日、初めてお会いした方なのに…。名残惜しく扉を見詰めていると、ランドラーク殿に声を掛けられました。

「──ノルフェント殿…。誰を視ているのだ…?」

 いつになく、固い口調で問い掛けられてランドラーク殿の顔を視ると……此れ迄、見たことのない冷ややかな眼をしていたのです。

「─あ、あの……」

 身体が強張って上手く話せません…。

「──どちらを見ていたのだ…?」

 何でしょうか……? 私がハーシャ殿を見ていたのが駄目だったのでしょうか…? でも、何故?

 其処で、ハッとしました。

 まさか…ランドラーク殿は、ハーシャ殿に何か思い入れが…? 

「─ランドラーク殿は…ハーシャ殿を……?」

 そう呟くと、ランドラーク殿は怖い顔をあっという間にきょとんとさせて、ぱちぱちと瞬きをしました。

「─ハーシャ? …すまない、私の思い違いのようだ…」

 ランドラーク殿は、ばつが悪そうに苦笑して俯きました。

 一体…何だったのでしょう…?




 冒険者講習の日。

 今日という日が来るのを随分と心待ちにしていました。…ハーシャ殿に会えるからです。自分でも不思議ですが、彼に安心感を覚えるのです。

 ランドラーク殿と護衛の騎士二人と一緒に、学園の冒険者ギルドに入ります。その途端、厭な視線が絡み付いてきました。身体が強張るようでした…。

 身を固くしていると…ふわりと暖かな魔力が私を包みます。

 この魔力……彼が居る。

 周囲を見渡し、彼を探します。隅の方にぽっちゃりした二人を見付けて、思わず笑みを浮かべました。

 煩く言い寄って来る周囲の声など聴こえません。

 お二人に近付くと、ハーシャ殿と私の間に女生徒が割って入って来ました。

 ─何ですか? 邪魔です。私は、早くハーシャ殿の傍に行きたいのに……。

 私を癒やすとか、理由の分からない事を言うこの方は、何なんでしょう? 一体、私の何を知っていると謂うのです? 

「──私は既にパーティーは決まっている。下がれ」

 いつもよりも、ずっと不機嫌な声が出ました。

 彼女を避けてハーシャ殿の元へ。

 朝の挨拶を交わして、ほっとします。この安心感は何なのでしょう…?

 ランドラーク殿とギルドの受付に並んでいると、後ろから厭な視線が絡み付いて来ました。さっき迄よりも…ずっと、ずっと、厭な視線…。

 厭だ…私を視ないで……気持ち悪い……。

 ローブの胸元を強く握り締めて居ると、ぶわりとハーシャ殿の魔力に全身が包まれました。驚いて振り返ると彼が私を難しい顔で、じっと見据えて居ます。

 何故、魔力を流してくるのか分からずに、蒼みを帯びた鋼色の眼を見詰め返します。

 私を包む魔力の濃度はどんどん濃くなり、全身の皮膚から染み込んで来るように…私の中に入って来ました。

 其れは、とても気持ち良くて温かいお湯に浸かっているような心地です。思わず安堵の溜め息を吐いてしまいそうになります…。

 でも、待って……。

 更に、濃くなるハーシャ殿の魔力が……段々に……じわじわがじんじんに変わってきて……身体中が甘く痺れるのです…。私の中を甘く疼かせながら蠢く魔力……。

 だ…駄目……声が……おかしな声が……出てしまいそう…。

 甘い魔力が…私の胸の頂きを…内側から痺れさせ……身体が跳ねそうになります……。──そして…私の…股間のものも……刺激されて…反応してしまいました……。

 や…ヤダ……どうして…こんな処で……あっ…!…だ…だめ……魔力を強くしないでっ……!……っ!!

 ガチり。

 突然、私の頭の中で何かが嵌まり込む音がしました。

 同時にハーシャ殿の濃い魔力がスッと薄まり……甘い痺れは消えて……心地良いものに変わりました…。

 引いて行く疼きに、ほっとしながらハーシャ殿を見ると、シュザーク殿に支えられている彼がいました。魔力回復薬を出して飲んでいます。

 其れ程の魔力を使って…私に何をしたのですか…?

「あ……あのっ……! 今……何を……?」

 ハーシャ殿に近付いて尋ねると困った顔をして、慌てたように私のローブのフードを頭に被せてきました。耳元で“後で…”と囁かれ、ぞくりとして身体がピクリと跳ねてしまいました…。

 フードの上から、頭を優しく撫でられて顔が熱くなります……。 頭を押さえて顔を隠すように俯いていると、ハーシャ殿が歯切れ悪く謝罪してきました。

「あ~………申し訳ありません…つい……」

「……………いえ…………ダイジョウブ…………デス……」

 おかしな喋り方になってしまったけれど、何とか返事を返して、くるりと背を向けました。ハーシャ殿の顔を見るのが、何だか恥ずかしくて……。

 あれ程、人に触れられるのが嫌だったのに…ハーシャ殿に触られるのは…嫌じゃありません…。他人に触れられると、ぞわりと感じる怖気が…どうして、ハーシャ殿の魔力だと、あれ程に気持ちの良い甘い疼きに変わってしまうのか……私には、分かりませんでした……。

 その日は、何だか気持ちがふわふわしてしまって…おかしいのです。

 魔物を倒さなければならないのだから、しゃんとしなければ! 自分を叱責しながら気を引き締めます。

 でも…昼食や夕食の時は…どうしても…ハーシャ殿の傍に寄って行ってしまうのです……。

 私は一体、どうしてしまったんでしょうか……?




 夕食後に、漸く、朝の真相を知ることが出来ました。

 私の“淫靡妖艶”のスキルを封じたなんて、本当にそんな事が……? 驚きです。でも、あの厄介なスキルを封じて貰えたのならば、感謝しかありません。

 ハーシャ殿が仰るには、誰にでも出来る事では無いと仰いました。─私と相性が良かっただけだと……。

 私は、漸く納得することが出来ました。魔力の相性がすこぶる良いから彼の魔力が心地良いのだと……。

 周りの方達は、此処まで魔力の相性が良い人と出逢えるのは、幸運な事だと言って祝福してくれました。

 ハーシャ殿は、もう一つのスキル“不幸招来”も封じて下さるとか…。

 そしてまた、私に濃厚な魔力を流し込んで来ました。

「っあっ…! ちょっ…ま、待ってっ…………!!」

 朝よりも…ずっと濃厚な魔力は、あっと謂う間に私の中を…甘い痺れと疼きを連れて駆け巡りました…。

 やあぁっ……!……だ…だめっ…!……な…なに……こ…れ…っ!……な…にか…おかし……いっ……!

 胸の頂きがチリチリと灼けるように痺れて…股間が固くなって、じりじりピリピリと…何かが身体中を駆け巡って……何かが出てしまいそうっ…!!

 止めて欲しくてハーシャ殿を視ても…全然、止めてくれませんっ!

 あっ…あっ…何かが……来そう……?……出て行きそう……?

 ガチン。

 頭の中で、朝と同じ様に何かが嵌りました。それと同時に、身体を何かが駆け上がり脳天を貫いたのです。

「っ!!!」

 身体がガクガクと震え、股間が濡れるのを感じました……。甘い痺れが残滓のように駆け巡っています。

 ハーシャ殿が慌てて私を抱き起こしました。

 あっ……だめ……今は…まだ……触らないで………。

 そう思った処に浄化魔法を掛けられて……その魔力で…また…甘い痺れが脳天を突き抜けたのです……。酷い……。

 こんなっ……他の人も居るところでっ……こんな……恥ずかしいことっ……!

 私は、恥ずかしくて恥ずかしくて……彼に縋り付いて泣いてしまいました。

 ハーシャ殿は、しきりに謝りながら、其の優しい手で頭を撫で続けていました。

 ──ぽっちゃりのくせに、其の胸は全然柔らかく有りませんでした……。



 翌朝は、恥ずかしくてハーシャ殿と眼を合わせることが出来ませんでした。ハーシャ殿は、私が怒っていると勘違いして、頻りに食べ物を渡して来ます。

 ─子供だと思われているのでしょうか……? ですが、ハーシャ殿のくれる食べ物は、どれも本当に美味しくて……いつの間にか普通に接する事が出来るようになりました。

 ハーシャ殿のお陰で、私の厄介なスキルに悩まされる心配が無くなり、魔法も使えるようになりました。本当にどれほど感謝しても足りません。

 冒険者講習を頑張ろうと思っていたら、思わぬ事態になりました。その…卑猥な攻撃を仕掛けて来る魔物に…沢山の人が餌食にされていたのです……。

 とても、冒険者講習を続けるどころではありませんでした。そして、ランドラーク殿と私が狙われたせいで、尚更、続ける訳には行かなくなりました。私は兎も角、ランドラーク殿は、この国にとって必要な方です。御身の安全が第一です。

 被害に遭った方達は…本当に気の毒でした……。こんな事を目の当たりにするまでは楽しかった気持ちが、一気に萎んでしまいました。─ダンジョンとは、恐ろしいものなのだと……。ダンジョンに挑むには、それ相応の覚悟が必要なのだと実感しました。




 気分が沈んでいた処に、衝撃的な事がありました。ハーシャ殿とシュザーク殿の姿は、偽りのものだったのです。

 お二人の美しさは…最早、人では無いように思えました。男神? 男精霊? 金と銀で…まるで、お二人の家紋のようです。キディリガン辺境伯家の家紋は、風と水の女精霊をかたどかたどったもの。彼等はまるで、風と水の男精霊の様です。麗しいのに女性らしさは感じられず、男性の強さを持っています。

 私は、ハーシャ殿に釘付けになりました。きらきらと蒼みを帯びて光る、鋼色の髪と眼。生い茂った長いまつ毛。スッと切れた力のある眼、通った鼻筋、少し大きめの口、唇は紅すぎることもなく、厚すぎず薄過ぎず男性らしい形。逞しく靭やかな身体……。何て、麗しいんでしょう……。

 私は、一瞬にしてハーシャ殿の虜になってしまいました。 魂が抜かれたようです。

 もう、自分が何を喋っていたのかすら…覚えていません。顔を近付けられるだけで、心臓が破裂しそうです……。

 ハーシャ殿が、ぽっちゃりジト目に戻るまで…戻ってからも…私の頭は働きませんでした。




 気付いた時には、ランドラーク殿と王宮へ戻って来ていて、自室のソファに呆然と座って居ました。どのくらいの間、そうしていたのか分かりませんが、気付けば日が落ちていました。食事は、いつも自室で摂るのですが、今日は国王陛下に夕餉に招待されました。

 夕餉を国王陛下と王妃様、ランドラーク殿下の四人で頂いた後、お茶を飲みながら歓談をします。

「ノルフェント殿、ラルクから聴いたぞ。スキルを封じることが出来たらしいな?」

 陛下が話しを切り出しました。ランドラーク殿をラルクと愛称で呼ぶのは、此の時間が私的な時間だと謂うこと。

「はい、ハーシャ殿……ハニエル・アシャレント・キディリガン殿に封じて頂きました」

「スキルを封じるとはな……。やはり、“神結糸の仲”は特別な繋がりなのだな」

 陛下は、感心したように沁み沁みと仰いました。

「“神結糸の仲”? ですか? 其れは、どういったものなのでしょうか…?」

「何だ、知らなかったのか? “神結糸の仲”というのは神が結んだ仲だ。離れる事も、引き離すことも出来無いと謂われておる」

「ええ、“神結糸の仲”の相手に出逢えるなんて…滅多にあることではありませんよ?」

 陛下のお言葉に、王妃様が続けて仰いました。

「魔力の相性が頗る良い相手だと聴く。魔力の相性が良い相手だけでも中々見付からないのに、其れが頗る良いと謂うのは、奇跡に近い」

 ランドラーク殿がそう言って微笑みました。

 魔力の相性が頗る良いのは理解できるけれど……。

「ふふっ、よく分かっていらっしゃらないようね。要するにノルフェント殿のい人、と謂うことよ」

 王妃様は、微笑ましいものを視るようにお笑いになりました。

「ですが…彼は男性ですが…?」

 そう、ハーシャ殿は男性です。

「あら? “神結糸の仲”の前では、そんな事は些細な事よ? 離れられないし、離せないものよ? キディリガンの次男に惹かれているんじゃなくて?」

「そ、其れは……」

 王妃様の言葉に、頬が熱くなってしまいます。

「“神結糸の仲”と謂うのはな、心身共に…強く惹かれ合うものだと聴く。神が決めたものと謂っても、当人同士の意思を無視するものでは無いのだ。寧ろ、当人同士が反りが合わないと謂うのなら、其れは“神結糸の仲”とは言わんのだよ」

 陛下が教えて下さった。

「何よりも、スキルを封じるなんて事が出来るのは“神結糸の仲”の特別な力に相違ない」

 陛下のお言葉に曖昧に頷きます。

 確かに、スキルを封じるなんて事は、特別な力でなければ無理です。

 隣に座っていたランドラーク殿が私に顔を寄せて耳打ちしました。

「特別な相手でなければ、魔力だけで…極めたりしないぞ…?」

 顔に火が点いたように、カッと熱が上がります。

「そ、其れはっ…!」

 ランドラーク殿は、意地が悪い…。こんな処で言わなくても…。

「ノルフェント殿、貴殿のスキルの件もあるし…万が一の事があっては、お互いに困ると思うのだ。だからな、何かあった時に、直ぐに対処出来るように…ノルフェント殿には、キディリガン辺境伯の元に行って貰おうと思っておるのだ」

 陛下のお言葉に思わず顔を上げます。

「どうだ?」

 ──ハーシャ殿の処に? ──行きたい……。

「キディリガン辺境伯が許して下さるのなら…行きたいです」

 迷わず応えてしまいました……。

「はは、やはり“神結糸の仲”なのだな。惹かれて仕方が無いとみえる。直ぐに手配しよう」

「宜しくお願い致します」

 陛下は、満面の笑みで頷いて下さいました。



 其の話しをした翌々日には、キディリガン辺境伯の元へと送り出されていました。

 ハーシャ殿に会えると思っていたら……彼はダンジョンに一ヶ月の予定で籠もったと言われ、酷く落胆しました。

 思えば……ハーシャ殿は、私に惹かれている素振りは有りませんでした……。何かと気に掛けては下さいましたが…私に対して頬を染めるようなことは、一度も有りませんでした。

 そうすると……“神結糸の仲”では無い、と謂う事なのでしょうか……?

 私の持つ、ハーシャ殿に対する此の感情が……どう謂った類のものか……まだ、分かりませんが……。




 ──貴方に、惹かれるのです……。




 貴方は私に……何も、感じていないのですか………?












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